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No.164-1 1月の天狗岳2646m (八ヶ岳)
平成16年(2004年)1月24日〜25日 快晴
天狗岳の略図
天狗岳の略図

東天狗岳(左)と西天狗岳(右)
見晴台から天狗岳を望む
第1日目
黒百合平をめざす
樹林帯を登る

バックは東天狗岳
中山峠にて

中山峠からヒュッテへ帰るところです
黒百合平


零下18度、白銀の山岳風景に感動!

第1日=JR中央本線茅野駅-《タクシー35分》-渋ノ湯〜黒百合平(黒百合ヒュッテ) 第2日=黒百合ヒュッテ〜中山峠〜中山の中腹(見晴らし台)〜東天狗岳2640m〜西天狗岳2646m〜東天狗岳〜中山峠〜黒百合平〜渋ノ湯(入浴)-《タクシー35分》-茅野駅
 【歩行時間: 第1日=2時間20分 第2日=4時間】
 → 地理院地図(電子国土Web)の該当ページへ


 冬の八ヶ岳に詳しいJさんからの誘いがあったのは先月の上旬のことだった。それから最新式のピッケルや12本爪のアイゼンや重登山靴を慌てて買い求めた。私と妻の佐知子の二人分で14万円もかかってしまった。こと山の道具のことになると金銭に無頓着な私は、レジでその値段を聞き唖然としてしまった。勿論そんな大金の持ち合わせは無い。おかげで十年ぶりでJCBカードを使ってしまった。
 とにかく、ここ一ヶ月間の私達は気合いが入っていた。その気合が入りすぎたのか、出発の前日、佐知子が四年前にやった腰痛を再発させてしまった。それほど重たい症状ではなかったのだが、大事をとって留守番となった。私も昨年の初秋に酷い腰痛をやっている。夫婦でギックリ腰なんて、まったくサマにならないね、と、同類相憐れむの私達だった。
 と云うわけで、佐知子不参加の今回、Jさんと私の二人の山行となった。

●第1日目(1月24日):
 おなじみの「スーパーあずさ1号」を茅野駅で降り、タクシーに乗る。行く手の八ヶ岳連峰は白く染まっている。タクシーの運転手さんの話によると、3〜4日前に吹雪いたらしい。左手には雪帽子を被った車山(霧ヶ峰)の優しい姿も間近に見えている。心ワクワク、血沸き肉踊る私とJさんだった。
 茅野駅から約35分、渋御殿湯(渋の湯バス停)前で降ろされる。ここは標高約1850m、既に一面の雪景色だ。流石に東京よりはかなり寒い。この日の私の出で立ちは、上は薄手の下着2枚と一年中着ているシャツと普通のセーターと薄手のフリースとスリーシーズンのジャケット。下はパンツとももしき2枚と山用のステテコと普通のズボンとカッパのズボンとライトスパッツで、つまり持っている夏山用の衣類を全部着込んだ重ね着だ。冬山用の衣類に身をくるんだJさんと比べると何となくかっこ悪いけれど、これでとりあえずは何とかなりそうだ。渋御殿湯の玄関前の路上で、長い時間をかけて準備して、歩き出したのは午前10時40分頃だった。
 しっかりと踏み固められた雪道を、黙々と登る。白装束のシラビソやコメツガの樹形がなんとも云えず幻想的だ。晴れていても、少し風が吹くと枝から飛ばされた粉雪が舞い、それが首筋に入るとひゃっとする。慌ててフードを被る。歩くにつれて身体がだんだんと暖かくなってくる。
 唐沢鉱泉分岐の標柱が立つ雪上で昼食。サーモスの熱いコーヒーが旨い。ふと右手の唐沢鉱泉へ続くと思われる方向に目をやったが、踏み跡はついていない。その樹林のコースや展望の良い天狗岳の西尾根ルート(* 八方台と天狗岳)もとてもいいコースなのだが、基点となる唐沢鉱泉が冬期は営業していないので、ほとんど歩かれていないようだ。ちょっと勿体ないような気もする。私たちはトレースに沿って直進して、尚1時間ほども歩くと広々とした黒百合平に到着した。14時15分頃だった。
 黒百合ヒュッテにザックを預けて、明日の下見も兼ねて、すぐ近くの稜線(中山峠)まで往復してみた。雲が多くはなっていたが、東側の奥秩父などの山並みや小海線沿いの閑静な町並み(南佐久)が見下ろせる。南側稜線上の彼方、真っ白な樹林の隙間からは東天狗岳のとんがりも見えている。
 それにしても、最初に雪道にトレースをつけた(ラッセルした)人は本当にエライと思う。Jさんと私は、当初から、若しも吹雪いたりしてトレースがはっきりしていなかったらそこで引き返そう、と話し合っていた。「トレース泥棒」のそしりを免れないかもしれないけれど、今の私たちの実力では、悲しいかな、やむを得ないと思う。

* 黒百合ヒュッテ: 北八ヶ岳南部。中山南面の明るく開けた原(黒百合平)、標高約2410mに建つ。その名のとおり、この一帯はミヤマクロユリの群生地として有名だ。ここからなだらかな道を南東へゆっくりと進むと、10分足らずで主稜線(中山峠)へ出る。この黒百合ヒュッテをはじめ八ヶ岳には通年営業の山小屋が多いが、冬山初心者の私たちにとっては嬉しいかぎりだ。収容人員は250名とのことだが、この日の宿泊客は約20名の団体を含めても40名ほどで、充分なスペースを確保できた。1階の部屋隅には薪ストーブがあり、赤い火が暖かそうに燃え続けている。宿泊料は2食付きで7,600円(内300円は暖房費)だった。

 17時30分からの夕食まで、中央に炭火の点る四角いテーブルで、缶ビールをチビチビ飲んでいた。テーブルの周囲に吊るされている宿泊客達のヤッケや靴下などが頭にかかり少々うっとうしいけれど、ビールは甘露甘露だった。たまたま同席した二人の宿泊客は、よく話を聞いてみたら、偶然二人ともベテランのプロ(山岳ガイド)だった。42歳厄年のMさんは鋸岳などの南アルプスがその守備範囲で、今年で還暦を迎えるというTさんは北アルプスと奥秩父のガイドを専門にしているとのことだった。今回はそれぞれプライベートの山行だと云う。冬山についての色々なことや、山岳ガイドの苦労話など、うんちくのある貴重な話をたっぷりとお聞きすることができた。その話の中でひとつ、「ツェルト(緊急露営用の簡易テント)の代わりにシュラフカバーをザックに入れているのですけれど、大丈夫でしょうか」 との私の質問にMさんもTさんも 「レスキューシート(銀紙)と組み合わせれば何とかなるでしょう」 と口をそろえて答えてくださった。
 肉厚ハンバーグの食事が終わって、午後6時半には、もう、Jさんも私も、暖かい布団の中で大いびきだった。

第2日目
広々とした雪の稜線
天狗岳へ向かう

ちょっとルートを間違えました
天狗ノ鼻を通過

バックは北八ツ方面
東天狗岳山頂

気持ちのいい稜線です
西天狗岳へ向かう

バックは南八ツの主峰達
西天狗岳山頂
●第2日目(1月25日):
 流石に午前4時には完全に目が覚めてしまった。そっと階下に降りて、懐中電燈の明かりを頼りにコンロで湯を沸かした。外へ出てみると薄霧が出ているようだけれど、頭上には僅かに星も出ている。暫らくするとJさんも起きてきて、二人で温かいコーヒーを啜った。
 5時にヒュッテの明かりが点り、6時から朝食が始まった。ゆっくりと慎重に準備して、ヒュッテを出たのは6時45分、辺りはすっかり明るくなっている。
 無風快晴だ。見える景色のすべてが明るくてまぶしい。中山峠へ出ると正面から太陽が登り始めている。プロガイドのTさんから、ここから5分ほどの中山の中腹に天狗岳の眺めのよい処(見晴らし台)があると教わり、行く手とは反対の方向へ進む。少し登るとなるほど少し開けたところがあり、そこから振り返って見た白銀の天狗岳は朝日を受けてこの上もなく美しかった。
 小休止の後、南に踵を返して、一路東天狗岳へ向かう。シラビソやダケカンバなどの真っ白な樹林を抜けると広々とした雪の稜線だ。眼前の東西の天狗岳は勿論、南、中央、北のすべての日本アルプスたちが白装束で西面に広がる。振り返ると蓼科山や北八ツの白きたおやかな峰々。その右奥には白い浅間山も見えている。 「すごいね。まったくすごいね!」 と、Jさんと私は何回も言い合った。
 景色に見惚れていたせいだ。東天狗岳の少し手前、天狗ノ鼻(岩峰)を右からトラバースしているときに、道を間違えて怖い思いをしてしまった。天狗ノ鼻を巻かなければいけないのに何時の間にか天狗ノ鼻を攀じていた。変だなとは思っていたけれど、何とかなるだろうと思ってそのままアイスバーンの岩登りを続けてしまったが、東天狗岳山頂を目の前にしてついに崖っぷちに立ち、先へ進めなくなってしまった。先頭の私はJさんに謝って、「とりあえず引き返そう」 と言った。Jさんは目を白黒させながら、ブツブツ言っていた。
 引き返してみると、何故こんな処で道を間違えたのだろう、というほどの何でもないちょっとした処だった。事故というのは、多分、こんな形で突然登山者を襲うものなんだろうな、と深く反省した。おかげさまで、アイゼンの前爪の使い方やピックの扱い方を、期せずして習得することになった。
 岩のゴツゴツした東天狗岳の狭い山頂へ着いたのは8時30分だった。そしてついに硫黄岳や赤岳などの南八ヶ岳の主峰たちがその姿を現し、1点360度の大展望だ。山頂で出会った4人のパーティーの一人が、40歳くらいの女性だったが、涙を流して静かに泣いている。怪訝な顔をしていた私たちにリーダーと思われる男性が、「景色に感動して泣いているのですよ」 と、そっと教えてくれた。さもありなん、と思った。もう言葉では尽くせないほどの、素晴らしい眺めなのだ。
 風が出てきて山頂の寒さはハンパじゃない。Jさんの顔を覗くと、眉毛などが白くなっている。それを笑ったら、私もそうだと云われた。4人パーティーの一人が持参してきた温度計を見て「零下18度です!」と教えてくれた。携帯が通じたので、家で留守番をしている佐知子に 「すごいよ。ピーカンで真っ白だよ。全部のアルプスが見えているよ。マイナス18度だよ」 と電話した。電話越しの佐知子は腰痛でヒーヒー云っていた。
 天狗岳は東西の二つのピークからなる双耳峰だ。東天狗岳で中休止の後、主稜線から外れた西天狗岳へ向かう。両峰間は往復しても40分足らずの距離だ。東天狗岳に比べると優しい山容の西天狗岳のほうが少し背が高く、二等三角点もそちらにある。しかし、西天狗岳へ足を伸ばす登山者は少数派のようだった。踏み跡もかなり頼りないものだったが、雲ひとつ無い今日の天気、方向を失う恐れは無かった。
 東天狗岳に勝るとも劣らない眺望の西天狗岳の小広い山頂で、静かなときを過ごした。景色を眺めながら辺りをウロウロと歩いていたら、ズボっと片足が雪の中に潜ってしまい、何かが私の脛にぶつかった。足を抜いて覗いてみたら、ハイマツの枝だった。 「いけない」 と思った。そういえばこちらの山頂周辺はハイマツ帯で、やたらに歩くとアイゼンの爪でハイマツを痛めてしまうのだ。私の脛も痛かったがハイマツはもっと痛かったのだろうな、と、またまた反省してしまった。
 「夏山は去年も今年もほとんど同じだけれど、冬山は来る度にその様子が違う」 と、黒百合ヒュッテで出会った山岳ガイドのMさんは云っていた。冬山初心者の私と冬山初心者を卒業したばかりのJさんにとっては往復登山がもっとも安全だと思う。で、下山は往路を忠実に辿る。途中、稜線近くの樹上でツガイのコガラがせっせと枝を突いていた。何を食べているのか良く分からないけれど、こんな極寒の地で生き延びているなんて、コガラもすごいと思った。
 黒百合ヒュッテで1杯450円のコケモモジャム入りの紅茶を飲み、それから快調に下って、渋ノ湯に戻り着いたのはお昼の12時40分頃だった。ちょうどその頃から雲が厚くなってきて、小雪が降ってきた。私たちの二日間は天気に関しては本当にラッキーだった。渋の湯(渋御殿湯)で一風呂浴びてから家路についたのは言うまでもない。

* ピッケルを使って、何時の日か、山登りをしてみたかった。そんな積年の憧れを、今回あっけなく現実のものにしてしまった。Jさんに感謝の気持ちでいっぱいだ。それにしても、張り切っていただけに、佐知子は残念だった。


3月の天狗岳 この2ヶ月後の3月に、腰痛の完治した佐知子を案内して、二人で天狗岳に登りました。その日も無風快晴でした。
八方台と天狗岳 H18年9月の山行記録です。
渋ノ湯温泉「渋御殿湯」: No.33北八ヶ岳縦走 を参照してください。



東天狗の東側は切り立っています
東天狗岳の北側(天狗ノ鼻から)


東天狗の西側はなだらかです
東天狗岳の西側(西天狗岳から)


左前方が東天狗岳:右は西天狗岳
天狗岳へ向かう(左が東天狗岳:右が西天狗岳)

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