No.359 避難小屋泊で 朝日岳から白毛門 平成29年(2017年)9月29日〜30日 |
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【歩行時間: 第1日=6時間 第2日=8時間30分】 → 地理院地図(電子国土Web)の該当ページ(朝日岳) 谷川連峰の朝日岳(1945m・関東百名山)に登りたいのだけれど、当初考えていたよりはずっと遠い山だと悟った。というのは、土合から行くにしたって土樽から行くにしたって、宝川温泉からのルートにしたって、(東京から公共交通を利用しての)日帰り登山は(軟弱な私には)絶対に無理なことなのだ。なので、避難小屋を利用した2日間の山旅を計画してみた。 …入山のルートはさておいて、宝川温泉へ下山するコースをまず第一に検討したのだが、その下山路(朝日岳〜宝川温泉)が長くて悪路であるらしく、日頃の鍛錬不足の私にはあまり向いていないことが分かった。そこで登山地図とにらめっこして、土合橋バス停を起点とする時計回りの周回コース、つまり谷川岳の馬蹄形といわれる縦走路(一般登山道)の東側を利用することにしたのだ。 …しかし、じつは、湯檜曽川に沿った新道を(白樺避難小屋の少し先で)右折して清水峠へ向かうトラバース道(国道291号線・清水道)が荒れていて、とても怖い思いをすることになったのは全くの想定外だった…。 * 谷川岳・馬蹄形縦走路とは、谷川連峰の東部(谷川岳〜一ノ倉岳〜茂倉岳〜武能岳〜蓬峠〜七ツ小屋山〜清水峠〜ジャンクションピーク〜朝日岳〜笠ヶ岳〜白毛門)の尾根筋をぐるっと馬蹄形に周回する人気のトレイルのことです。未明に(土合橋の駐車場などから)歩き始めてその日のうちに踏破してしまうという、いわゆる「谷川岳馬蹄形日帰り縦走」に挑戦する登山者が後を絶たないようです。今回の山行でも数名のラッシュタクティクスな登山者とすれ違い、二言三言言葉を交わしましたが、彼らの俊足とスタミナについてはただただ驚きです。 ●第1日目(9月29日) 土合橋〜(新道)〜清水峠 上越新幹線の上毛高原駅前から8時発の路線バス(谷川岳ロープウェイ駅行き・関越交通バス)に乗る。電車(新幹線)はガラ空きだったけれど、バスの座席は登山姿の乗客で既に半分以上は埋まっている。途中の水上駅前で更に10名ほどが乗車してきて、ほぼ満員状態だ。秋晴れの金曜日だ。まぁ、多少の混雑は覚悟しておいたほうがよさそうだ。 …と思っていたのだが、終点の一駅手前の土合橋バス停(標高約680m)で降車したのは私ともう一人の男性の2名だけだった。その(もう一人の)男性は白毛門方面へ進んでいったので、結局、蓬峠方面へ向かうハイカーは私一人だけとなった。ストレッチしたりして準備して、歩き始めたのは9時近くになっていた。 土合橋を渡った右側に、お地蔵さまと指導標と「群馬県指定天然記念物・ユビソヤナギ群落」と題した立派な解説板が立っている。県とみなかみ町の教育委員会が設置したもので、読んでみると、1971年に当地で発見された(ヤナギ科の)日本の固有種で、環境省のレッドデータブックでは絶滅危惧種(*)に指定されているらしい。う〜ん…ふむふむ…、などとのんびりと学習している場合ではない。本日の行程は(私にとっては)けっこうきついのだ。とにかく「車両通行止め」のロープをくぐって、湯檜曽川の右岸に沿った林道(新道)へ足を踏み入れる。 * この解説板には「絶滅危惧1B類」と書かれてありましたが、これは「絶滅危惧U類(VU)」の間違いだと思われます。 昨日まで降っていた雨の影響か、水量の増した湯檜曽川は迫力がある。枝沢を幾つか渡渉したりして、気分は初級沢登りだ。ミズナラ、トチノキ、サワグルミ、フサザクラ、そしてヤナギ類などの渓畔林も素晴らしい。ヤナギ科の樹種について少し気にしたのだけれど、どれがユビソヤナギなのかよく分からない。オノエヤナギかなと思っていたのが(帰宅後に調べたところによると)ユビソヤナギだったのかもしれない。…まぁ、どうでもいいことかもしれないけれど…。 道が細くなってきて、マチガ沢出合や一ノ倉沢出合や幽ノ沢出合への分岐を過ぎ、それからJR見張小屋(高崎給電区の建物)と芝倉沢出合への分岐も過ぎて、“岩場のトラバース”も難なく通り過ぎる。ヤマモミジやミネカエデなどのモミジ類、シナノキ、ウダイカンバ、オオカメノキ、マユミ(赤い実)、そしてブナの巨木なども目立ってくる。足元にはシロヨメナなどのノギクの類が花盛りで、セキヤノアキチョウジ、ハンカイシオガマ、シシウド、ダイモンジソウなども少し咲いている。気の早い樹木は既にいい色に紅葉している。…うっとりする沢筋の景色や迫力の岩峰(谷川岳主稜の一部)などもときおり眺めながら、心豊かに(休み休み)ルンルンと遡上する。 武能沢出合を過ぎると、やがて瀬音が遠のいて、白樺尾根の急勾配をジグザグと登るようになる。送電線の鉄塔下を通り過ぎるころからは再び展望も開けてきて、東側の谷越しに朝日岳方面の峰々が見えてくる。その反対側(西側)には近くの武能岳が大きく聳えている。木々が疎になってきて、灌木や背の低いダケカンバが目立ち始め、(高山帯)らしくなってきた。しかし…、パンパンに膨れ上がった45リットルザックが肩に食い込む。 左から国道291号線(くどいようですが、ここでは山道です)が合わさり、華奢なつくりの白樺避難小屋の脇を通り過ぎた少し先にもう一つの分岐があって、蓬ヒュッテ(蓬峠)への道を左に分ける。ここから清水峠までのトラバース道(これも国道291号線)が、趣はあるのだが、とても怖かった。100年以上もの間(殆ど)放置されていたとはいえ、由緒あるれっきとした現役の点線国道なので、まさかこれほど崩壊・崩落が進んでいるとは思わなかった。おまけに赤テープなどの道標も無いし、殆ど手入れがされていない感じだ。ロープに頼らざるを得ない箇所もあるけれど、これがトラロープなので体重を預けられなくて…預けたら切れちゃいそうで…、まるで(6回に1回は落ちて死ぬ)ロシアンルーレットなのだ。三点確保と度胸は必須だ。 ウメバチソウやアキノキリンソウなどの花を愛でたり清水峠〜朝日岳の山岳展望も楽しんだりして、まぁなんとか(恐怖の酷道291号線を)通過できたが、チシマザサの原が広がる清水峠まではとても長く感じた。地理院地図(電子国土Web)からプリントした地形図(25000図)を山行のときは必ず持参しているのだが、そのおかげで送電線や(鉄砲平などにある)鉄塔から鑑みた現在位置が正確に把握できたので、それは心のよりどころになった…。それほどこの日のトレイル(特に清水峠の周辺)には送電鉄塔が多くて目立っていた、ということだ。(→谷川岳馬蹄形・コース上の主な鉄塔及び送電線の位置) 水場で水を補給して、清水峠に建つ白崩(しらくずれ)避難小屋に着いたのは16時頃だった。ここは馬蹄形の一番奥…つまり湯檜曽川源流の深い谷を取り囲む谷川岳、武能岳、ジャンクションピーク、朝日岳などに囲まれた…広々としたササ原の素晴らしいロケーションだ。 * 白崩避難小屋: 四方が見渡せる清水峠(標高1448m)に建つ、約10名収容の小さな避難小屋。天空に浮かぶ高原の一軒宿、といった感じだ。人気の小屋なので混雑するシーズンの週末などはあてにしない方がいいと思う。野営できる場所が近くにあるので、せめてツェルトなどをザックに入れておきたい。この日は私を含めても3組4名で、そこそこゆっくりとくつろげた。トイレは狭いながらも小屋内にある。小屋裏の広場には小さな鳥居と神社もある。 水場はトラバース道(国道291号線)側へ5分ほど下った処にあるけれど、昨日までの雨にもかかわらず水量はチョロチョロで、流れる水は汲めない。なので、溜まり水をコップですくい上げてペットボトルなどにキープした。こんなことならば、もっと手前に(水量の多い滝のような)水場がいくらでもあったのに、と後悔したものだ。まぁ、コンロで沸騰させれば飲料用として全然問題はないと思うが…。 レトルトのカレーライスで満腹になった夕べ、私の点けたロウソクの赤い火を囲んで同宿者の会話が弾んだ。ベテランハイカーと思われる中年ご夫婦の話によると、隣りに建つ大きくて立派な三角屋根のJR送電線監視所は、いつもは施錠されているけれど解放されるときもあるらしい。建物内には蛇口があって、水は使い放題であると云う。う〜ん、できたらあっち(JR送電線監視所)を利用させてもらいたいものですね、などと話が盛り上がった。まぁ、こちら(白崩避難小屋)もJR東日本の資金によるものだそうで、あまり我儘は云えないが…。 寝る前に表へ出てみると曇り空の一角が透けていて、そこに上弦の月が浮かんでいた。その月明かりを吸収するように、周囲の山影やササ原がひっそりと息をしていた。 ●第2日目(9月30日) 清水峠〜朝日岳〜白毛門〜土合橋 窓が薄っすらと明るくなってきた午前4時30分頃に目を覚ます。けっこうな寒さで、シュラフカバーを重ねたのは正解だったようだ。同宿の面々も起きてきて挨拶を交わしたけれど、何気に…(昨夜と比べて)若い女性が2名増えている。話を聞いてみたら、近くでテントとツェルトで野営していたのだけれど、夜中の12時頃に強風が吹いて大雨が降って、慌てて小屋に駆け込んできたらしい。(ぐっすりと寝込んでいたので)どうやら私だけが知らなかったようだ。明るい彼女たちは(白毛門登山口から)馬蹄形を反時計回りで歩いてきたと云っている。いまどき行動力と勇気のあるお嬢さんたちだと感心した。 インスタントのポタージュスープと生ハム&チーズ入りフランスパンと缶詰のりんごジュースで朝食を済ませ、お湯をたくさん沸かしてコーヒーを飲んだりボトルに詰めたりした。ゆっくりと支度して、歩き始めたのはモルゲンロートの消え始めた5時50分頃だった。ジャンクションピークへの登りで振り返って見下ろすと、(赤茶色壁で三角屋根の)大きくて立派なJR送電線監視所が「アルプスの少女ハイジ」みたいな平原の中央で存在感を誇示してる。私が泊まった白崩避難小屋はどこだったのだろう? と思って凝視すると、三角屋根のちょっと右手前の、小さくて地味で目立たない建物がそれだった。そして…それらの右手(北北西の越後側)には登川の流れる大きな谷が延びていて、そのずっと先には六日町盆地(魚沼盆地)の一角がはっきりと見て取れる。あぁ、この谷に沿って途切れた清水街道(国道291号線だ!)が続いているのだ。 ジャンクションピーク〜朝日岳〜笠ヶ岳〜白毛門と続く、紅葉と展望の尾根歩きがまた素晴らしかった。各ピークでは文字通り1点360度の大展望で、巻機山、平ヶ岳、燧ヶ岳、至仏山、武尊山、遠く赤城山や榛名山…、そして近くの谷川連峰など、上信越の名だたる名峰たちがぐるりと並ぶ様は超ゴージャスだ。ハイマツ、ミヤマハンノキ、ミヤマナラ、ハクサンシャクナゲ、ツツジ類…などのアルペン的な岩尾根や、湿原や池塘もあったり、お花畑的な箇所もあったりで…、アップダウンで疲れるけれど全然飽きない。ドウダンツツジ(サラサドウダンだったかも)やミネカエデがきれいに紅葉している。黄葉したマルバマンサクには虫えい(マンサクメイボフシ)がたくさんついている。アカミノイヌツゲやウラジロナナカマドやゴゼンタチバナには赤い実が付いている。ため息のつきっぱなし、中休止のしっぱなしだ。 同方向を歩くハイカーは白崩避難小屋で同宿の(たしか、私が小屋を出たときはまだ朝食前だった)中年夫婦くらいなものだったけれど、その中年夫婦にはジャンクションピークの登りであっさりと抜かされて、朝日岳の山頂で少しの間いっしょだった後は、二度と追いつくことは無かった。この日が土曜日だったせいか、すれ違ったハイカーはざっと50人くらいはいた…。単独行が多いように感じたが、すれ違った誰もかれもが満面の笑みを浮かべていたことが印象的だった。近くてよい山の、しかも秋晴れのすっきりとしたお天気だ。さもありなんと思う。 積雪期に登ったことのある懐かしの白毛門(→No.274「春の白毛門」)の山頂では、メロンパンを齧ったりして大休止。谷川岳東壁の大絶景などを眺めながら、いろいろな思い出に耽ってしまって…思わず涙が出そうになったので、慌てて気合を入れて、長くて急な道を土合橋へ向かって下った。段差が激しいこの下山道は、積雪期のほうがずっと歩きやすいかも、と、生意気なことを考えながら慎重にゆっくりと足を運んだ。もうすでにとても疲れていたので、じつは、ゆっくりとしか歩けなかったのだけれど…。 ブナやネズコ(クロベ)などの森を抜けると(ようやく)勾配が緩やかになり、東黒沢に架かる鉄製の小橋を渡り、大駐車場を通りぬけて、土合橋のバス停にぽつんと戻り着いたのは16時20分頃だった。日没を心配していたのだが、それに関してはホッとした。常日頃の鍛錬不足もあって…、やっぱり平衡感覚と体力はかなり落ちているなぁ、と実感した今回の山旅でもあった。 土合橋16時12分発の水上駅行きのバスには間に合わなかったけれど、17時5分発の上毛高原駅行きの最終バスには余裕で間に合った。帰路に簡単に立ち寄れる日帰り温泉施設が思い浮かばないので、今回は真っ直ぐに帰宅しようかな。まずは、自宅で心配している(かもしれない)妻の佐知子へ“無事下山”のメールを発信してみよう。 「朝日岳から白毛門」の写真集: 大きな写真でご覧ください。 おまけのコーナー: 谷川岳馬蹄形・本コース上の主な鉄塔及び送電線の位置についてです。
縦走路から白毛門〜笠ヶ岳を望む バックは谷川岳・ 右端の後方に苗場山が… このページのトップへ↑ ホームへ |