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No.415 簑山(みのやま・587m)
令和3年(2021年)4月3日(土) 曇りマイカー利用

蓑山の略図
萬福寺の脇から鳥居を潜って仙元山コースへ進む
仙元山コースへ進む

山ノ神?
仙元山の石祠

獅子・狛犬が・・・
榛名神社に参拝

美の山公園の展望台から南面を望む
展望台から武甲山方面

左に秩父テレビ中継放送局の建物
簑山の三角点

ハナモモも満開!
里(下山)に下山

和銅(ニギアカガネ)の露天掘り跡
和銅遺跡を見学

文明と自然の絶妙な接点!
山頂標識の「美の山」はちょっと気に入らないけれど…

…関越自動車道・花園IC-《車35分》-道の駅「みなの」〜満福寺〜仙元山〜お犬のくぼ〜みはらし園地〜展望休憩所・榛名神社〜美の山公園・簑山〜下山集落〜和銅遺跡〜和銅黒谷駅-《秩父鉄道6分》-親鼻駅〜道の駅「みなの」… 【歩行時間: 3時間】
 → 地理院地図(電子国土Web)の該当ページへ


 埼玉県の秩父市と秩父郡皆野町の境に位置する独立峰の簑山(みのやま)について、三省堂の「日本山名事典」によると“簑を伏せたような山容…”とあるが、それが山名の由来だとは書かれていない。ネット検索などで山名由来を調べてみると、諸説あるようだ。知々夫国造(チチブノクニノミヤツコ)や日本武尊(ヤマトタケルノミコト)、あるいはダイダラボッチ(伝説上の巨人)、などにまつわる言い伝えがその主流のようだ。何れも…知々夫国造も日本武尊もダイダラボッチも…ざっくり言うと…蓑(みの:ワラ製の昔の雨具)をこの地に置いた、ということらしい。もしかして簑山は、元々は雨乞い信仰の山だったのかもしれない。
 そんな由緒ある山名の簑山は、近年では(とても残念なことに)「美の山」と表記されることが多く、山頂部は「美の山公園」として整備されている。20年程前に一度、ドライブがてらに花見で観光した記憶はあるけれど、今回は何時もの相棒(妻の佐知子のこと)と、ちゃんと歩いて麓から登ってみることにした。その動機は、この山が山渓の新編(2019年4月初版)の「関東百名山」に選ばれたことによる。
 はたして簑山は、文明と自然の絶妙な接点に位置する、而して自然を十分に満喫できる、ハイキングにとても良い山だと思った。

 関越自動車道の花園ICを降りて国道140号線を西へ進み、左側のバイパス道路(皆野寄居有料道路)へ入る。この(ETCが使えない)有料道路の通行料430円は高すぎる、と思ったけれど、時間はお金で買うものだ、と平然と正当化してしまう文明に毒されている自身が少し怖い。実際、到着時間は10分と変わらないのだが…。
 その皆野寄居有料道路の皆野長瀞ICを出ると間もなく、午前9時の少し前、道の駅「みなの」の駐車場に着いた。土曜日ということもあるのだろうが、もうほとんど満車状態だ。この駐車場を起点に秩父観光をする輩(やから)がけっこう多いと聞くが、はたしてその通りだった。(私達もその“輩”の片割れだけれど…)
 しかし、歩き出すと途端に人っ気が途絶える。満福寺の手前から「関東ふれあいの道」を右に分けて、仙元山コースを辿ると、スギ・ヒノキ・アカマツの人工林も少し交じるけど、その殆どはひっそりとした天然林の山道だ。コナラ、クリ、リョウブ、ヤマザクラ(新葉+花)、モミジイチゴ(花)、ヤマツツジ(赤い蕾)、トウゴクミツバツツジ(花)、などの落葉広葉樹が芽吹きの新緑に染まっている。そのモヮ〜っとしたパステルカラーのキャンバスに、アラカシ、シラカシ、アセビ、アオキなどの深い緑の常緑樹がアクセントをつけている。林床の主はコクサギとミヤコザサだ。道端にはミミガタテンナンショウ、タチツボスミレ、エイザンスミレなどが咲いている。少し開けた処では帰化植物のオオアラセイトウ(ムラサキハナナ、ショカツサイ)もきれいに咲いている。
 車道を横切り再び山道へ入ると、モミやクヌギやシデ類も目立ってきて、足元をニリンソウの群落が飾ってくれる。なんという豪華な春の山歩きだろうか。…もうこの段階で、初老の私達夫婦は大満足だ。都会の家に閉じこもっていることの多いコロナ禍の現状に、一矢を報いた気がしたのだ。道端に座り込んで、下向きに咲くモミジイチゴの可憐な花を間近に観察しながら、早くも1回目の中休止だ。
 「お犬のくぼ」と呼ばれる謂れ因縁のありそうな地点で「関東ふれあいの道」に合流する。暫く進むと「みはらし園地」に着くが、樹木に遮られて展望はあまりよくない。もう既に「美の山公園」に入っているようで、広い遊歩道沿いのほぼ満開の桜が私達を迎え入れてくれる。よく見ると、それらの桜の殆どは(日本の固有種の)ヤマザクラであるようだ。嬉しくなって小躍りして、この地が「関東の吉野山」といわれる所以を理解した。
 さらに少し南進すると、今度は南・西面の開けた「展望休憩所」があって、曇っていたし春霞もあってスッキリ感はイマイチだったけれど、秩父市街やその上空に聳える武甲山などの景色を楽しむことができた。その武甲山の右手には、奥秩父から両神山を介して奥武蔵へと連なる山影が、雲の切れ間から見え隠れしている。
 それから、展望休憩所の向かいにある榛名神社に参拝する。この地の狛犬は(秩父地方特有の)オオカミであることが多いけれど、この榛名神社のそれは一般的な「獅子・狛犬」だった。多分、群馬県高崎市にある榛名神社の分社だと考えれば、これも納得だ。
 南側に大駐車場のある美の山公園(広さ41haとのこと)を、花見をしながらあちこちと散策する。中心部にはソメイヨシノなどの園芸種が多いようだ。広場の北側に位置する大きな展望台(山頂展望台)にも上って、360度の展望を楽しんだ。ちょっと驚いたのは、蓑山の二等三角点(点名:黒谷)は、なんとこの展望台のモルタル張り(?)の床に埋められていた、ということだ。こういうのって結構珍しいと思う。
 その三角点582mのあった展望台からさらに70〜80mほど北へ進み、秩父テレビ中継放送局の建物の脇に位置する簑山の最高点587mを確認する。山頂標識には「美の山」と書かれてあったが、それがやっぱりちょっと気に入らない。それから広場のトイレ近くのベンチで、途中のサービスエリアで買ってきた一人前の赤飯弁当を半分ずつ食べて、サーモスの熱いコーヒーを飲んだ。そしてゆっくりと、お昼の丁度12時頃に、和銅黒谷駅を目指して下山を開始した。
 30分ほど急な山道を下ると濃いピンクの花(ハナモモ)が満開の里(下山)へ出る。その和やかな風景を堪能してから、沢筋に沿った和銅遺跡(露天掘り跡)を見学した。かつて自然銅の岩盤を掘り進んだ結果、沢(和洞沢)となったらしい。元号の和銅(708〜715)や日本最初の流通貨幣となる和同開珎などとも深く関係する、埼玉県指定旧跡である。
 その和銅(自然銅)がご神体であるという聖神社へも立ち寄ろうと思っていたのだが、道路工事中で遠回りしなければならなかったこともあり、電車の時間も気になったりで、和銅黒谷駅へ直行した。おかげで、13時26分発の上り電車(秩父鉄道)には何とか間に合った。
 和銅黒谷駅から2駅先の親鼻(おやはな)駅まで、右側(東側)の車窓から蓑山をずっと眺めていた。それは意外と(低面積が)大きくて、饅頭を上から押しつぶしたような山容に見えた。「蓑を伏せると、こんなんかなぁ…?」と私は訝った。
 親鼻駅から歩いて7〜8分の、道の駅「みなの」に戻ったのは13時40分頃だった。ここのレストラン(レストハウスみなの)で、ボリュームたっぷりの「わらじカツ丼」にするか、あっさりと「田舎うどん」にするか、迷ったのだけれど、半分とはいえ簑山の山頂部で赤飯弁当を食べたこともあり、佐知子も私も「田舎うどん」を注文した。太くてつるつるしていてコシがあって、美味しかった。さてこれからは、隣りの農産物直売場で地元の新鮮野菜を購入したりしてから、まったりと家路につくことにしよう。

* 蓑山?それとも簑山?: つまり草冠(くさかんむり)なのか竹冠(たけかんむり)なのか、という疑問だ。ネット検索して調べてみると、秩父市と皆野町のサイトをはじめ山行記録などの殆どのページでは「蓑山」となっていて、ネット上の多数決では圧倒的に草冠が優勢だ。しかし、国土地理院の地形図や日本山名事典(三省堂)やガイドブックの関東百名山(山渓)では「簑山」となっている。…で、少し悩んだのだけれど、やっぱり国土地理院を尊重して、本項では竹冠の「簑山」を採用することにした。…まぁ、「蓑」と「簑」は同字(竹冠の方は草冠の別体)とのことで、どちらでもいいことだとは思う…。少なくも、ちんけな「美の山」よりはずっといい。

  佐知子の歌日記より
 蓑山(みのやま)は みどり黄みどり深みどり パッチワークを桜が縁取る



簑山は春爛漫!
芽吹きの新緑
簑山へ向かう
桜がほぼ満開!
展望台から美の山公園
葉と花が同時に開くヤマザクラ
ヤマザクラもほぼ満開!
十二単:シソ科キランソウ属の多年草
里に咲いていたジュウニヒトエ
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