佐知子の歌日記・第五集
佐知子の歌日記・第十一集
平成27年4月〜6月
ビニールの傘に桜の花びらがついていること息子は知らず
病院は中高年の男たち 観光地には女があふれる
ぬか漬けのきゅうりをほおばりずすずすと日本茶をのむ八歳の孫
小刻みにガラス戸たたく春風は いたずら坊やのおしゃべりかしら
蜘蛛の糸 桜のしべをつつみおり 揺りかごのごとそっと守りて
濃く淡く新緑の葉は輝けり 奥高尾を君と浸りぬ
クマンバチは何処へ飛んでいったやら しおれた藤が棚にゆれてる
水槽のポンプのよごれ掃除する 黒目の金魚がこちらを見ている
やわらかなもみじ四方に枝が伸び 惜しみつつ伐る越境の緑
杖なしで歩けると言う老人は 時おりそっと壁に手をつく
肩もみ券 娘に貰って三十年 今も鏡台の抽斗にあり
遠足にかずえちゃんだけ持ってきたと 孫に伝えるバナナ伝説
角ごとに機械油のにおう町 どの工場にも人が働く
散る桜 追いかけごっこの子のように 行き先つげず風と戯る (4.3)

散る花のかげに顔出すすみれ草 ほらたんぽぽにたねつけ花も (4.4)

雪やなぎ都忘れの花が咲き 擬宝珠が芽を出す廻りくる春 (4.4)

雨や日をいやがりもせず受け入れて 我がプランターにさくら草咲く (4.5)

つぼめてるビニール傘に花びらがついていることを息子は知らない (4.6)

お帰りと二十メートル先で手を振れど 走っては来ぬ もう三年生 (4.6)

病院は中高年の男たち 観光地には女があふれる (4.8)

この路地はお花がきれいとほほえんで 伝票を切るガス検針員 (4.11)

雑草とよばれていても名前もち それぞれ春を待ち焦がれてる (4.11)

三日分の献立はすぐ思いつき 一首の歌に三日はかかる (4.13)

ぬか漬けのきゅうりをほおばりずすずすと 日本茶をのむ八歳の孫 (4.17)

新書本二ページも読まず呼び出され 待合室に患者は三人 (4.17)

みどり濃い樹木のにおいを吸い込めば 浄化されゆく私の血管 (4.18)

小刻みにガラス戸たたく春風は いたずら坊やのおしゃべりかしら (4.18)

左手の握力おちてまな板の上でころがる玉ねぎ新じゃが (4.18)

老木と向き合うように川の辺に 桜の若木植えられている (4.19)

封印はしたくないので間をあけて 食べるとしようカレーライスを (4.20)

新聞の投稿歌にはキラキラの世界旅行の歌などはない (4.20)

蜘蛛の糸 桜のしべをつつみおり 揺りかごのごとそっと守りて (4.23)

 
小仏城山(高尾)ハイキング (4.24)
濃く淡く新緑の葉は輝けり 奥高尾を君と浸りぬ
樹のかげに一人静はつややかな葉をひろげおり深い緑の
うつむいて木の下に咲く稚児百合の白い花びらかすかに揺れる
山に鳴く鳥の姿は見えねども声はやさしく胸に響けり

投票を終えた人らのおおかたは 校庭のうさぎ小屋を覘く (4.26)

十年前まさにその日にカトマンズ 地震のニュースに思い出す旅 (4.26)

大声の後ろ二人の花談議に園芸売り場はカートの行列 (4.30)

クマンバチは何処へ飛んでいったやら しおれた藤が棚にゆれてる (5.1)

水槽のポンプのよごれ掃除する 黒目の金魚がこちらを見ている (5.2)

 
真鶴半島・魚つき保安林・灯明山 (5.3)
真鶴のお林という森のなか 潮風あびて岬をめぐる
浜辺にはパラソルでなくテント張り 連休のパパが昼寝をしてる
相模湾へすべり込むよな角度もつ丹沢山塊を真北に眺む
蓋はずし楊枝をくるりと回し食う さざえのつぼ焼き苦味がいいね
帰宅する時間がせまり 自由席の特急「踊り子」に飛び乗るわれら

枯れたような枝につぎつぎ大輪の濃いむらさきの鉄線ひらく (5.5)

願い事がかなう日がある 母の日にぴったりサイズの帽子をもらう (5.10)

やわらかなもみじ四方に枝が伸び 惜しみつつ伐る越境の緑 (5.10)

青空に黄色帽子の一年生 高く手を上げ歩道をわたる (5.11)

湧き出でる比喩の泉を飲みたいな 俵万智選のうたのような (5.11)

杖なしで歩けると言う老人は 時おりそっと壁に手をつく (5.12)

むずかしや今を保てといわれても 我が目や歯など行く末あやし (5.14)

藤棚はすっかり緑の床となり 種ねむる莢ほそながく垂る (5.14)

ひとつぶのまっ赤ないちごをもらい食う 隣の家の小さな鉢の (5.16)

さぼるのはヒトの特権か テレビには「ワイルドライフ」の野生動物 (5.18)
さぼるのはヒトの特権か 毎日をたたかい生きる野生動物
  どっちがいいかなぁ…?

インタビューに初金星の臥牙丸
(ががまる)は うれしさ隠さず長々話す (5.19)

 秩父の武甲山登山 (5.21)
二度三度つついてくわえ蛾を食べる セグロセキレイ駅より飛びたつ
大規模な採掘中の武甲山 発破時刻の表示板あり
むき出しの石灰岩の山のうら みどりとりどり溢れ息づく
よかったね熊ではなくて 山道に蛇をみつけて大声ひびく
誘うような甘い香りの野薔薇
(ノイバラ)は つぎつぎ皆のほほえみを生む

水やりの音さえ響く路地裏の ゆっくりはじまる日曜の朝 (5.24)

算盤をはじいてつりを渡すとき パン屋の小父さんにこりと笑う (5.26)

真夏日がつづく五月の日暮れ時 かわいた鉢におしまず水やる (5.27)

確かめるようにまなこを広げるが ゼリーのお茶を飲み込めぬ義母 (5.29)

迫りくる義母のからだの衰えに 夫の横顔さみしさを増す (5.29)

二画面のアニメと野球のテレビつけ 孫はするりととろろ飯食う (5.29)

肩もみ券 娘に貰って三十年 今も鏡台の抽斗にあり (5.30)

ベビーカーの幼子をじっと見つめてる 日曜朝の青い父親 (5.31)

体重と食事を気にする夫なのに 晩酌はいつも大らかである (6.2)

遠足でかずえちゃんだけ食べていた 孫に伝えるバナナ伝説 (6.3)

黒い実は踏まれて道に散らばれり 緑濃き葉の桜を見上ぐ (6.4)

ふりむくが声はすれども人けなし 電線に立つカラスの集会 (6.7)

雨の日の早い目覚めに新聞の「人生案内」しみじみと読む (6.12)

安物の刺身盛りたてあおあおと 我がプランターのしその葉である (6.11)

しとしとと降る雨の日は存分に「恋する伊勢物語」に浸る (6.12)

珍しい八重のドクダミ育てんと 水換えをするまめな夫なり (6.12)

「アーンして」に口をひろげて義母は待つ 赤い薬とゼリーのお茶を (6.13)

ぬるいコーヒーをゴクリゴクリと音を立て飲める母なりカップを手に持ち (6.13)

タイヤ替え自転車はずむ環七を スピード少し上げて走れり (6.14)

ざるに瓶おもしの石を洗い終え もう始まっている梅仕事 (6.14)

一匙のエサに金魚は飛びかかる 遅れてごめんもう十一時だね (6.15)

混雑の予想は外れ待合で「伊勢物語」繰らずにおえる (6.16)

おはようと声かけてくれる友のいて 手を振り走る朝の公園 (6.20)

四十歳の息子に届くご案内 ガン検診と保険のおすすめ (6.20)

この二年にすべて使えり百均の十枚入りの不祝儀袋 (6.20)

寝坊して急ぐ夫行き ゆっくりとお茶を飲みつつ思い出す夢 (6.21)

角ごとに機械油のにおう町 どの工場にも人が働く (6.22)

雨よ降れと一人登山の夫あてに ふくれっ面のメール送りたい (6.23)

二リットルの昆布だし鍋を持つ片手 ちからなくなりこぼしてしまう (6.27)

プランターのブルーベリーを五粒摘み おいしいねえと夫に言わせり (6.27)

梅雨晴れの青空広いこんな日は 上を向いて歩いてみようよ (6.28)

もやもやと蚊取り線香ただよえり 灰の渦巻きたしかに残す (6.29)

キーホルダーの打ち出の小槌消えるなり 七日を過ぎても戻っては来ぬ (6.30)

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