第1日目(9/17) 新穂高ロープウェイ・西穂高口駅〜西穂山荘〜西穂独標〜西穂山荘
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播隆上人像
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東京・竹橋発の夜行バス(毎日あるぺん号)が新穂高温泉のバス停に着いたのは翌朝の5時30分頃で、8時30分始発のロープウェイまでの待ち時間が長かった。バスでの熟睡はやっぱり難しく、寝不足感が付きまとう。
新穂高ロープウェイの頂上駅(西穂高口駅)から雨具に身を固めて歩き始めたのは9時10分頃。千石園地を少し進むと播隆上人(1786〜1840)の石碑(レリーフ)があった。笠ヶ岳を再興したり槍ヶ岳を開山した、カリスマ的な先達だ。
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ゴゼンタチバナの赤い実
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沖縄の南海上で停滞している台風15号の影響もあって、小雨とガスの悪状況だ。しかし風はそれほどでもなく、怖い雷も鳴っていない。和気藹々と軽口を云い合いながら、オオシラビソ、コメツガ、トウヒ、ダケカンバなどの森をゆっくりと進む。
目の高さにはオオカメノキ、ウラジロナナカマド、タカネナナカマドの赤い実。足元には矢張り赤い実のゴゼンタチバナやコケモモが目立っている。北アルプスはもう秋である。
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霧の中から独標が…
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西穂山荘で名物の西穂ラーメンを食べてから独標へ向かう。雨と濃いガスが私たちを包んでいる。もう既に森林限界を超えているようだ。丸山2452mを過ぎてからもシャクナゲやミヤマハンノキなどが交じるハイマツ帯のゆるやかな尾根歩きで、すこぶる気分はいいのだけれど、如何せん何も見えない。
す〜っとガスが引いて、薄っすらと前方になにか見えてきた。独標だ! えっ、もう着いちゃうのぉ〜。
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独標近くの岩場
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しかし、段々と岩っぽくなってきた。ガイドブックに書いてあった通り、独標への上り下りは要注意だ。スタンスもホールドもしっかりしていて心配はないが、慎重に進む。
* 昭和42年(1967年)8月1日の、松本深志高校2年生のパーティーが、西穂高岳山頂からの下山途中に落雷遭難事故に遭ったのは、この辺りじゃなかろうか…。生徒11人が死亡、生徒と引率教師13人が重軽傷を負うという未曾有の落雷事故だった。この事故以降、落雷に対する認識や集団登山のあり方をめぐってさまざまな議論があったのは周知の通りだ。なお、慰霊碑は独標から西穂側へ少し下った処にあるらしい。
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独標にて
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独標に着いたのは午後1時半頃。今回のメンバーはむさくるしい男性5名と美しい山ガール2名の計7名。岩場の初心者もいる。そしてこの悪天候。う〜ん、ここが思案のしどころだ。
ここから西穂高岳山頂までの歩程は往復約3時間30分…。総合的に判断して、西穂アタックはやっぱりあきらめることにした。この先からが本格的な岩場が続くのだ。寝不足と経験不足と時間不足の私たちは絶対に無理はしない!
(^^ゞ
ガスが薄れてくると眼前にピラミッドピークなどの岩峰が浮かび上がる。それは西穂高岳へ続く岩稜でもあり、私にとってはこの上もなく魅力的に見えたが…。
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復路の尾根道にて
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明るくて感じの良い尾根道を歩いているとき、4匹のライチョウ家族に出逢った。(下欄の写真) 人間を恐れていないので手の届く距離まで近寄ってくる。天敵のタカなどに見つかる恐れのないこの空模様では、そうだね、ライチョウは出てくるよね、と大喜びの私たちだった。この日はホシガラスやイワヒバリも至近距離で観察することができた。
ハイマツの明るい稜線って、ほんとうに、いいなぁぁぁ。
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