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No.216 天上山571m(神津島)
平成19年(2007年)2月18日〜20日 晴れ のち曇り

海上から天上山を望む
天上山(神津島) 略図
まるで山の竜宮城!

竹芝桟橋(東京港)…神津島港(前浜)-《宿の送迎車10分》-神津村落(民宿・山見荘)-《宿の車5分》-黒島登山口〜文政の石積跡〜千代池〜表砂漠〜新東京百景展望地〜不動池(不動尊)〜天空の丘〜ババ池〜不入が沢〜天上山三角点571m〜白島登山口〜那智堂〜やよい橋〜民宿「山見荘」… 【歩行時間: 約4時間】
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 東京港から船に乗って伊豆七島の神津島(こうづしま)へ行き、天上山(でんじょうさん)に登ってきた。登山家の岩崎元郎さんが東京都から選んだ新日本百名山の一座だ。標高は571mと低いが、山頂部は予想以上に広く、火山特有の変化に富んだ地形で、とても楽しめた。歩いていて時折 「ここはアルプス…?」 と錯覚するほどだった。「〜名山」の是非はさておいて、プロが選んだ山にはまずハズレがないものだ、とつくづくと思った。

●2月18日(登山前夜) 竹芝桟橋から出航
東京湾の夜景
夜のレインボーブリッジ
 夜、JR山手線の浜松町駅から東京港へ向かって歩く。竹芝桟橋には東海汽船の大型客船が2隻停泊していて、大きなほうは三宅島・八丈島航路の「さるびあ丸」で、私達が乗船したのはそれよりやや小ぶりな大島・神津島航路の「かめりあ丸」だった。
 早速、最もエコノミーな2等船室の和室タイプに居を構える。この船室の床には太いビニールテープで約1畳分の仕切りがしてあり、すべてのエリアが指定制になっている。昔(といってもつい数年前までの話だが)は、そういった仕切りのようなものは無く、それこそ人気の山小屋と同じで、ぎゅうぎゅうづめの雑魚寝だった。十数年前までは磯釣りが趣味だったので、週末にはこれらの航路をよく利用していた私だが、この東海汽船の客船のことを「奴隷船」とあだ名していたものだ。釣り客の数が減ったことなどの影響だろうか、最近では昭和50年代のような超過密な状態(奴隷船状態)にはめったにならないという。この日も、ウィークデーということもあったけれど、ゆったりとした船旅ができたことは望外の幸せだった。(*
 22時丁度、定刻通り「かめりあ丸」は出港した。妻の佐知子を誘ってデッキに出てみると、レインボーブリッジやお台場の観覧車や東京タワーやビル群などが宝石箱のようにきらめいていた。そう、東京湾の夜景はとてもきれいなのだ、ずっと昔から…。

* 東海汽船の貨客船「さるびあ丸」や「かめりあ丸」は2等も全席指定となったのですが、夏場などの繁忙日には座敷・椅子席が満員になると「席なし」という2等席券が販売され、1人につき1畳分のレジャーシートが配られるとのことです。つまり、船内のロビーや通路などの空いている空間にテキトウに寝てください、ということです。勿論定員の範囲内でしょうが、昔日の「奴隷船」を彷彿とさせるちょっと怖い話ではあります。

●2月19日(登山当日) いきなり高山帯の様相
桟橋からは正面に聳えて見える
港から天上山を望む

濃緑の灌木に囲まれてひっそりとしていた
千代池を見下ろす

リョウブ、ツバキ、カクレミノなどの林
再び樹林帯へ

興味深い植生が続く
表砂漠を歩く

まるで3000m級の山頂部のようだ!
あと一息で天上山

山頂標識と2等三角点があった
天上山の山頂にて

この島で山に最も近い民宿です
民宿「山見荘」
 「かめりあ丸」は伊豆大島、利島(この日は欠航)、新島、式根島と経由して、東京湾の竹芝桟橋を出港してから約12時間後の午前10時少し前に終着の神津島港(前浜港)に着岸した。港の正面に迫る天上山は白ザレの山肌を見せて見上げるほどに大きい。足取りも軽く、私達夫婦はタラップを降りる。少し船酔いだった佐知子はもうすでに「復活」している。何時ものことだが、彼女の生命力はトカゲの尻尾のようなものだと思う。桟橋には予約の民宿「山見荘」のオバチャンが迎えに来てくれていた。
 オバチャンの手慣れた運転で約10分弱、村落上部にある「山見荘」の離れに案内された。山に最も近くて登山に最も便利な民宿、と条件を付けて神津島観光協会に紹介してもらったのがこの「山見荘」だった。なるほど山が近く、部屋の窓からも北東面に天上山571m、南面には高処山299mがよく見えている。こうなると私達はじっとはしていられない。テーブルにあった茶菓子を口にほおばりながら、いそいそと身支度をした。出かけようとしたら、オバチャンが登山口まで送ってくれると云う。断る理由は全くないので、ありがたく車に乗せてもらった。良かったのか悪かったのかは別にして、おかげで往路のアスファルト道歩き(歩程にして約30分)を省略することができた。
 しっかりとした案内板のある黒島登山口では中高年男女十数名のパーティーが登山準備をしていた。このパーティーとは宿泊施設こそ違え、行きの船も帰りの船もこの日の神津島温泉保養センターでの入浴も、つかず離れず、ずっといっしょだった。この日、天上山へ登ったのは私達夫婦とこのパーティーだけだったと思う。その中高年パーティーに軽く会釈して、歩き始めたのは午前10時半頃だった。辺りには樹高の低いクロマツやヤブツバキやスダジイなどが茂っている。
 登り始めるとすぐに展望が開け、振り返ると先ほど車で通ってきた港(前浜)の辺りや村落などがよく見えている。足元ではシダ類(ウラジロやコシダ)が目に付く。緑の葉はミヤマシキミ、ヒメユズリハ、モッコク、ヒロハイヌツゲ(オオシマイヌツゲ)などで、赤黒く色付いているのがツゲやシャリンバイなどだ。何故かヒサカキの葉も少し色付んでいる。不思議だったのは、それらの常緑性の灌木を含めたすべての植物が地を這うように背が低く、一帯はまるで森林限界のような様相を呈していることだ。なんと、本来は高木のはずのヤマグルマまでが灌木化しているのだ。この土地の気候風土に関係しているのだろうが、珍しい眺めの植生だ。「神津島・天上山に咲く花(石橋正行、大野和臣共著・山と渓谷社)」によると、季節風などの潮風が強いこと、流紋岩(火山岩)が風化した水はけの良い(良すぎる?)貧栄養な荒砂の土壌であること、などの要因が木々を矮小化させているらしい。
 登山道はよく整備されていてとても歩きやすい。標高を併記した合目表示もあるので、今いる場所などもよくわかる。あれよあれよと云う間に十合目へ着いてしまった。左手には黒島山のピーク524mがあり、右手の近くには「文政の石積跡(オロシャの石塁)」と呼ばれる大岩の連なりがある。かつて、黒船来襲に驚いた江戸幕府が慌ててここに造ったらしい。要所要所に環境省や都や村の解説板が立っているので理解しやすい。これから始まる、この高原状の広い山頂部を8の字に周遊する「散歩」が、まるでアルプスを歩いているように変化に富んでいて、実に楽しかった。
 風が幾分弱い千代池(せんだいいけ)の周辺で大休止。宿のお弁当をほおばった。ひょうたん型をした小さな水溜りの千代池は、背の低いカクレミノやシロダモ、ヤブニッケイ、マンリョウ、モクレイシ、ツゲ類などのこじんまりとした林に囲まれている。葉を落とし、赤い実を少し残しているのはサルトリイバラ(別名:サンキライ、当地ではモガキ)で、こちらのはほとんど棘がない南洋型(関東南部の海岸から台湾にかけて自生)のようだ。リョウブやツツジ類も未だ冬枯れ状態だ。既に花の蕾をつけたミヤマシキミが案外と可愛らしい。昼食後、「山頂部8の字散策」の続きをやる。
 裏砂漠や表砂漠と呼ばれる「砂漠地帯の盆栽」のような風景がまた素晴らしかった。白い砂地の所々にへばりつくようにして生えているクロマツはまるでハイマツのように見える。オオシマハイネズ(オキナワハイネズ)、ヒロハイヌツゲ、ツゲ、シャリンバイなどの姿も不思議で興味深かい。5月下旬頃にはオオシマツツジやコウヅシマヤマツツジが真っ赤な花を咲かせるらしい。
 そして、北面から東面にかけての、櫛ヶ峰503mの彼方の海に浮かんでいる式根島や新島などの景色も素晴らしかった。その海の景色は「新東京百景展望地」から眺めたものが特に良かった。また、“大地が丸いことを実感”させてくれる「天空の丘」なども心が洗われる思いがした。まるで山の竜宮城を散策しているような夢見心地の時間が過ぎていく。
 竜神が祀られているという不動池(不動尊)、ババ池(またはババア池:すごいネーミングだ!)を経て白ザレの噴火口跡の窪地(不入ガ沢)へ着いた。ここは天上山の最高峰直下で、有名な水配りの神話(その昔、伊豆七島の神々がそれぞれの島に水を分けるための会議を開いた)の舞台となった神聖な場所であるらしい。高山帯のような近景も、西面眼下の前浜集落や港や岬や海や空の眺めもファンタスティックだ。なんといっても、ここは、伊豆諸島の神々が集まる島(かみつしま=神津島)なのだ。
 ガレとザレと灌木の最高峰571mの狭い頂上には山頂標識と二等三角点があった。云うまでもなく、1点360度の大展望だ。相変わらず風が強く少し寒かったので、長いことはとどまることはできなかった。でも、できるかぎりの間、私達は話し合うこともなく山頂に立ち尽くした。そして、後ろを振り返りつつ名残りを惜しみながら、下山を開始した。
 いったん不入ガ沢(はいらないがさわ)まで戻り、明るく開けた景色を眺め下ろしながら、上りの黒島登山道と同じような階段状に整備された白島登山道を下る。ほどなく道は凹地になり、背の低い(発育不良?)スダジイなどの照葉樹のトンネル状になる。通常の照葉樹林では林床で耐えているタイミンタチバナが、ここではけっこうな準主役で、モッコク、ミヤマシキミ、ササ(アズマネザサ?)、シダ類などもそれなりにがんばっている。この道もすこぶる気分がよい。草本類などの花の季節はさぞかし(もっと)ステキだろうと思う。
 やがてトイレのある林道終点(六合目・標高373m・白島登山口)へ出るが、道標に従って再び山道へ入る。と益々周囲の樹高が高くなって、リョウブ、カクレミノ、ヤブツバキ、スダジイ、タブノキ、そしてスギなどの若くて美しい森になる。ツバキの赤い花をヒヨドリが盛んに突いていた。
 漁民の信仰を集めているという那智堂(数体の小さな観音様のレリーフ石像がある)を通過し、村落へ続くアスファルト道に出て、やよい橋を渡るとそこが民宿「山見荘」だった。午後3時40分、まだ充分に陽は高かった。

神津島温泉の大露天風呂(この日は閉鎖中) 神津島温泉保養センター: 神津島港の北に位置する沢尻湾沿いにある村営の日帰り温泉施設。宿(山見荘)のオバチャンの運転で、この日の夕方、送迎してもらった。行ってみて驚いた。ここは何種類もの内湯や大中小3つの(混浴)露天風呂などを有する一大温泉ランドだった。しかも荒磯が目の前という絶好のロケーションだ。15年ほど前に大改装してオープンしたらしい。泉質はナトリウム・塩化物強塩泉で、つまり海水のようなしょっぱい湯だ。湯量は極めて豊富なようだ。入浴料は一人800円。
 水着を持ってこなかった佐知子は露天風呂には入れなかったが、内湯からも大きな窓越しに荒磯の景色が堪能できる。この日は300人が入れるという大露天風呂には給湯されていなかったが、私はガラパンをはいて、小露天風呂と高台にある中露天風呂に入浴してみた。太平洋に沈みゆく夕陽がステキだった。

 宿(山見荘)の夕飯はオバチャンが近くの畑から採ってきたアシタバやカリフラワーなどの新鮮野菜と魚の料理で、野菜や魚の好きな私にとっては“極楽”だった。島の特産の盛若(もりわか:ワインの香りのする不思議な焼酎)をチビチビと飲ったりして、夜は静かに更けていく。

●2月20日(帰路) 神津島に感謝感激!
大型客船「かめりあ丸」へ向かう
前浜港の桟橋
 昨日までの好天気は下り坂にあるようだ。朝から少しずつ雲が増えているような気がする。ゆっくりと朝食をとって、一段落してから山見荘のオバチャンに神津島港まで送ってもらう。宿の料金は焼酎代を別にすると一人6,500円。至れり尽くせりでこの料金だ。オバチャンに感謝!
 港の近くにある物忌奈命神社を参拝したり、前浜の海岸線を散歩したり、土産物を買ったりして時間を過ごした。港の近くで買ったサンマの干物は小ぶりだったが3匹で100円。おまけに、高価なキンメダイの干物を、お店のオネーサンが「ないしょヨ」といってサービスしてくれた。帰宅してから食べたらどちらも物凄く美味かった。神津島のおおらかで温かい人情にも感謝感激!
 小雨が降り出したが風は弱まったようだ。午前10時50分、凪いでいる海面を滑るように「かめりあ丸」は出港する。デッキへ出て振り返ると、山頂部に薄雲をまとわりつかせた天上山は、どっしりとした感じで周囲を睥睨していた。
 太平洋クルーズを楽しんで、東京港の竹芝桟橋に戻り着いたのは午後7時10分頃。もう既に夜の帳がおりていた。



海の見える山岳風景
振り返って見下ろす前浜の集落
黒島登山道を登る
空と海が同じ色で並んでいる
白ザレの山頂部

再び天上山へ 平成22年3月25日〜27日 風が強かったがまぁまぁのお天気

天上山の山頂:風が強い 山仲間山歩会をお誘いして、本項と殆ど同日程でのグループ登山を楽しんできました。天上山の興味深い植生やアルペン的な景観をみなさん満喫されたようで、案内役の私達夫婦は冥利につきました。
 ヤブツバキの花は殆ど終わっていましたが、ミヤマシキミや気の早いオオシマツツジの花などを見ることができました。里ではシチトウスミレ、ハチジョウキブシ、オオシマザクラなどが咲いていました。シロダモの白い若葉に手を触れると子猫のような肌触りで、ルーペで観察すると、まるでビロードのような美しさです。
 残念だったのは「神津島温泉保養センター」が改装等の理由で休業していたことでした。海岸の岩礁地帯に隣接する大露天風呂はナカナカの迫力なのです。私が煽ったこともあり、メンバーの何人かは水着を持参したりして、楽しみにしていたのですが…。
 行きは波が高くちょっと船酔いでしたが、帰りはそれほどでもなく、長い船旅も充分に楽しむことができました。“春の別れ”の季節だったこともあり、神津島をはじめ立ち寄った各島々での出船の際、たくさんの別れのテープが風に舞う様を見物することができました。それはなんとも云えぬ哀愁をそそる情景で、船上の往く人を、桟橋の外れまで手を振りながら追いかけてきた小さな女の子の姿が目に焼きつきます。もらい泣きをしていたメンバーもいました。

まるで山の竜宮城!
山上のトレッキング(裏砂漠)
分類上はヤマツツジの海岸型変種
オオシマツツジ

帰路の船上から天上山方面を望む
帰路の船上から天上山を望む(今回は東側の多幸湾から出船)

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