大阪への山旅日記 No.457 岩湧山(いわわきさん・897m) 令和5年(2023年)5月15日(月) |
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登山日(5/15)=紀伊見荘~越ヶ滝~岩涌山三合目~阿弥陀山分岐~五ツ辻~岩涌山897m~カトラ山790m~カキザコ~新関屋橋~滝畑ダムバス停14:19-《バス48分》-15:07河内長野駅15:28-《南海高野線》-15:50橋本駅・ルートイン橋本 【歩行時間: 4時間40分】 → 地理院地図(電子国土Web)の該当ページへ 登山翌日(5/16)=橋本…極楽橋…高野山観光・参拝…伊丹空港19:30-《JAL134便》-20:40羽田空港… オオサカって「坂」だっけ?「阪」だっけ? と、この大都市に関しては全く関知してこなかった私達夫婦だ。妻の佐知子は大阪の地を訪れたことがなく、私も若いころに大阪万博(あぁもう半世紀以上の昔・1970年のことだ)で訪れたことがあるだけの、なんとなく遠い地になっていた。大阪には山がない、という先入観が大阪から私達を遠ざけた理由かもしれない。 2006年4月に初版が発行された岩崎元郎さんの「新日本百名山」を読んで、大阪にも立派な山があることを…恥ずかしながら…そのとき初めて知った。岩崎さんが大阪府から選んだ一座は…和歌山県との境を走る和泉山脈の支稜に位置している…岩湧山(いわわきさん・897m)で、展望の良いカヤトの山頂部がセールスポイントであるらしい。 その岩涌山に登る機会がとうとう訪れて、登山計画の楽しい日々を過ごすことができたのはこの上もなく嬉しいことだった。…とはいえ、とにかく不案内な地なので、まずはお上りさん的に大阪を観光してその概観を頭に入れて、それから岩涌山登山、という計画を立ててみた。帰路ものんびりと、岩涌山の南側に位置する高野山を参詣したりして、という…前泊後泊の…3日間の観光的山旅だ。 ●登山前日(5/14・曇り時々雨): 大阪市内観光の一日 羽田空港を早朝に飛び立ったので、大阪でのこの日の“時間”はたっぷりで、大阪城見物など、ゆっくりと観光できた。大阪城公園は思っていたよりも随分と広くて、入館料の@600円を支払って天守閣に(足で)登ったり、公園の周囲をぐるっと散歩したりなどして、けっこうな運動になった。皇居の敷地面積が外苑を含めると約230haに対して大阪城公園は約106haというが、さもありなんと思う。 大阪城公園駅前の食堂街は、お好み焼き屋が混んでいたので、隣りのラーメン屋でとんこつラーメンを食べた。それからJR大阪環状線で新今宮へ出て、この街もぐるっと散歩して時間を潰してから、橋本行きの南海高野線に乗って約40分、岩涌山登山の東の基地でもある紀見峠駅に着いたのは14時30分頃だった。駅前から6~7分ほども丘を登ると今日の宿・紀伊見荘で、チェックイン時間には少し早すぎたけれど、受付の若い女性は親切に対応してくれた。 紀伊見温泉「紀伊見荘」: 「真田昌幸・幸村父子の隠れ宿」がキャッチフレーズの紀伊見荘は和歌山県橋本市の北東端に位置する。国民宿舎だったのが廃止されて、2012年に民営化されてリニューアルオープンしたらしい。部屋の窓からも石タイル貼りの広い浴室からも、眼下に広がる山里の景色が心にやさしく飛び込んでくる。…南海電鉄の線路や高野山方面の山並みや明日歩く予定の(岩涌山の東側の)山稜などが、大スクリーンに映る絵画のように見えている。 無色透明でヌルヌル感のある弱アルカリ性の単純泉(加温循環ろ過式)については、温泉認定において(成分の薄さから)若干の問題が過去にあったらしいが、私的には、とてもいい湯だと思った。みかん果皮ブレンドを飼料にしたという地鶏「紀の国みかんどり」を使った料理も美味しくて、満足のいくものだった。 布団の上げ下げがセルフサービスで、1泊2食付一人15,300円(税込み)だった…。“紀伊見荘は昭和の雰囲気が漂う…”というフレーズがどこかのサイトに書いてあったけれど、昭和の宿でセルフサービスだったのは…例えばユースホステルとか民宿の一部とか…かなりの少数派だったと記憶している。…そういう意味では、この紀伊見荘は近代的な宿泊施設、と云えるかもしれない。…とまぁ、半分は皮肉だけれど…。 なお、宿の部屋にあった案内書を読んで知ったのだが、紀見峠の名の由来は“紀伊山地を見る峠”からきているそうだ。 「紀伊見荘」のホームページ 佐知子の歌日記より はじめての大阪の地に足を置くエスカレーター右側に倣う 人ごみの大阪城の天守閣 八階までを階段でゆく 萬屋にあんパンジャムパン購(あがな)いて明日の登山の中食とする ●登山日(5/15・曇り): 岩涌山登山の日 紀伊見荘の7時からの朝食…豚汁や茶碗蒸しやシラス丼だ!…を食べてから歩き出す。昨夜の雨は止んで、道は濡れているけれど、ひんやりとした大気が気持ちいい。心配していた天気は徐々に快方へ向かっているようだ。 指導標に従って南海高野線の紀見峠トンネルの上を横切って、根古川の流れる沢に沿った林道を西へ進む。やがて左下に越ヶ滝を見物して、その少し先の分岐を右へ登る。ここからは多少は登山道らしくなってくる。辺りはすっくと背の高いスギ林だ。…後になって分かったことだが、このよく手入れのされたスギ(ヒノキは少ない)の人工林が…岩涌山のカヤトの広い山頂部を除いて…今回ルートのほぼ全般にわたって続くことになる。もちろん、コナラ、クヌギ、アベマキ、イロハモミジ、エンコウカエデ、ウリハダカエデ、ヤマザクラ、ホオノキ、アカメガシワ、シロダモ、ヤブニッケイ、イヌザンショウ、ヤマモモ、イヌツゲ、アオキ、ツツジ類…、などの生い茂る雑木林も交るけれど、その(天然林の)比率はそれほど高くない。ミソサザイだろうか。高音の澄んだ鳴き声が谷間にこだましている。 数ヶ所で品のいい薄ピンクのツツジが咲いていて、遠目にはアカヤシオのようにも見えたけれど、近寄って見ると微妙に違うようだ。そうだね、これがモチツツジだよね、きっと。 急登が一段落して岩涌山三合目のベンチで一休み。ここからはダイヤモンドトレール(金剛葛城自然歩道)に合流して、暫くは和歌山県と大阪府の境を西進することになる。ちょっと急な処は丸太階段だが、その丸太の上部が水平に削ってあることもあり、とても歩きやすい。コンクリで固めた道も多く、至れり尽くせりの林道と遊歩道だ。 阿弥陀山分岐の辺りからいよいよ大阪府河内長野市へ入る。このころ小雨が降ってきて傘を差す。…霧に煙った杉林が幻想的で美しい。間もなく雨は止んでほっとひと安心。五ツ辻で休憩しているころから薄日もさしてきた。 岩涌寺への二つの分岐を右へ分け、東峰は知らずに通り過ぎる。すると間もなく立派なトイレがあって、そして空が抜けて明るくなって、待望の岩涌山の…立派な展望盤や二等三角点やベンチなどのある…広い山頂部へ出た。春には例年山焼きをしているというが、一面の草原だ。今年の山焼きは4月2日だったと聞いているけれど、そうかぁ、たった1か月半でこんなに青々と草たちは育つのだ。と、改めて感動する。カヤ場は主に屋根葺き用のカヤを取るための草原、とのことで、ここではススキが利用されているという。大変な(山焼きの)作業を続けておられる地元の関係者やボランティアの方々に深く頭を下げたい。 木のない草原だから、当然展望は抜群で、特に北面が大きく開けている。そんな山頂部をあっちへ行ったりこっちを歩いたり、小1時間ほど、アンパンを齧ったりサーモスの熱いコーヒーを飲んだりしながら、大阪湾や大阪平野や近くの金剛山などの展望を心いくまで楽しむ。予想に反してハイカーが少なくて、静かな山頂だったのは幸運なことだったのかもしれない。 丁度お昼の12時頃、山頂を辞し、更に西へ向かって下山開始。この滝畑ダムへ向かう下山路もとても歩きやすくて、歩みは至極快調だ。カトラ山790mも知らずに通り過ぎ、カキザコで北へ方向転換して、滝畑ダムバス停に着いたのは13時30分頃だった。腰痛と膝痛に悩む私達夫婦だが、全行程を安心・安全に(ほぼコースタイム通りに)歩けたのが嬉しくて、よく整備された遊歩道に感謝感激だ。売店の自販機で買って久しぶりに飲んだコカ・コーラが、めっちゃ旨かった。 下山地の滝畑ダムバス停からは14時19分発の日野・滝畑コミュニティバス(乗客は私達だけ)に乗って約50分。終点の河内長野駅からは例の南海高野線に乗って22分、今日の宿泊地の橋本駅に着く。この橋本駅から…スマホの地図案内を頼りに…ホテル「ルートイン橋本」までだらだらと歩いたら、なんと30分近くもかかってしまった。駅近だとばかり思っていたけれど、これも何かの先入観で、大失敗のホテル選びだった。“ルートイン”って云うぐらいだから、そうだよね、車を利用する旅に向いた宿だったんだよね、やっぱし…。 佐知子の歌日記より 青空と全大阪を見渡せる岩湧(いわわき)山頂ホンマぜいたく ●登山翌日(5/16・晴れ): 高野山を観光してから帰路につく ホテル「ルートイン橋本」の6時45分からのバイキング形式の朝食を食べてからチェックアウト。南海高野線の橋本駅から8時23分発の極楽橋行きに乗り、その終点で降りる。極楽橋からはケーブルカー(南海鋼索線=高野山ケーブル=こうや花鉄道)で328mの高低差を約5分で高野山駅まで昇り、それから南海りんかんバスに乗って奥の院前で降りたのは9時33分だった。ふぅ~、…何れにしても公共交通利用で高野山へ行くのはけっこうな長丁場で、乗り換えが多いこともあり気を遣うアプローチだ。佐知子はバスツアーで一度来たことがあるらしいが、私は初めての高野山だ。 ホテルでゲットした高野山の観光案内図を参考にして、古今の著名人などの驚くほど多くのお墓…20万基以上はあるらしい…を見物しながら、大杉が林立する参道を奥之院までぶらぶらと周回して、それからもひたすら歩いて金剛峯寺なども参拝する。私的には、この聖地ではサカキやシキミの代わりにコウヤマキを利用する、というのが珍しくて面白かった。 高野山のほぼ端から端までを、食事もしたりしてまったりと歩いたので、半日以上はたっぷりとかかってしまった。とはいえ、この日は時間に充分過ぎるほどの余裕があった。帰路の伊丹空港からは19時30分発の夜便を予約しておいたのが結果オーライだったのだ。 歩いて登った山は岩涌山の一座だけだったので、山旅というにはおこがましいかもしれないけれど、私達にとっては思い出に残る素晴らしい3日間だった。大阪の山もなかなかけっこうなものだ。 佐知子の歌日記より たくさんの墓や大杉ならびいて高野山には神秘のそよそよ |