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No.278 太平山から晃石山
平成22年(2010年)9月22日 残暑の厳しい一日

太平山・略図
苔のついた道は滑りやすい
ヒノキ林を登る

「陸の松島」の絶景です
謙信平の展望台

近くに太平山城跡もある。
太平山神社奥宮

ちょうど飛び出したところを撮影できました
パラグライダー離陸点

1等三角点(右手前)と祠などがありました
晃石山の山頂

清水寺から大中寺へ向かいます
感じのよい里道


今も変わらぬ思い出の里山

東武日光線・新大平下駅〜客人神社〜謙信平〜山本有三文学碑〜太平山神社〜太平山神社奥宮〜太平山341m〜電波塔〜ぐみの木峠〜パラグライダー離陸点〜晃石神社〜晃石山419m〜晃石神社〜清水寺〜大中寺〜新大平下駅 【歩行時間: 4時間30分】
 → 地理院地図(電子国土Web)の該当ページ(太平山)へ


 晃石山(てるいしさん)という山は「関東百名山(山と渓谷社)」で知った山だった。一体何処にある山なんだろう、と精読してみて驚いた。太平山神社の西側に連なるちょっとしたピークがそうであるらしい。なぁ〜んだ、太平山(おおひらさん)のことじゃないか、と思った。地元ではこの連山を(太平山も晃石山も含めて)太平山と呼んでいる。父の実家が近い関係で、太平山は私にとって子供のころからなじみの深い山なのだ。地籍は栃木県栃木市で、山域としては安蘇山地に属する。国土地理院の地形図を見てみたら、なるほど太平山341mと晃石山419mは別の山として記載されている。
 子供の頃、ちょくちょくお世話になったのが隣りの小山市の外れにある父の実家だった。近くを流れる思川(おもいがわ:利根川の支流)で水浴びをしたり釣りをしたりして、ひと夏を楽しく過ごしたものだ。砂利石の河原や平たく広がる田んぼの畦道から西側を眺めたとき、いつも大きく聳える太平山の存在が強烈で、東側の遠くに小さく見える筑波山を凌駕していた。
 私達夫婦が幹事役を務めるハイキング同好会山歩会の来月の定例山行に、多少は土地勘のある太平山〜晃石山のミニ縦走を計画してみた。その下見を兼ねて私達夫婦はいそいそと出かけた。“永すぎた今年の夏”の終わりの頃、残暑の厳しい日だった。

* アクセス: 浅草から午前8時10分発の東武鉄道・快速電車に乗り、建設中のスカイツリーのすぐ脇を通り北へ向かって約70分、田園風景が開けてくると間もなく新大平下駅(*)に着く。この快速電車は都心からの日帰り太平山ハイキングにちょうどよく、安くて早くて便利だ。JR両毛線の大平下駅からのほうが歩く距離は若干短いのだが、本数が少ないこともあり、首都圏からはややダルい。
 トイレへ行ったり自動販売機でスポーツドリンクを購入したりで、歩き始めたのは9時半頃だった。桜や紫陽花の季節には賑わうのだが、何処も彼処も今は閑散としている。
 * 読み方の“おおひら”は同じですが、山名や神社名は“太平”で、地名や駅名は“大平”なんです。 (^^ゞ

* トレイル: 花見の季節など、子供のころから何回か父に連れられて行ったことがあるけれど、麓から歩いて縦走したのは初めてのことだった。日ごろの鍛錬不足も手伝って、低山とはいえ(低山だから?)この日の暑さでバテバテになってしまった。「関東ふれあいの道」にもなっていてよく整備されたコースだが、アップダウンがけっこうあるのだ。
 由緒ある山なので、謂れ因縁のある立派な神社やお寺がやたらに多いのもこのコースの特徴だ。きっとご利益があるんじゃないかと思う。謙信平には山本有三の文学碑もある。その日の気分やパーティーの体力などに合わせていろいろなコース取りができるのも太平山の良いところだ。太平山神社までは車で行けてしまう、というのがやはりちょっと興醒めかも。
 私達は太平山から晃石山まで縦走して清水寺(せいすいじ)へ下ったが、これで歩き足りないと感ずるようならば、晃石山からさらに南西へ向かって完全縦走するのも面白いかもしれない。晃石山→桜峠→馬不入山(うまいらずさん・345m)→岩船山173mとアップダウンしてJR両毛線の岩舟駅へドスンと下山するトレイルだ。コースタイムにおいては本コースと比べてそれほどの差はないと思うが…。

* 展望: 稜線から南面に垣間見ることのできる関東平野の景色は「陸の松島」といわれていて、謙信平からの展望が特に有名だ。上杉謙信が関東平野の広さに驚いたのも頷ける。この日は富士山などの超遠望は利かなかったけれど、薄ぼんやりとした景色もまた風情があるものだ。ここはまた夜景の名所でもあるらしく、今ではデートスポットにもなっているそうだ。
 太平山の山頂は樹林に囲まれていて展望はないが、晃石山の山頂からは北面が開けていて、すっきりとしたお天気ならば赤城山や日光連山などがよく見える筈だ。この日はその方向に雲が出てしまって、それがちょっと残念だった。汗を拭き拭き山頂のベンチに腰掛けて、地面を忙しそうに這い回るアリンコたちをずっと見ていた。

* 晃石山山頂の一等三角点は、見るからに大きな標石(柱石)だが、一辺の長さがなんと21cmもあるとのことだ。通常は18cmだが、たった3cm違うだけでこんなにも大きく感じるものかと思う。三角点マニアの方にとっては特に価値のあるものらしい。
 * ちなみに、二・三等三角点の通常の一辺の長さは15cm、四等三角点は12cmです。

* 植生: コース上の殆どはヒノキの人工林に雑木林が交ざるといったおなじみのロケーション。目立った樹種はコナラ、クヌギ、ヤマザクラ、リョウブ、アカメガシワ、シデ類、モミジ類、ツツジ類、アカマツなど。所々にアラカシ、シラカシ、ヒサカキなどの照葉樹(常緑広葉樹)が、薄暗い林床でじっと覇権を狙っている。
 この山域は昭和30年に県立自然公園に指定されていると聞く。冷温帯と暖温帯の境界付近に位置しているようで、その豊かであろうはずの植生を、どうかこれからもずっと大切にしてほしいと願う。
 太平山付近では観光資源でもあるソメイヨシノやアジサイやツツジがたくさん植えられていて、その花の季節は大変な混雑になるのは周知の通りだ。

* 下山してからの里歩き: 「ぶどう団地」と呼ばれるぶどう畑の傍を歩く里道は、道標も完備されていて歩きやすく情緒もある。アスファルト道を極力少なく工夫されたルートで、雑木林やマダケの竹林など、長い里歩きだがストレスは感じない。
 山麓にはお寺さんが多くお墓もたくさんある。迷信を信じていた昔の夜はさぞかし怖かった処で、狸(たぬき)や狢(むじな)や鬼などの妖怪が闊歩(かっぽ)していたんだろうね、と妻の佐知子とひそひそと話し合った。ちなみに、大中寺は「雨月物語(*)」の舞台となった処でもある。
 黄金色に色付いた田んぼの沿道をゆっくりと歩き、両毛線の踏切りを渡って、東武日光線の新大平下駅へ戻り着いたのは午後4時近くだった。
 * 雨月物語:  江戸時代後期に上田秋成によって著わされた怪奇小説集。 序と9篇の物語からなり、舞台のモデルとなった大中寺が出てくるのは8番目の「青頭巾」という(食人鬼を扱った)奇談です。

*** コラム ***
太平山・父の憶い出

 大正生まれの私の父は、太平山にほど近い栃木県小山市郊外の農家で育った。とても偏屈で勝手な父だが、子供のころの遠足の話をするときは目が優しく輝いている。
 父の話によると、通っていた尋常小学校の遠足は毎年5月に行われ、学年によって目的地が決まっていたそうだ。1年生は近くの摩利支天さん(摩利支天塚古墳:小山市飯塚にある県内最大級の前方後円墳)で、2年生は小山の城山公園、3年生は栃木駅の北西2Kmに位置する錦着山(標高81m:現在は公園になっている)だったという。そして高学年(4・5・6年生)になると太平山へ登ったようだ。ちなみに、高等科(現在の中学1・2年)になるとこの山並みの西端に位置する岩船山まで足を延ばしていたらしい。交通の発達していなかったころのこととて、すべて徒歩の、文字通りの“遠足”だったらしい。
 今でも太平山の謙信平付近には数軒の茶店が並んでいるが、当時(戦前)から遠足の子供たちは経木に包まれた“太平団子”や“焼き鳥”を買い食いするのが楽しみだったらしい。値段は10銭だったという。もうひとつの太平山名物の“卵焼き”は高価で、大人たちが酒の肴に買っていたそうだ。
 そしてもう一つ。小山市を流れる思川
(おもいがわ)の近く(父の実家のある処)の神社で、毎年行われていた盆踊りに必ずでてきた唄の歌詞を、一部分だけだが、父は今でも憶えている。
・・・・・・・・・・
♪ さて東西、みなみなさまよ〜
♪ アァ〜、・・・・・・
♪ 西は太平
(おおひら)〜 東は筑波〜 北に男体〜 南は富士よ〜
・・・・・・・・・・
 その(楽しみだった)盆踊りは支那事変が始まった年(昭和12年)まで毎年行われていたという。そして昭和16年の春、父は予科練を志願することになる…。
 …それにしても、父はよく憶えているものだと感心してしまう。


 太平山登山から帰宅したら、珍しく父が出迎えてくれて 「どうだった?」 と聞いてきた。 「相変わらずだったよ」 と面倒臭そうに答えると、「オレ…、今でも登れるかなぁ…」 と独り言のように云って私を見上げた。私は咄嗟に 「ムリムリ、全然無理だよ!」 と答えてしまったが、黙ってしまった父の後姿を見て 「しまった!」 と思った。
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歴史ある太平山の神社仏閣
太平山の登山口にあります
客人(まろうど)神社
とても立派な神社です
太平山(おおひらさん)神社
晃石山の山頂直下にあります
晃石山(てるいしさん)神社
十一面千手観音が本尊だそうです
清水寺(せいすいじ)
田んぼの向こうの太平山
晃石山(左奥)と太平山(右奥)

晃石山の山頂にて* この翌月(平成22年10月3日・薄曇り)、「山歩会」の定例山行で本コースを歩きました。
 私は不覚にもこの2日前に(秋季恒例の?)ギックリ腰をやってしまい、参加のみなさまにも随分とご心配をおかけしてしまったのですが、この日のお天気と同じように、何とか一日持ちこたえることができてホッとしました。
 爽やかな秋風を感じながらの一日で、体調は絶不調だったのですが、疲労度に関しては前回の下見のときよりはずっと少なく感じました。矢張り猛暑の低山歩きは体力を極端に消耗させてしまう、ということを身をもって思い知らされました。
 里道ではヒガンバナがまだ咲いていて、キンモクセイはようやく匂い始めていました。各地からの便りでも、それらの開花が例年より数日ほど遅れているようです。今秋はナラやシイやカシなどの堅果(どんぐり)が不作と聞いていますが、それもこれも“永すぎた夏”の影響でしょうか…。


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