佐知子の歌日記・第五集
佐知子の歌日記・第十二集
平成27年7月〜9月
瓶にさせばネコジャラシやアカマンマ ほのぼのゆれて主役になりぬ
ステンレスの物干し竿に日が射して きらっと矢のごと夏空をさす
百日紅
(サルスベリ)ちからの限り陽をうけて 紅く輝き蜂を誘(いざな)
もの言えずベッドにふせる母の目に 花瓶の小花が映っている
お恵みは十分いただきましたゆえ 猛暑日返上いたしたく候
白髪など染めてみたとて大袈裟に変わるわけなく 今日も暑いな
胡蝶蘭に母の唇うずまりて 野の花が好きと言っているらし
母なくし十日の後の空青く ゴーヤの蔓は天へと伸びる
もどりくる暑さを少しなつかしみ ごくりと麦茶のどに浸しぬ
一枝
(ひとえだ)を折りて青柿持ち帰り ふるさとをそっと母に手向ける
長月の雨を恋う人請わぬ人 思わせぶりな天
(あめ)のご機嫌
大空に祭太鼓の音がひびく 我が家はお鈴
(りん)が控えめに鳴る
ちっぽけなわたくしごときの歌なれど これでも多少なやんでおります
一年の半分過ぎぬ 大晦日に暖かい目で星空見たし (7.1)

リビングにらっきょうの臭いたちこめて 癖のあるもの我が家を占める (7.1)

三十年、四十年はちょっと前で 二、三年ならきのうのようで (7.2)

梅雨空よ明日には晴れを持って来よ リュックを背負いたい我がいるから (7.3)

見つけたね鉢のトマトの赤み増し 食べごろ知ってるグルメなカラス (7.3)

この味がいいかもしれぬとビール贈る 七月六日はムコの誕生日 (7.6)

泣け笑え世界二位だぞ そらみつ大和なでしこジャパン (7.6)

九センチのスヌーピーの鉛筆に彫られた名前の「こ」が消えている (7.6)

 奥武蔵の武川岳登山 (7.12)
猛暑日の武川岳は訓練と思うしかなくひたすら登る
山頂の眺めはきかず朝からのこの汗は何なのとタオルをしぼる
三回の電車乗り換え調子よく 待つ喜びの少し失せたり

「蚊に注意」のはり紙幹にくくられて くすの木すくっと風にむかう (7.14)

瓶にさせばネコジャラシやアカマンマ ほのぼのゆれて主役になりぬ (7.17)

白百合の赤い花粉が君の背に 逃れられない印のように (7.18)

通信簿どうだったかと問えばすぐVサインをする 口のおもい孫 (7.19)

ステンレスの物干し竿に日が射して きらっと矢のごと夏空をさす (7.21)

百日紅
(サルスベリ)ちからの限り陽をうけて 紅く輝き蜂を誘(いざな)う (7.21)

片陰にとなりの猫が昼寝をす 飼いたいと言ってるよ君の目は (7.21)

大水に登山あきらめ君帰る 無理はするなの我の呪文に (7.21)

入院の義母の回復願う夕べ 西の空にはうす日が見えた (7.24)

もの言えずベッドにふせる母の目に 花瓶の小花が映っている (7.27)

学校でなにかあったか孫の訊く「きょうはママいつ帰ってくるの」 (7.30)

ビール缶二十八個をつぶしおり 我も飲みたしこんな夕暮れ (7.31)

カラス来ぬ四日のあいだにミニトマト まっ赤に熟れてわが口に入る (8.1)

店頭でスポーツドリンク勧められ一気に飲み干す 酸っぱいなこれ (8.1)

日に三度Tシャツ替える猛暑日よ そのうち秋になるって言うの (8.2)

ビール飲む夫のせり出す胴まわり 高砂部屋へ推薦したい (8.4)

お恵みは十分いただきましたゆえ 猛暑日返上いたしたく候 (8.4)

白髪など染めてみたとて大袈裟に変わるわけなく 今日も暑いな (8.5)

母たちの施設をめぐる猛暑日に ヒホヒホヒホと宇治金時を食う (8.6)

耳が鳴る波がつぎつぎ寄せてくる 蝉の大群そこまで来てる (8.6)

明日こそは掃除をせねば換気扇と思うまもなく言い訳さがす (8.7)

贈らるる甘きスイカを夫と食む 無言のなかの穏やかなとき (8.9)

 母逝く
いくつもの病気をかかえ生きてきた 母の最期はやすらかに過ぐ (8.12)
残された者の悲しみ露となり 天より流る母の通夜なり (8.17)
やせ細り昔の面影失いし 母の柩に涙あふれる (8.18)
胡蝶蘭に母の唇うずまりて 野の花が好きと言っているらし (8.18 Tamu)
母なくし十日の後の空青く ゴーヤの蔓は天へと伸びる (8.22)

問をすれば詳しく説明す 八歳孫は野球博士 (8.24)

アジア人のたりないものは何だろう メダル少ない世界陸上 (8.28)

食い初めに孫抱く写真のTシャツは 十二年経てうすピンクとなる (8.30)

2Bのかきかたえんぴつ回し持ち 雨音をきく八月の昼 (8.30)

修理すみ音色もどれるエレクトーン 無口な孫の弾む指先 (8.31)

一枝
(ひとえだ)を折りて青柿持ち帰り ふるさとをそっと母に手向ける (9.3)
 H27年度NHK全国短歌大会の入選作です。 後日、本頁に追加しました。

もどりくる暑さを少しなつかしみ ごくりと麦茶のどに浸しぬ (9.5)

長月の雨を恋う人請わぬ人 思わせぶりな天
(あめ)のご機嫌 (9.6)

味噌汁が好きになったと孫の言う この夏わが汁飲んだあとから (9.7)

台風に続く長雨もうたくさん お日様でてこい遠慮はいらぬ (9.10)

ちっぽけなわたくしごときの歌なれど これでも多少なやんでおります (9.10)

大空に祭太鼓の音がひびく 我が家はお鈴
(りん)が控えめに鳴る (9.13)

雨にぬれすまなさそうにネコジャラシ 頭を垂れて歩道に並ぶ (9.18)

うす緑の細き脚は耐えている あやしい赤の彼岸花のせ (9.19)

お彼岸の墓に手向けるとりどりの 花の行列にぎわう生者 (9.20)

これやこの解くも解けずも迷い込む 罠に陥る数独のます (9.20)
 これやこの行くも帰るも別れては知るも知らぬも逢坂の関 (蝉丸)

包まれて小花やさしく渡される 敬老の日のプレゼントとして (9.21)

垣根にはキンモクセイをめぐらせて 香りふりまく二丁目のマンション (9.24)

 義母の四十九日法要にて
新しきあるじのもとへもらわれて 生き返るらん母の形見は (9.26)

家並みをかきわけ昇る満月のスーパームーン黄金色なり (9.28)

ここちよい秋風を背にペダル踏む あの青空へ駆け上がるごと (9.30)

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