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No.176 松の木沢の頭1484m(白毛門)
平成17年3月21日 吹雪・・・のちピーカン

松ノ木沢ノ頭 略図
谷川岳の大絶景を見てきた!

JR上越線土合駅〜土合山の家(泊)〜白毛門登山口(土合橋)〜松ノ木沢ノ頭〜白毛門登山口〜土合駅 【歩行時間: 4時間40分(雪道)】
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  谷川岳東面大岩壁の雪景色を眺めてみたい、と、ずっと以前から一心に思っていた。 その絶好のビューポイントが、谷川岳の東側に湯檜曽(ゆびそ)川を挟んで対峙する松ノ木沢ノ頭(まつのきざわのかしら・1484m)から白毛門(しらがもん・1720m)へ到る稜線上だということは知っていた。 しかし、何冊かの山のガイドブックを読むと、冬の白毛門登山はラッセル(雪をかき分けて進むこと)を覚悟したほうがよい、と必ず書いてある。 私にはそんな技術も体力もない。
  一計を案じた。 トレース(踏跡)がついている可能性が高いのは、山へ入る登山者が多い週末だ。 それも好天の確率が高くなり雪もしまってくる3月がいい。 「トレース泥棒」の謗りを免れないが、非力な私が谷川岳の(雪の)絶景を見るためには、やむを得ない「一計」だった。
  今月(3月だ!)に入って、とうとう満を持した「その日」がきた。 お彼岸を挟んでのこの三連休は本州を移動性高気圧が通過する。 私がXデーに選んだのはその三連休の最終日、3月21日だった。 抜かりはない筈だった。 山の相棒(妻の佐知子のこと)を誘ってみたけれど 「家の用事があるし、冬山はおっかないし…」 という理由できっぱりと断られた。 しかし私の意気は盛んだった。 そしてとうとう(無謀にも)単独行に踏み切ったのだ。

風変わりな土合駅
土合駅
 3月20日(登山前日): JR上越線の水上から2駅目の土合(どあい)駅は噂どおりのちょっと変わった駅だった。 トンネルの中にホームがあるので「モグラ駅」という異名をもつらしい。 その土合駅の薄暗く長い階段(486段・標高差70.7m)をゼーゼー云いながら登り切り、無人の改札を出ると、一面の雪景色が開けた。 流石に名だたる豪雪地帯だ。 水上までは晴れていたのにここは曇っている。 谷川岳ロープウェイの土合口駅も近いのに、矢張りここもマイカー族が主流なのだろうか。 駅の周辺は何処も彼処も寂しくなるくらいに閑散としている。
  駅前から少し歩き、今日の宿「土合山の家」にザックを預ける。 夕食までにはまだ大分時間があったので、明日の(コースの)下見も兼ねて散歩に出てみたが、白毛門方面の道標が何処を探しても見つからず、一面の積雪のため登山口が分かりづらい。 土合橋を渡ってから林道と思しき道型を右へ曲がったら、湯檜曽川に沿って蓬(よもぎ)峠方面へ向かってしまったようだ。 引き返してもう一度よく登山地図を確認したら、土合橋のすぐ手前、休業中のレストラン「湯吹の滝」の裏手が白毛門への登山口だった。 積雪は2メートルくらいだろうか、ザラメ雪に近い感じだったが適度なシマリがあってそれほど歩きにくくはなさそうだ。 心配していたトレースもしっかりとついていて、まずは安心した。
  暫らく歩くと、東黒沢の尾根の取っ付き付近で、雪面の上に座っている女性登山者に出会った。 下山して一息入れているようだった。 「この道が白毛門への道ですか?」 と尋ねたら、「急な道よ」 とポツンと答えてくれた。 浅黒く日焼けした顔は冬山のベテランらしく見えた。 そして、少し進んでから引き返すと、その単独行の女性はもう既に立ち去っていた。 樹林と薄霧の隙間から、谷川岳の白銀の峰々の一部がひんやりと覗いていた。

山間にひっそりと建つ
土合山の家
* 土合山の家: 土合駅前には「土合ハウス」もあるのだが、私が今朝天気予報を聞いてから急いで電話予約をしたのは、駅から5分ほども歩いた「土合山の家」だった。 何れも登山客に優しい民宿だと聞いていた。 この日は週末ということもあり、谷川岳ロープウェイを利用する団体の登山客やスキー客などでけっこう繁盛していたようだ。 それでも一人で立派な八畳間を与えられ、ゆっくりとくつろげたのはなによりだった。 適度な広さの湯船にはなみなみと湯が注がれていて、食事もズワイガニや肉野菜炒めなど盛りだくさんで美味しかった。 朝食は6時30分からとのことだったが、翌朝は登山客を意識したのか6時から食堂は始まっていた。 一泊2食弁当付きで8,400円だった。

 3月21日(登山当日): 宿の朝食を済ませ、表へ出て愕然とした。 吹雪、だった。 晴れの天気予報を信じて、しかし一抹の不安を感じながら、歩き始めたのは6時40分頃だった。
  昨日下見をしておいたので迷うことはない。 雪面の東黒沢を横切り、昨日女性登山者と出会った地点も通り過ぎると、それからはブナやミズナラなどの樹林帯の「急な尾根道」が続く。 掃っても掃ってもジャケットに降雪が張り付く。 聞こえるのは風の音と私が雪を踏む音だけだ。
  トレースが吹雪にかき消されて徐々に頼りのないものになってきた。 東側に張り出している雪庇(せっぴ)に注意が肝心だ。 足ズボを何回か繰り返す。 ひどい急斜面ではピックを雪面に打ちつけて登る。 重装備の身体が重く、すぐに息が切れてくる。 私の心は早くも「あきらめ」の境地になっている。
  しかし雪が小降りになってきて、空が幾分明るくなってきた。 これからはもっと急な坂道が予想されたので、斜度のゆるんだ処で12本爪のアイゼンを装着していると、三十歳前後の若者が私に追いついてきた。 「この雪だとアイゼンが必要ですね」 と言って、その若者もザックからアイゼンを取り出した。 「じつは、この道は初めてで、こんなにきついとは思わなかった」 と私が言ったら、「先々月の1月に来たときは胸までつかるラッセルでしたよ」 と若者が答えた。 私はぞっとして、応える術を知らなかった。
  再び歩き始めて間もなく、あっさりとその若者に追い越された。 彼が私を先導する形になったので、トレースがはっきりとして随分と歩きやすくなった。 それでも二人の距離がどんどん離れていくと、強い風に粉雪が舞って、あっという間にトレースが消えていく。 冬山の恐ろしさを、このとき私ははっきりと見たような気がした。
若者に撮ってもらいました
松ノ木沢ノ頭にて

強い風が吹いていました
眼前の白毛門
  森林限界を越え、急斜面を、休み休み、這いつくばって登って、ようやく松ノ木沢ノ頭に辿り着いた。 10時40分頃だった。 写真愛好家の3人のパーティーが強風の中で、大きなカメラを三脚にセットして佇んでいる。 先ほどの若者もその近くで景色を眺めていた。 雲が切れて、ついに雪化粧の谷川岳が、その一ノ倉沢などの東面壁の全容を眼前に大きく現し始めたのだ。 私のバカチョンデジカメでは、最高の広角にしても納まりきらないほどの豪快さなのだ。 感動だった。 ゾクゾクするほどの感動だった。 もうこれでいい、充分だ、と思った。
  やがて3人のカメラ組が下山していったので、松ノ木沢ノ頭には私と若者の二人だけになった。
 「この先、白毛門への稜線は、もっと風が強いはずです。 私はここで引き返します」 と若者がポツンと私に告げた。 意外な発言に驚いた私は 「私もそうします」 と言って、その若者に顔を向けた。 そしたら目が合って、お互いに微笑んだ。
  ここで引き返す、と腹に決めたら急に心が軽くなって、白毛門方面の急登が始まる地点まで、稜線上を行ったり来たり、小1時間ほど松ノ木沢ノ頭付近をウロついた。 東側には上州武尊山の特徴のある起伏なども見えている。 それらの展望をたっぷりと楽しんでから、若者の後について下山を開始した。 前方眼下(南側)には湯檜曽谷の底が鮮明に見えてきた。
  どんどん先へ離れていく若者の後姿に、心の中で感謝して、小平地の雪面に座り込んで、宿のお弁当を食べる。 何時しかピーカンになっていて、谷川岳がその稜線に粉雪を舞い上がらせている姿が、樹林の隙間から青空にくっきりと映えている。 あちらの稜線も風が強そうだな、と思った。 谷川岳ロープウェイの上部には天神平スキー場の建物もはっきりと見えている。
  眼前の白毛門山頂を極めることができなかったのが少し心残りだが、今の私の体力と登山技術ではこれが限界だったとも思う。 なんとなれば、コース上の白毛門山頂直下には危険な雪壁があるとガイドブックにも書いてあった。 それよりなにより、夢にまで見た雪の谷川岳の絶景を、特等席で眺めることのできた満足感で、私は最高の仕合わせだった。
  再び歩き出すと、気温が上がってきたようで、雪が靴底にダンゴ状に張り付いてしまいとても歩きづらい。 早々にアイゼンを外した。 とたんに足元が軽くなり、安全な急勾配ではグリセード(つまり尻スキー)をしたり足スキーをしたりして、楽しく下山した。 相変わらず閑散としている土合駅に着いたのは午後1時50分だった。
  次の上り列車が到着するまでの2時間近くを土合駅の構内でウロウロして過ごした。 濡れた衣類などを乾かしたり、自宅で多分心配しているであろう佐知子に電話もした。
  この土合駅は本当に面白い。 下りのホームは地下深いトンネルの中だけれど、上りのホームは地上にある。 無人駅で、しかも切符の自動販売機も無いので、いったいどうなるんだろう、と余計な事まで考えてしまう。 電車に乗ってすぐ、車掌さんに 「土合駅から乗りました。東京までです」 と告げて切符を買った。 「土合駅から…」 と言った時、何故か私は誇りのようなものを感じた。

 No.274「春の白毛門」へジャンプ 春の白毛門 この5年後(平成22年4月)に、同コースで白毛門登頂を果たしました。[後日追記]



一ノ倉沢の大岩壁が眼前です!
松ノ木沢ノ頭から谷川岳の東壁を望む!

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