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 太陽の塔

 太陽の塔背面 

太陽の塔データ

高さ70m
基底部の直径20m
腕の長さ25m
構造本体鉄骨コンクリート、スプレースタッコ吹き付け、ボンタイル仕上げ   
正面の顔直径20m、FRP成形
頂部黄金の顔直径11m、鉄骨下地鉄板溶接、スコッチカル フィルム貼り
黄金の顔の目両眼3.6Kw クセノン投光器
背面の黒い顔黒色陶板4丁掛け
背面の緑の炎ガラス・モザイク貼り

(万国博資料「テーマ館ガイド」より)

太陽の塔には3つの顔があります。まず、てっぺんに輝く黄金の顔、これは「未来の太陽」です。 角のようなものは避雷針です。
  黄金の太陽
(※これは岡本太郎美術館所蔵の1/50原型です)

 そしてお腹の部分(?)にある少しすねた顔、これは「現在の太陽」です。
  現在の太陽

 最後は背後にある黒い顔。「過去の太陽」です。これには万博の守り神的な意味合いもあったそうです。
  黒い太陽


 そして地下には「地底の太陽」がありました。しかし残念なことに万博終了後、行方不明となってしまいました。
  地底の太陽
  (「太陽の塔からのメッセージ 岡本太郎とEXPO’70」展図録から引用)

1997年〜2000年頃に、兵庫県の美術館(たぶん)の庭で雨ざらしになっている画像をネットで見かけたのですが、改めて探してみても見つかりません。仕方ないので記憶を頼りに書き起こしてみました。
雨ざらしの地底の太陽は確かこんなのだったというイメージ
もし情報がありましたらお寄せ下さい。よろしくお願いします。


(2006/3/18追記:「奥様」さんより以下のような情報が寄せられました。有り難うございます)

 数年前に関西のニュースで特集が組まれていて、行方を追ってましたが、当時兵庫県が新設する予定だった美術館に展示するという理由で引き取ったものの、美術館の話がぽしゃってしまいそのまま太陽は放置。管理すべき筈の兵庫県もその行方を全く把握していなくて行方知れず・・・という事でした。

・万博終了後、兵庫県が太古の太陽を美術館展示の為に兵庫県に搬入。
・その後 計画がうやむやになり、太古の太陽は荷造り(分解)状態のまま放置。
・最後に所在が確認された場所に現在太陽は置かれていない。
・兵庫県自体も現在はその所在、管理についてはわからないの一点張り。
・敏子さんのコメントだったと思いますが、太郎さんが太陽の中で1番気に入っていた作品であった事。

なお 太陽の置かれていた場所は倉庫でもなんでもなく、廃材置き場のような場所に野ざらしでした。

(2009/12/9追記:万博記念機構が本格的に『地底の太陽』探しに乗り出す模様)
http://sankei.jp.msn.com/life/trend/091209/trd0912090201000-n1.htm



 前面にある赤いラインは稲妻です。空に突き出した2本の腕と合わせて、見るものに力強い印象を与えています。
  太陽の塔1/50原型(正面)

  太陽の塔1/50原型(横)


「太陽の塔」という名前の由来

 「タイムスリップグリコ大阪万博編」の「お祭り広場」の解説に「太陽の塔」という名前の由来について記載があります。
 それによると命名は大阪万博テーマ館サブプロデューサーであったSF作家の小松左京で(テーマ館プロデューサーは岡本太郎)、丹下健三による大屋根をぶち抜いた塔の模型を見て「『太陽の季節』みたいだ」と感想を述べたのを岡本太郎が気に入ったからだそうです。ちなみに『太陽の季節』は石原慎太郎の小説ですが、どういう関係があるのか意味がわからないという方はこちらを。
※太陽の塔に関するデータはかちもさんから情報提供頂きました。ありがとうございます。