No.385 針ノ木岳と蓮華岳 令和元年(2019年)9月3日(火)〜5日(木) |
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【歩行時間: 第1日=5時間10分 第2日=2時間10分 第3日=6時間】 → 地理院地図(電子国土Web)の該当ページ(針ノ木岳)へ マイカーを利用して、夫婦で、何と5日間をかけて、北アルプス・後立山連峰最南部の針ノ木岳2821mと蓮華岳2799mに登ってきました。5日間とはいっても前泊(大町温泉)と後泊(葛温泉)しましたので…初日と最終日はドライブ&観光で…中3日間が登山日です。 当初は、針ノ木小屋から時計回りに縦走して新越(しんこし)山荘にもう一泊する、という周回コースを予定していました。しかし悪天候(雷注意報の恐怖など)のため、針ノ木小屋に2連泊ということになりました。…とはいうものの、登山3日目(登山最終日)の蓮華岳では素晴らしい山岳展望に恵まれて、溜飲を下げた次第です。
登山前日(9月2日・曇り) 左の写真は農場内を流れる蓼川(たでがわ)と水車小屋で、この辺りが黒澤明監督のオムニバス形式の映画「夢」の最終章(水車のある村)の舞台となった処です。その穏やかな風景を実際に見て、ここが理想郷として描かれたのを納得しました。…「夢」は妙に頭に残る不思議な映画で、私の大好きな作品のひとつです。ここ数日の雨降りの影響か、流れる水がやや濁っていたのがちょっと残念でした…。 佐知子の歌日記より 山葵の茎二本がついた安曇野のもりそばを食う山葵田見つつ 大町温泉郷「ホテルからまつ」: “自然林に囲まれた静かな佇まい”の、実際静かな温泉ホテル。単純温泉(弱アルカリ性低張性中性高温泉)の内湯も露天も問題なく、従業員の対応もとても親切で自然で食事も美味しくて、これで1泊2食付き(10畳の和室・風呂トイレ付き・平日限定プラン)@8,300円というのが全く信じられないほどでした。この地の宿泊施設は…もしかして(過当競争などの?)いろいろと問題を抱えているのかもしれませんが…私たち利用者にとっては今が“穴場”なのかもしれません。 近くのクリの木の下にはたくさんの実が落ちていて、それを数匹のサルたちが一心不乱に食べていました。 * この翌年(2020年4月)、「ホテルからまつ荘」は閉館したそうです。とても残念です。[後日追記]
登山第1日目(9月3日・曇り) 扇沢駅の向かって左側に位置するゲート脇から、指導標に従って山道(針ノ木自然遊歩道)を歩き始めたのは午前5時40分頃でした。閑散とした車道を4回ほど横切ると、いよいよ本格的な登山道です。 赤茶色のガレた枝沢を幾つかトラバースして進み…、やがて気持ちのよいブナ林を通過します。 ●大沢小屋前で朝食: 登山口から90分ほども歩くと大沢小屋へ到着します。今年の営業は9月1日までとのことで、ドアーは閉まっていました。なので、その軒先をお借りしてアンパンとメロンパンの朝食です。 この大沢小屋は1925年(大正14年)、そして針ノ木小屋は1930年(昭和5年)に百瀬慎太郎が建設した由緒ある山小屋だそうです。かのウォルター・ウェストンや深田久弥などとも交友があったという百瀬慎太郎(ももせ しんたろう・1892年-1949年)は、日本のアルピニズム黎明期における重要人物の一人です。歌人でもあった彼が好んだという一文「山を想えば人恋し、人を想えば山恋し」はあまりにも有名です。 大沢小屋周辺の樹種などをちょっとメモってみました。 → 『ダケカンバ、シナノキ、オオカメノキ(赤い実)、カエデ類、林床はネマガリダケ。ブナやミズナラが少ないのはかつてこの一帯を伐ったからかも…。』 ●雪渓を高巻く: やがて針ノ木雪渓の末端に出ますが、踏み抜きなどの危険回避のための秋コース(雪渓を高巻くルート)を登ります。…これがけっこうタフなコースで、面白かったけれど気も身体も疲れました。 谷の左岸から右岸へ、そして再び左岸へと渡渉したり、ちょっと危ない丸木橋などもクリアして高度を上げます。アルミ梯子やロープ場やクサリ場などの難所が次から次へと出てきます。特にここ数年、トシとともに平衡感覚に対する自信を無くしている私達夫婦です。慎重にゆっくりと、ナメクジのように登ります。斜度が増して両側の岸壁が迫る「のど」と呼ばれる辺りが特に注意を払いました。 所々にギボウシ、シナノオトギリ(イワオトギリだったかも)、ミヤマコゴメグサ、モミジカラマツ、ミヤマアキノキリンソウ、サラシナショウマ、クロトウヒレン、ウメバチソウ、ウサギギク、ミヤマキンポウゲ、ヨツバシオガマ、ハクサンフウロ、ミヤマダイモンジソウ、イワツメクサ、ミヤマセンキュウ、ミヤマホツツジなどが可憐に咲いています。ベニバナイチゴの実を失敬してちょっと口に入れてみると、多少の甘みはありますが案外と苦い味で、食べるには少し早すぎたのかも。もう一つのひょうたん型の赤い実はその名もオオヒョウタンボク。これは毒だから食べたら大変です。 ●針ノ木峠に到着: 「のど」を過ぎて雪渓上部に出ると、そこからはガレやザレの急斜面です。ヒーヒー云いながら登りつめて、お昼の12時少し前に針ノ木小屋に着きました。とりあえずチェックインして、小屋前広場のベンチで北アルプス南部の山岳風景を楽しみながら(これまた)アンパンとメロンパンの昼食です。 この日の予定はここから蓮華岳の山頂を往復(コースタイム:2時間)でしたが、厚い雲が出てきたしなんだか面倒臭くなっちゃって、「カットする?」「ウン!」の何時もの阿吽の呼吸で、この日も水は低い方へ流れました。…こうなったら持参の南京豆をつまみに缶ビールを飲んじゃおう…。むむっ、生ビールもあるぞ…。 それから、雲が切れたときを狙って(ほろ酔い気分で)蓮華岳方面へ少し登って、振り返って西側の山岳風景を楽しんだりしました。 佐知子の歌日記より 雪のなか佐々成政が越えたとう針ノ木峠を秋風と歩く ●針ノ木小屋: 針ノ木峠(標高約2540m)に建つ由緒ある山小屋。後立山連峰と裏銀座の境に位置します。創建者のあの百瀬慎太郎氏のひ孫にあたる青年が仕切っていました。スタッフはネパール人の2人を含む5名で、充分過ぎるほどの人材だと感じました。この小屋には結局2連泊することになったのですが、おかげさまで快適な時間を過ごさせていただきました。収容人員は100名とのことですが、今回はラッキーなことに、2日間とも小屋のスタッフの人数と同じくらいの宿泊客数でした。 その少なかった登山客の話をひとつ。この日に私達夫婦と同じ部屋に宿泊した単独行の若い女性に話を聞いてびっくり。今回の山行(針ノ木岳や蓮華岳のことです)が生まれて2回目の登山で、1回目は富士登山でした…、というのです。針ノ木沢の渡渉でドボンをしてしまったらしく、毛布にくるまって(木綿の)半袖1枚で震えていました。…この翌朝は雨が降っていました。気になったので聞いてみると(案の定)雨具も防寒具も持っていないとのことでしたので、小屋のスタッフの方たちにその旨を伝えました。…(あとで知ったことですが)小屋の方がもう安全だと思える箇所まで同行して扇沢へ下山させた、とのことでした。(日本一の)富士山に登ったのだから、あとはどんな山でも大丈夫、と思ったのでしょうか、彼女は。…これは、もうほんとうにスゴイことだと思いました。
登山第2日目(9月4日・雨のち曇り) 小屋の方に相談してみたら「針ノ木岳の周辺は割とカミナリの発生が少ないですが、逃げ場のない岩稜上では矢張り心配ですよね」との前置きのあとに、「針ノ木岳に登ってみてスバリ岳方面(進行方向)に濃いガスが出ていなければまず大丈夫だと思います」との回答を得ました。私達はその納得のいく素晴らしい助言に従って、幾分雨も小降りになったようですし、とりあえず針ノ木岳に登ってみることにしました。 完全武装で(雨ガッパに身を固めて)、小屋裏の(狭い)キャンプ場の脇から岩場の急登約1時間で三等三角点のある針ノ木岳の山頂に着きました。…写真で見ての通り一面真っ白(ホワイトアウト)の雨とガスです。立山連峰や黒部湖などの展望に優れた山頂だと聞いていましたので、矢張り残念です。すごすごと(縦走をあきらめて)針ノ木小屋へ引き返します。…山頂部ではトウヤクリンドウが見ごろを迎えていました。 ところが、下り始めて暫くすると何となく明るくなってきて、周囲を見回してみてびっくり。ガスが切れ始めてきたのです。思わず近くの小岩に腰掛けて、長い時間を、目を凝らして待ちました。すると、針ノ木岳とスバリ岳の切れ込んだ鞍部から剣岳と思しき山容がチラチラと見え始めたのです。 一瞬、私達は浮足立ったのですが、下り始めた足にカツを入れてもう一度(同じ急坂を)登り返すというのはなかなか難しいものです。…ここでも水は低いほうへ流れて、「とりあえず、きょうも針ノ木小屋に沈殿だ」 ということになったのでした。そして、この日に予約しておいた新越山荘へキャンセルの電話を入れました。 結果論ですが…、この日の荒れた天気は徐々に回復して、縦走周回登山にはまったく問題はなかったのです…。 ●針ノ木峠で植物観察: 午後は部屋の中で小屋からお借りした図書(手塚治虫の「ルードウィヒ・B」と石原きくよの「山を思えば人恋し」)などを読んだり、雨が上がると小屋周辺の高山植物を観察したりしました。そのときの私のメモです。 → コメススキ、ウラジロタデ、ヤマハハコ、ヨツバシオガマ、ウサギギク、ミヤマアキノキリンソウ、ウメバチソウ、アザミの類、ミヤマゼンコ、チングルマ(綿毛)、イワギキョウ、コイワカガミ、ゴゼンタチバナ、ミヤマダイコンソウ(花は終り)、ベニバナイチゴ(実)、ネマガリダケ、灌木化したダケカンバ(多い)と(オオ?)シラビソ、ウラジロナナカマド、タカネナナカマド(赤い実)、ハイマツ、ミネカエデ、ハクサンシャクナゲ、ツツジの類、など。ミヤマナラとミヤマハンノキは(ここでは)見当たらなかった。小屋の近くにシロヨメナのような花が咲いていたけれど(写真を撮るのを忘れたこともあり)よく分からない、ので…これは見なかったことにしておこう。複数のホシガラスが上空を行ったり来たりしている。 ベートーヴェンを描いた手塚治虫の伝記漫画(遺作のひとつで未完だが)『ルードウィヒ・B』は面白かった。
登山第3日目(9月5日・高曇り) ガレやザレと灌木(ハイマツ、ミヤマハンノキ、ひねたダケカンバ、ハクサンシャクナゲ、アカモノ)などの、明るく開けた雲上のプロムナードです。ウラシマツツジが真っ赤に紅葉しています。少しですが…ゴゼンタチバナやタテヤマリンドウも…そしてコマクサも未だ咲いています。 ●大展望の蓮華岳山頂!: 針ノ木小屋から登り始めて約80分、イワツメクサやトウヤクリンドウが目立ってくると間もなく、蓮華岳の東西に細長い山頂部に到着しました。言わずもがなの1点360度の大展望! 南面には北葛〜燕〜大天井〜穂高〜槍〜野口五郎〜水晶…など、北面には近くの後立山連峰やその奥の立山連峰などが見放題です。私達にとっては珍しい配置(角度)の北アルプス展望で、それがとても新鮮です。 山頂標識と石祠・若一王子(にゃくいちおうじ)神社の奥宮のある場所から30〜40m先に二等三角点の標石があり、ここからは東面〜南面が特によく見渡せて、雲海から顔を出している富士山や南アルプスの山々も(辛うじて)見ることができました。…もう…くどいようですが…最高です! ●下山開始!: 踵を返して、360度の山岳展望をおさらいしながら、下山の途に就きます。 この日は、針ノ木小屋のスタッフの方々も蓮華岳を往復して展望を楽しんでいたほどの、空気の澄んだ朝でした。すれ違った小屋のスタッフの方に 「2連泊した甲斐がありました」 と告げたら、ニコッと笑顔を返してくれました。 針ノ木峠へ戻って、そしてタフな針ノ木沢を下り、扇沢の無料駐車場に着いたのは14時20分頃でした。 この登山3日目の(蓮華岳での)大絶景を見ることができただけでも、今回の山旅は大成功だったと思います。 葛温泉「仙人閣」: 七倉ダムの少し手前に3軒の宿が離れて建つのが葛温泉。そのうち「日本秘湯を守る会」の会員旅館になっているのがこの「仙人閣」。男女別にそれぞれ二つの内湯と露天(大きなひとつは繋がっていて仕切りがしてある…覗こうと思えば覗けるかも)があり、もちろん源泉掛け流し。露天風呂からは高瀬川を挟んで対岸の山々(緑)が目にやさしい。単純泉、殆ど無色透明無味無臭。この日は平日だったこともあるのか、宿泊客は私達夫婦だけだった。…もしかして、それがこの宿のすべてを物語っていたのかもしれない。トイレ・テレビ付きの部屋で1泊2食付き@約14,000円だった。 この翌日(9月6日)は宿の朝風呂に浸かって、朝食をゆっくりと食べてから帰路につきました。途中、七倉ダムを見物したり安曇野の「田淵行男記念館」などを見学したりして、今回の山旅も“まったり”でした。 佐知子の歌日記より 冷房の設備は無用の葛温泉 湯上がりに頼む二つの団扇 針ノ木岳と蓮華岳の高山植物・写真集 |