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夜叉神峠のアヤメ
杖立峠にて
大きなコブ?
薬師岳
薬師岳小屋
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シーズン直前の静かな尾根歩き
《マイカー利用》 第1日=中央高速道・甲府昭和 I.C-《車約30分》-夜叉神峠登山口〜夜叉神峠〜杖立峠〜苺平〜南御室小屋〜砂払岳2740m〜薬師岳小屋 第2日=薬師岳小屋〜薬師岳2780m〜観音岳2840m〜賽の河原(地蔵岳2764m)〜鳳凰小屋〜(ドンドコ沢)〜青木鉱泉(泊)-《タクシー50分》-夜叉神峠登山口
【歩行時間: 第1日=6時間50分 第2日=7時間20分】
* 第2日目の歩行時間は「道迷い」等で約1時間のロスタイムを含みます。
→ 地理院地図(電子国土Web)の該当ページへ
ここ数ヶ月間は家の都合もあり、これといった「重い」登山はしていなかった。常日頃の「鍛錬」を何もしていない私達夫婦。梅雨の真っ最中ということもあり、身体もダルになってきて、これじゃいけないということで出かけたのが、甲府盆地の西側に一番目立って聳える鳳凰三山(地蔵岳・観音岳・薬師岳)だった。手軽そうに思っていた縦走登山だったが、これがけっこうきつかった…。何といっても流石の日本百名山。お天気には恵まれなかったけれど、充分に山のよさと厳しさを味わった。
第1日目(6/21 高曇り): 南アルプス林道は来月1日からの開通とかで、夜叉神トンネルの入口で道は封鎖されていた。そのゲートの少し手前の、閑散とした夜叉神峠登山口の駐車場から歩き始めたのは午前6時20分頃だった。夜叉神峠小屋までの広い登山道は、私は既に経験済み(→夜叉神峠と甘利山)だったので、妻の佐知子にそのときのことなどを話しながら歩いた。エゾハルゼミの合唱に合わせて、ホトトギスやウグイスなどがさえずっている。
夜叉神峠まではカラマツ、ヤマハンノキ、ミズナラ、モミジ類などが目立つが、その他の木々にも樹木名の標板がぶら下がっていて勉強になる。例によってメモってみた。…マユミ、ハリギリ、ミヤマザクラ、クリ、アセビ、ツガ、サワシバ…、所謂天然林だ。
夜叉神峠小屋(まだ閉鎖中)前の広場からは、白峰三山(北岳・間ノ岳・農鳥岳)がよく見えていたが、思った通り、今回の山旅の山岳展望はこのときが最初で最後だった。昨日からの「梅雨の晴間」は下降線をたどっているようだ。見る見るうちに厚い雲が空一面を覆いだしてしまった。
少し残念な気持ちで小屋前広場を去り、ダケカンバ、コメツガ、シラビソといった亜高山帯のおなじみの自然林の中を静かに歩く。やがて四方はシラビソ一色となり、その幹の灰白色の縦線に囲まれてウットリとしっぱなしだ。視界の開ける杖立(つえたて)峠や苺平(いちごだいら)などの明るい草地にはシロバナノヘビイチゴがたくさん咲いている。地名の由来にもなった花だ。林内にはコミヤマカタバミのような花も少しだが咲いていた。概して、思ったよりずっと花の数も種類も少なかった。きっと、あと1〜2週間も過ぎ、夏山のシーズンになるといっせいに咲き始めるのだろうな、と思った。休憩の度に少しずつ食事を摂りながら、ゆっくりと、稜線を更に北へ進む。
樹林に囲まれた南御室(おんむろ)小屋の前を通過しようとしたら、可愛らしい娘さん(小屋番さん)から 「きょうは薬師岳小屋にお泊りですか?」 と声を掛けられた。
立ち止まって怪訝そうな顔をしている私達に、小屋番の娘さんは 「食事などの準備がありますので、こちらから連絡をするのです。同じ系列なもので…」 と、笑顔で説明してくれた。とても感じのよい、やさしそうな娘さんだった。
さらに高度を上げシラビソの純林を抜けると、花崗岩の岩塊と砂礫の、ガイドブックなどの写真でも見たことのある鳳凰山らしい白っぽい風景になってくる。ハイマツの縁にはキバナシャクナゲが僅かに咲いている。岩の隙間のあちこちにはコイワカガミが群生して咲き始めている。背の低い曲がりくねったダケカンバやウラジロナナカマドは、今ようやく芽吹き始めたばかりのようで、若葉がみずみずしい。
前方に薬師岳の岩峰が間近に見えてきた。三山中ではもっともおだやかな山容、とあるが、ここ(砂払岳)から眺めるとけっこうとんがっていてキレイな三角形だ。下方の鞍部には薬師岳小屋が見えている。
可愛らしい女性小屋番さんから教えられた通り、南御室小屋から約1時間半の歩程で薬師岳小屋に辿り着いた。午後4時丁度、だった。
薬師岳小屋に着いて驚いたのは、こちらの小屋番さんは若々しい(佐知子に云わせるとイケメンの)青年だった、ということだ。日本の山での絶滅危惧種である若者に出会えて、私達はなんだかとても嬉しくなってきた。
夕食前、小屋前広場のベンチで持参したカマボコをつまみに小瓶のスコッチをチビチビと飲っていると、イケメンの小屋番さんが小屋の屋根に上って煙突掃除を始めた。かまどの火付きが悪いらしく、一生懸命にやっていた。すす払いが上手くいったらしく、真っ黒な手をして屋根から下りてきた小屋番さんが、私達に話しかけてきた。
「きょうは風呂の日で、私はさっきまで南御室小屋へ行っていたんですよ」
「お風呂、あるんですか?」 と佐知子が聞く。
「こちらにはないんですが、あちら(南御室小屋)にはあるんですよ」
その会話を聞いていた私は、佐知子に小さな声で云った。
「かわいい南御室小屋の小屋番さんと美青年の薬師岳小屋の小屋番さん…。鳳凰三山の“青い山脈”かなぁ。何だか、物語を感じるネェ…」
そしたら佐知子はニヤニヤしていた。
少し寒くなってきて、佐知子の吐く息が白く見える。
* あくまで私達の空想の世界で、決して冷やかしではありません。気分を害したら、小屋番さん、ゴメンナサイ。
薬師岳山頂
地蔵岳へ向かう
カラマツのオブジェ
下山開始
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第2日目(6/22 雨): 薬師岳小屋の泊り客は私達のほかにはもう一組の中年カップルのみだった。その中年カップルは自炊だったので、好青年の小屋番さんは私たちのためにだけ、早起きをして、朝食定時(5:30)よりも早い時間に食事を用意してくれた。佐知子は、もうすっかり美青年の小屋番さんのフアンになっている。
しかし、昨夜半からの本降りの雨だった。雨具に身を固めて、小屋番さんに感謝の挨拶をして、とぼとぼと歩き出したのは午前6時丁度だった。幸い風は弱く、傘をさして歩くことができたので、身体に落ちる雨滴はそれほど気にならない。10分足らずの登りで白い砂礫上に標柱の立つ薬師岳の山頂へ着いた。雨と霧のため視界は40〜50メートルくらい、だろうか。絶景のはずの展望は全く得ることができない。
岩と白砂とハイマツの気分のよい広い稜線を更に北へ進むと、薬師岳から30分強で、巨岩のゴロゴロしている観音岳の山頂に着く。観音岳は鳳凰三山の最高峰で、三角点(二等三角点2840m)があるのはここだけだ。雨は一向に止みそうもない。早々に観音岳を辞す。
景色が殆ど見えないので足元ばかりを見て歩く。随所で見られる花崗岩のオブジェが素晴らしい。コイワカガミは所々に咲いているけれど、その他の花はまだ殆ど咲いていない。ダケカンバの根元に咲いているハクサンイチゲをようやく見つける。岩上の隙間に白い花をつけているのはハタザオの仲間だろうか。
広い砂礫上にポツンと立つ、まるで高価な盆栽のような樹木を見た。ゴヨウマツかと思って近寄ってみると、何とカラマツのようだった。束生している短い針葉の緑が鮮やかだ。稜線上の風雪に耐えてよくぞここまで生き延びたものだと、つくづく感心した。
花や樹木の観察に専心しすぎたらしい。鳳凰小屋への分岐のある稜線付近で、ついに道に迷った。なんか変だなと思いながら、危険な岩場を、野呂川方面(主尾根の西側)へ向かって随分と下ってしまったようだ。コンパスで確認してはっきりと気がついた。慌てて引き返したが、ルートがなかなか見つからない。ガスっているときの岩稜はこれだから怖い。ロスタイムは30〜40分間だろうか。ようやく地蔵岳への正しいルートを発見してほっとした。かすれた道標の黄ペンキが恨めしい。
花崗岩白砂の小平地(賽ノ河原)には何体ものお地蔵様が並んでいた。眼前の地蔵岳山頂部は霧の中にぼんやりと浮かび上がっている。天気の良い日には甲府盆地からはっきりと見てとれる地蔵岳山頂のオベリスクって、これだったのかと思った。岩塔の高さは約30メートルあるという。明治37年に英国人のW・ウェストンがザイルを使って初めて攀じ登ったとされている。そのとき彼はザイルの先に小石を巻きつけて、それを何回か投げてみて岩のどこかに引っ掛かけて登った、と聞いている。現在のクライミング常識からするとゾッとするような方法だと思う。まるで映画にでてくるインディ・ジョーンズのようだ。軟弱で根性無しの私達夫婦は、勿論そのオベリスクには登らずに、いそいそと下山の途についた。
地蔵岳の賽ノ河原から約50分、まだ閉鎖中の鳳凰小屋に着く。小屋の軒下を借りて早めの昼食。この時点ではまだ午前の10時頃で、私達は余裕綽々だった。しかし、ドンドコ沢の下りは予想以上にきつかった。
そのドンドコ沢の樹林帯は美しい緑だった。途中に4つの大きな滝(五色滝・白糸滝・鳳凰の滝・南精進ヶ滝)があって、滝見物も面白い。コースから少し離れているので億劫だけれど、それぞれの滝はびっくりするほど落差があって壮観で、一見の価値はあると思う。枝沢を幾つか横切ったり川原を歩いたりして、ドンドコ高度を下げる。このコースは長丁場だけれど変化があって飽きさせない。
麓に近づいてきた頃、林床のシノダケ(スズタケかな?)が立ち枯れている現場を次々と見た。まるで全滅したようなこの景色に驚いた。竹類はその寿命が終わるとき、地下茎で結ばれているので、山全体の同種が一斉に枯れることがある、と聞いたことがあるけれど、これがそうなのかなぁ…。と、ちょっと悲しい気持ち。さらに下った沢沿いにはオオバアサガラが純白の花房をつけていた。何時しか雨は止んでいた。
疲れ果てて青木鉱泉に辿り着いたとき、私達の足はボロボロだった。日頃の鍛錬不足だ。時計を見ると午後4時15分。滝見物の寄り道をしたこともあるけれど、鳳凰小屋から青木鉱泉までのコースタイム3時間30分は、鈍足の私達夫婦には全く当てはまらなかった。
青木鉱泉: 山奥の静かな一軒宿、の形容がこれほどぴったりくる宿もめずらしいと思う。ここは本当の山奥、ドンドコ沢の底、武川渓谷の奥、鳳凰三山の東側の懐だ。自然林に囲まれた建物は何故か郷愁を呼び覚ます。いにしえの純日本建築で、釘を使わない「挿し鴨居造り」というのだそうだ。本館入口にある食堂は「土間」になっていて、心が和む。露天風呂はないが、石貼りの丁度いい広さの湯船からあふれ出る湯は、いかにも本物らしい素朴さを感じさせる。入浴時間は夜9時まで、朝は7時から。洗い場にシャンプーは無く、懐かしのレモン石鹸のみ。部屋にテレビは勿論ない。寝具の上げ下げはセルフサービス。浴衣は別料金(500円)。と、限りなく「民宿」だが、山旅の私達にはそれで十分。1泊2食付一人10,000円はやや割高、かな。ちょっと残念だったのは、泉質表示(成分表)がどこにもなくてその実態が不明瞭、ということだ。無色透明無味無臭のさらっとした湯だった。緑礬泉、らしいが…。そしてもっと残念なのは、どちらが悪いのかは分からないが、鳳凰小屋から分岐するもう一つの下山口に位置する御座石温泉との、双方の確執の問題だ…。
ドンドコ沢の下りで足腰の筋肉を使い果たしてしまった私達。ぐっすりと眠って寝過ぎてしまった翌朝、あちこちの筋肉痛で、布団から立ち上がるのに難儀した。
定期バスもまだ運行しておらず、マイカーの駐車してある夜叉神峠登山口までは、宿で手配してもらったタクシーを利用した。南アルプス林道にはたくさんの作業員が出ていて、沿道の草刈りなどをしていた。1週間後(7/1)の全面開通を控えて、南アルプスはその受け入れの準備に余念がないようだった。タクシー料金の11,750円は、懐がちょっと痛かった。
白い山稜にて
シラビソ林
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花崗岩と白砂の稜線
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この先で道に迷いました
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まるで盆栽のよう・・・
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花崗岩の岩と砂礫・地蔵岳へ向かう
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