
本降りの雨に…めげたけど…
第1日(9/27・日)=…新宿07:30-《特急あずさ3号》-10:23松本10:45-《アルピコ交通上高地線》-11:15新島々11:30-《アルピコ交通バス・65分》-12:24大正池〜田代湿原・田代湖〜河童橋〜岳沢湿原〜明神・嘉門次小屋 第2日(9/28・月)=嘉門次小屋〜徳沢〜横尾…本谷橋の手前〜横尾山荘 第3日(9/29・火)=横尾山荘〜徳沢〜明神〜河童橋〜上高地バスターミナル-《さわんど行きのシャトルバス・約15分》-中の湯バス停-《宿の送迎車・約7分》-中の湯温泉旅館 第4日(9/30・水)=中の湯温泉旅館-《宿の送迎車》-上高地BT〜河童橋〜上高地BT-《アルピコ交通バス・65分》-新島々-《アルピコ交通上高地線》-松本・駅の構内で食事等・14:50《あずさ38号》-17:26新宿…
【歩行時間: 第1日=2時間10分 第2日=4時間 第3日=約3時間30分 第4日=約1時間】
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なんと、上高地を4日間も、夫婦で“徘徊”してきました。
ほんとうは涸沢カールの紅葉を見に行ったのですが、連日の本降りの雨で、本谷橋の少し手前まで(横尾と涸沢のほぼ中間地点まで)で…妻の体調不良(風邪気味)もあったりで…あきらめて引き返しました。何か月も前から綿密に計画していたのですが、誠に残念な結果になりました。
とはいえ、山旅の最終日(9/30)は朝からカラッと晴れて…(中の湯から)慌てて上高地へ引き返して…あの梓川越しの素晴らしい山岳風景を堪能することができて…少し留飲を下げました。

大正池から焼岳を望む

田代湿原

六百山を眺める観光客
梓川右岸道

嘉門次小屋は近い!
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●第1日(9/27・曇りのち雨):東京〜上高地・嘉門次小屋
新宿発7時30分の特急あずさ3号に乗り、何時もの駅弁…新宿駅で購入した「深川めし」・@1,280円→随分と高くなったなぁ…を朝食とする。
終点の松本駅に着いたのは定刻の10時23分。この松本駅から新島々までは10時45分発のアルピコ交通・上高地線を利用することになるのだが、Suicaなどの交通系ICカードが使えないので(来春から使えるようになるらしいが…)、いったん改札を出て切符を買うことになる。なので、松本駅での乗り換えの時間に少しでも余裕をもたせたくて、「あずさ5号(新宿8:00→10:37松本)」ではなくて「あずさ3号(新宿7:30→10:23松本)」をあえて利用した、という訳だ。…これも、経験論的な老人の工夫だ。(^^)v
新島々からはネット予約しておいた上高地行き11時30分発のアルピコ交通バスに乗る。綿密な計画と予約活動のお陰で、まずは無難な滑り出しだ。
終点の上高地バスターミナルの手前の、大正池バス停で降車して、目の前の大正池ホテルのレストラン「レイクビュー」で山賊焼きプレートなどを食す。…やっぱり上高地だ。とても(値段が)高いけれど、味はそれほどでもない。
★ 東京から上高地までの交通手段について: 新宿駅から公共交通で上高地へ行く場合、今回私達が利用した松本経由の交通手段だと片道の交通費は一人10,540円でした。仮に直通の高速バス(さわやか信州号)を利用すると16,000円になります。所要時間は微妙な差なので、その(運賃の)差は意外と大きいです。早くて高い(長野駅経由の)北陸新幹線を利用する手段もありますが…。私達は総合的に判断して、迷うことなく今回の交通手段を選びました。
レストラン「レイクビュー」での昼食後、遊歩道を歩き始めたのは13時頃だった。大正池は近年益々変化して、湖上に林立していた(名物だった)例の立ち枯れの木々は、もう殆ど無くなっている。梓川の上流からの土砂なども流れ込んでいるのだろう。そのうちに池じゃなくなって…元の姿…川になってしまうんじゃないかと思えるほどだ。
変化していると云えば、大正池に影を落とす眼前の焼岳もそうだ。大正4年(1915年)の大噴火で、(少なくとも昭和40年代ころまでは)全体が赤茶けた溶岩の山だったのが…森林の一次遷移が進行して…今や山頂部を除いては緑の山になっている。つまり、前ほどその山容に奇異な感じはなくなって、見た目は周囲の山々と同化してきているのだ。実際、自然の遷移って、案外と“早足”なのかもしれない。
その(左手の)焼岳はよく見えているのだけれど、歩く方向の穂高連峰の上部は雲に隠れている。梓川の清流を覗いてみたり、ヤナギ類(オノエヤナギ、エゾヤナギ、ケショウヤマギ、イヌコリヤナギ、ドロノキ、など)やシラカンバの目立つ美しい渓畔林を愛でたりして、遊歩道をゆっくりと歩く。小さくて浅い田代湖を見物して、田代湿原を彷徨ったりしてから、田代橋と穂高橋を渡って梓川の右岸へ渡る。そして懐かしの上高地温泉ホテルやウェストン碑の前を通り過ぎ、観光客などでごった返す河童橋を横目にして通り過ぎる。…それにしても、益々外国人観光客が多くなったなぁ上高地は、と思う。
河童橋からは引き続き梓川の…歩行不可の“車道の治山林道”と並行する…右岸道(遊歩道)を遡上する。と、このころから予想通り雨が降り始め、道のあちこちに水溜りができ始める。幸いなことに風は弱いので、傘を差して歩く。
ヤナギ類やサワグルミなど(林床はネマガリダケ)の生える川辺を歩いていたとき、サルの群れとすれ違った。足元の至近距離での“遭遇”だ。なかには子ザルを背負った母ザルもいる。一瞬びっくりして身構えたのだけれど、私達人間を(多分)自然の一部と見ているようで、全然気にしていないようだ。たまたま同時にすれ違った青い目の外人さん夫婦と…このときはお互いに暫く固まっていたけれど…思わず微笑みを返し合って、目と目で挨拶した。…と、あまりにも突然のことだったので、そのときの情景にうっとりして、サルの写真を撮るのを忘れていた。
何やかやで、明神池の近く・奥穂高神社奥宮の門前に建つ嘉門次小屋に着いたのは15時20分頃だった。この嘉門次小屋の夕餉、前々から予約してあった岩魚の骨酒が、やっぱり、とても旨かった。
夕食後は風呂に入ってから早々に寝たけれど…、夜半からの窓を打つ強い雨音に、何回も目が覚めた。

横尾岩小屋跡
↑この少し先で引き返す

横尾大橋へ戻る

梓川の上流を眺める
↑横尾山荘前から撮影↓

屏風の頭(右端)
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●第2日(9/28・雨):嘉門次小屋〜本谷橋の手前〜横尾山荘
朝の5時半、カッパに身を包んで、ヘッデンを点けて、傘も差して、気合を入れて嘉門次小屋を出る。明神橋を渡って、明神館の建つT字路を左折して梓川の左岸道を遡上する。やがて間もなくそれなりに明るくなってきたのでヘッデンを外す。昨日からの本降りの雨で水溜りの水量が半端ない。その水溜りを避けるための“ルートファインディング”も必須アイテムだ。
…もう40年以上も昔の話だが、台風が接近しているさなか、まだ小さかった私達の二人の子供たちと(蝶ヶ岳へ登るために)この道を歩いたときのことを思い出した。徳沢園までの小さな枝沢を渡る箇所(少し低地になっている処)などでは腰上まで水に浸かって、妻の佐知子と協力して、子供たちを背負って、順番に通過したものだ。そんな昔話に花が咲いて、私達は(まだ)元気だった。
徳沢園の軒下で嘉門次小屋の(朝食用の)おにぎりをそそくさと食べる。そして再び歩き出し、修理中の新村橋を左に見送って、横尾山荘前に着いたのは8時10分頃だったが、その横尾山荘の入口に大きなテントが張ってあって、数名の男女の係員が待機している。まるで検問所的なムードだが、登山者への安全啓発を目的とした試験的な「啓発ゲート」であるらしい。長野県の観光スポーツ部山岳高原観光課が主体となって活動しているようだ。
その啓発ゲートで登山届を提出して、登山装備などのチェックを受ける。ここ(横尾)は横尾谷と槍沢が合流して梓川となる地点で、これから向かう涸沢・穂高方面と槍沢・槍ヶ岳方面、及び蝶ヶ岳方面への登山口でもある。山岳遭難が増加している昨今、登山者への安全啓発を目的とした「啓発ゲート」の効果は、さて、如何ほどのものだろうか。と、期待と不安を胸にする私だった。
横尾山荘の軒下で眼前の(雨に煙る)屏風ノ頭などを眺めながら、暫く休憩していたのだが…、何気に、佐知子に元気がない。勇気を出して山荘の受付に相談してみたら、本日の宿泊は可能とのことだった。ここでまた随分と長い時間をかけて「夫婦会議」をした。結果、まぁここまで来たのだから、まだ時間も早いし、(目的地の涸沢カールまで)行けるところまで行ってみよう、ということになった。
相変わらずの土砂降りの雨の中、横尾大橋を渡って、黙々と横尾谷を遡上する。所々に小川になっているような箇所も出てくるけれど、じゃぶじゃぶと登る。しっかりとした登山靴を履いているので、靴の中には水は(未だ)入ってこない。歩いているときはちょうどいいのだが、ちょっと立ち止まると寒さを感じる。横尾岩小屋跡の標柱を右に見て、尚も暫く登る。急勾配になってきた。風も出てきて、安全のためにも、傘を差している場合ではない。ガスっぽくなってきて、辺りは幻想的な景色だ。でも…、足が重くなってきた。
横尾と涸沢カールとの中間地点でもある本谷橋の少し手前の岩っぽい処、だったと思う。とうとう佐知子が首をうなだれてギブアップした。おでこを触ると、微熱があるようだ。啓発ゲートの係員さんにも言われたことだけれど、くれぐれも無理はしないで、だよね。ここでしばらく休んで、そう…、寒くなる前に引き返そう。
横尾山荘に引き返してから、山荘の食堂でラーメン(もちろん高い割にはそれほど旨くない)を食べる。そして、この日の宿泊予定だった涸沢ヒュッテに予約キャンセルの電話を入れる。当日キャンセルだから全額(レンタルテント料と食事代などの二人分で22,000円)が返金されないのが、ちと無念で残念だ。
風邪っぽいので佐知子も私も風呂には入らず、夕食後は早々に床に就いた。
なお、涸沢カールの紅葉については…すれ違ったハイカーからの情報によると…下部はイマイチで上部はそれなり、ということだった。う〜ん、やっぱりちょっと、残念だったかも。

サンゴハリタケモドキ(食用可)
↑ウラジロモミの倒木に

明神館前で小休止
一瞬雨が止んだ!
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●第3日(9/29・雨):横尾山荘〜上高地BT…中の湯
今日も朝からの雨だ。しかし睡眠十分で体の疲れも取れたので、熱の引いた佐知子にも元気が出てきたようだ。ホッとして、5時半からの横尾山荘の朝食をゆっくりと頂いてから、6時半頃、そろりと歩き出す。
山荘の前からは、梓川を挟んで、屏風ノ頭などの穂高連峰の一角が雲の隙間からチラッと見えている。その右手(北側)の梓川の上流(槍沢方面)の奥に見えているピラミッド型の山は、あれは何だろう、と思って地形図で調べてみると、常念岳2857mの西に一ノ俣谷を挟んで小さく聳える中山2494mだということが分かった。地図上に登山道はないようだが、なんか登高意欲をそそられる山容だ。まだまだ知らない山が、この北アルプスにもたくさんあるんだな、ということを改めてガッテンして、雨だけれど、心が少しは晴れ晴れとした。
来た道を明神館まで、樹木やキノコなどを観察しながらまったりと歩く。…あのヤマブシタケみたいな変なのは何だったんだろうか(→帰宅してから調べて、多分…サンゴハリタケモドキというキノコの仲間だということが分かった)…、ヤナギ類やサワグルミやツガが目立っていたけれど、サワラの木も案外多くて、ウラジロモミもあったね…、などと会話しながら明神館前の広場で休憩していると、このころから雨が小降りになってきて、空が少し明るくなってきた。
明神館からはそのまま梓川左岸道を進み、河童橋の袂に着いたのはお昼の12時頃だった。それから少し進んで、上高地バスターミナル近くの食堂で、松本の地ビールなどを飲みながらビーフカレー(これも値段ほどには美味くない)を食する。
今日の宿に予約しているのは…ここからさわんど行きのシャトルバスで約15分の…中の湯温泉旅館だ。
中の湯温泉旅館: 「冬の上高地」の項を参照してみてください。
「中の湯温泉旅館」のホームページ

中の湯温泉旅館から
穂高岳を望む
奥穂〜吊尾根〜前穂〜明神岳
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●第4日(9/30・快晴!):中の湯…上高地…新島々…東京
中の湯温泉旅館の朝、目が覚めて驚いた。なんと、カラッとした日本晴れなのだ。朝湯の露天からも、ロビーなどからも、穂高連峰や霞沢岳などがくっきりと見えている。小躍りして美味しい朝食を摂って、それから宿の無料送迎車で上高地バスターミナルまで行ってもらった。昨日までと同じくらいの悪天候ならばこのまま帰宅の途に就こう、などと話していたのだが、嬉しい誤算だ。
上高地の河童橋辺りまでをウロウロと、約2時間をかけて逍遥して、あの梓川越しの素晴らしい山岳風景などをたっぷりと堪能することができた。すなわち、私達は留飲を下げた。
老い(トシ)のせいなのか。なんとも不思議でだらしのない4日間の山旅になってしまった。でも、まぁ、それなりに…臨機応変に…上高地の隅から隅までを楽しんだ、ということで今回はお茶を濁しておこう。(^^ゞ
2026年9月30日の上高地: この日の上高地の風景をYouTubeに投稿してみました。…拙い動画で恐縮ですが…。
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