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No.190 笠ヶ岳から鷲羽岳水晶岳 後編
平成17年(2005年)9月25日〜29日 初日は曇ったがあとは概ね良い天気

笠ヶ岳・鷲羽岳・黒岳 略図
何処も彼処も素晴らしい!

第1日=JR松本駅-《バス》-新穂高温泉〜ワサビ平小屋 第2日=ワサビ平小屋〜笠ヶ岳2897m〜笠ヶ岳山荘 第3日=笠ヶ岳山荘〜弓折岳〜双六小屋〜三俣山荘 第4日=三俣山荘〜鷲羽岳2924m〜ワリモ岳2888m〜水晶小屋〜水晶岳(黒岳)2986m〜水晶小屋〜岩苔乗越〜黒部源流渡渉点〜三俣山荘 第5日=三俣山荘〜三俣蓮華岳2841m〜丸山2854m〜双六岳2860m〜双六小屋〜鏡平〜ワサビ平〜新穂高温泉(泊)…松本
 【歩行時間: 第1日=1時間30分 第2日=7時間30分 第3日=7時間50分 第4日=7時間 第5日=9時間】
 → 地理院地図(電子国土Web)の該当ページ(鷲羽岳)へ


*** 前項 笠ヶ岳から鷲羽岳と水晶岳(前編) からの続きです ***

●第4日目(9/28・晴): 北アのど真ん中を歩く 三俣山荘〜鷲羽岳・黒岳
ピラミッド型の大きな山です
まず鷲羽岳へ登る

バックは槍-穂高
鷲羽岳の山頂

黒岳の山頂部はギザギザ
次は水晶岳だ

水晶は何処にあるのだ・・・?
水晶岳の山頂

前方は鷲羽岳です
水晶岳を下る

「逆ヘの字」の谷に見えますか?
岩苔乗越(黒部源流)

ウラジロナナカマドの実は上へ向かって付きます
ウラジロナナカマド
 三俣山荘の建つ鷲羽乗越(わしばのっこし)は高瀬川と黒部川との分水嶺にもなっているらしい。眼前(北面)の鷲羽岳はとてつもなく大きなピラミッドで、その左奥にはワリモ岳と水晶岳(黒岳)が分かりやすく並んでいる。後面(南面)の三俣蓮華岳は横長の大容量だ。山荘裏(西面)には黒部源流部の谷を隔てて黒部五郎岳や薬師岳などのダイヤモンドコースの峰々が形良く並ぶ。そして、山荘正面(東面)の高瀬川源流の谷を隔てた景観が、やはり素晴らしい。眼下に赤茶けて横たわるのは硫黄尾根で、その右手奥には北鎌尾根を従えた槍ヶ岳が聳えている。ここから眺めた槍ヶ岳は、小槍が手前に消えて一層鋭く天を突いている。その左奥に連なる常念山脈の大天井岳が案外立派な鈍角三角形で、それらが朝日を背に受けて浮かび上がる様は、この世のものとは思えないほどの美しさだ。ここ(鷲羽乗越)も絶好のロケーションだ。
 三俣山荘の朝食後、6時丁度に出発。鷲羽岳南面のザレをゆっくりと登る。振り返ると、三俣蓮華岳の奥には笠ヶ岳の端正な笠形も見えている。私達にしてはめずらしく休まずに歩き、息が切れ始めた頃、小さな火口湖の鷲羽池が右下に見え始め、間もなく山頂に立った。7時15分だった。
 ゴロ石と山頂標識と三等三角点の鷲羽岳山頂は案外と狭く、雄大な眺めが四方に広がった。佐知子のザックについている例のキーホルダーのバカチョン温度計によると丁度0度だったが、火照った身体には涼しく感じた。約30分間、山座同定の至福のひとときを過ごして、流石に寒さを感じた頃、軽いザックを担いで背中の防寒を兼ねた。誰もいない、まったく静かな山頂だった。
 稜線を更に北へ、下って登り返してワレモ岳を通過する。足元の周辺は高山帯特有のガレ岩とハイマツで、水晶小屋のある赤岳まではなだらかで気持ちの良いプロムナードが続く。そんな崩壊礫地の所々にイワツメクサが、まだ咲いている。可憐で弱々しい花だと思っていたけれど、けっこうしぶとくて強い草なんだなぁ、と思った。地面にへばり付いているウラシマツツジが真っ赤に紅葉している。この山稜は何時も風が強いらしいが、きょうは穏やかで、大気は限りなく透明だ。
 3日前(9/25)で営業を終えている水晶小屋にはアルバイトの青年たちが数名残っていて、後片付けなどの下山の準備に余念がないようだった。その水晶小屋前のベンチで一服してから、一気に(歩程約40分)水晶岳のピークへ登った。思ったよりも安全な岩場で、少し拍子抜けがしたくらい、あっという間だった。
 ここ(水晶岳)も岩ゴロの狭い山頂で、中年の男性ハイカーが一人でポツンとしていた。記念写真(証拠写真?)を撮るために登ってくる私達を待っていたらしい。お互いに写真を撮り合うと、その中年男性はそそくさと下っていった。夢のような静けさが再び私達を襲う。北アルプスのど真ん中で「四周すべて山」だった。見たかった山々は何から何まですべて見えた。本当にこんな幸せ、あってもいいものだろうか。
 水晶岳は双耳峰で、最高点は南峰2986mにあり、三等三角点2977.7mは赤牛岳へ続く北峰にある。低い北峰に三角点が置かれていたため、もしかしたら南峰は3000mを越えているかもしれない、と云われていた昔日のエピソードが思い起こされた。その差約20mと思われていたのが、最近の公表(平成3年)では8mしか高くないことになってしまったのだ。私達は最高点で山頂標識のある南峰だけで満足して踵を返したが、ここ(南峰)から眺めた北峰は、実際随分と低いようにも感じたのだが…。
 水晶岳の山頂付近で、私達もやはりやってしまった。つまり水晶探しである。しかし見つけることはできなかった。三俣山荘の従業員から聞いた話によると、今でも登山道を離れて、人があまり行かない場所を探せば見つかるかもしれない、とのことだったが、それは私達にとっては「大冒険」を意味する。命の欲しい私達は勿論「大冒険」には挑戦しなかった。しかし山頂を辞すとき、足元の石や岩が太陽の光を反射してキラキラしていたので、ルーペで覗いてみた。石英にしては透明すぎる小さな石粒がいくつか見えた。 「これって水晶のタマゴかなぁ?」 と私が呟いたら、佐知子は黙って返事をしなかった。彼女は石には全然興味がないみたいで、山岳風景に終始埋没していた。
 佐知子にとっては退屈な岩石の話をもう一つ。鷲羽岳とワレモ岳と水晶岳は並んで聳えているけれど、その岩質はそれぞれ違うものである、という話。鷲羽岳のそれは分かりやすい花崗岩(花崗閃緑岩)で白っぽく、ワレモ岳はボロボロと崩れやすい薄茶色の岩質(花崗斑岩の仲間?)で、水晶岳はやや黒っぽい岩(石英閃緑岩)である、ということが面白い。…だから水晶岳(黒岳)は、特に北側から眺めると黒っぽく見えるそうだ。
 水晶小屋へ引き返し、小屋前のベンチとテーブルを借りて、スパゲッティカルボナーラを作る。作る、といってもインスタントだから、湯の中に麺とスープ粉を放り込んで煮つめるだけなのだが、持ってきた鍋が小さすぎたものか気圧の関係なのか冷たい風のせいなのか、なかなか煮立ってこない。で、時間がどんどん過ぎ去る。仕舞いには面倒臭くなって生煮えのままで食べたけれど、けっこう美味かった。
 ワリモ北分岐から稜線を右に折れて、鷲羽岳の山頂部を西に巻く黒部川の源流部へなだらかに下る。これがまた素晴らしいコースだったのだ。「V字」というよりは「逆の字」と云った方が当を得ているだろうか。そんな形の谷の最上部(岩苔乗越:いわのりのっこし)の岩の隙間からチョロチョロと、黒部川の最初の一滴は流れ出している。ワリモ岳と鷲羽岳の一滴だ。その水は冷たくて、この上もなく清らかに見えた。やがて間もなく鷲羽岳と祖父岳に囲まれて水量が増して、沢底を音をたてて流れ始める。石がゴロゴロしていて少し歩きづらい。ウラジロナナカマドの赤い実がたわわで、草紅葉の草原にアクセントをつけている。数はもう少ないけれど、ミヤマアキノキリンソウが鮮やかな黄色の花を咲かせている。正面の三俣蓮華岳山裾のダケカンバも色づき始めていて、ここはもう秋だった。
 沢の左岸へ渡り、雲ノ平への分岐を右に見送って少し進んだ処に「黒部川水源地標」と彫られた赤御影石の標柱が立っていた。そこから約1時間の登り返しで、三俣山荘へ戻り着いたのは午後3時少し前。今日も上手く歩けたようだ。
 晴れ渡った二つの名山と紅葉の始まった黒部源流を廻る、超ゴージャスなワンディ・ハイキングに、私達は暫らくの間話し合うこともなく山荘前の広場に立ち尽くし、ボーッとしていた。

 三俣山荘に2連泊ということで、この日の宿泊料は500円割引になって8,000円だった。昨日の夕飯のメインはエビフライだったけれど、今日は別テーブルで(2泊目の客専用の)和風ハンバーグだ。至れり尽くせりで、ご飯も旨い。その食堂の、山小屋にしては大きな窓からは、形の良い槍ヶ岳が正面に望める。建物は山小屋そのものだが、その実態はリゾートホテル、といったところかな。ご主人(伊藤さん)のこだわりが見えて、至妙な山小屋だ、と思う。登山客は昨日も今日も十数名で、のんびりとできた。まったく北アルプスは、何もかにもが素晴らしい。


●第5日目(9/26・晴): 下山路も盛り沢山 三俣山荘〜双六岳〜新穂高温泉
朝日を背に受けて・・・
下山開始

バックに水晶-ワリモ-鷲羽のスリーショット
三俣蓮華岳の山頂

バックは槍-穂高連峰
双六岳の山頂
 昨日と同じ午前6時、三俣山荘を出て下山を開始する。今朝も快晴、気温零度。霜の降りたガレ道を南下する。下山、といっても三俣蓮華岳や双六岳などのピークを通過する、アップダウンの厳しい行程だ。下山口には新穂高温泉が待っているということもあり、否が応にも気合が入る。前面に広がる三俣蓮華岳の北斜面が朝日を受けて、紅葉が冴えている。
 往路の巻き道を左に分け、少し登ると三俣蓮華岳の山頂だ。この山頂を踏んだのは、じつは2回目だ。3年前の夏、薬師岳〜黒部五郎岳と縦走して帰路に三俣蓮華岳山頂を通過したときNo.143薬師岳と黒部五郎岳は、雨と霧と風の最悪のコンデションだった。ホワイトアウトの山頂に立ち尽くした、そのときの無念を晴らすことができたのだ。長野県、富山県、岐阜県の三国境で北アルプスの中央に位置する三俣蓮華岳。この山頂も定評に違わない大展望だった。
 登り返して丸山2854mを通過する。ハイマツと石ゴロとお花畑の広々とした稜線だ。羽毛状になったチングルマが大群落している。そんななだらかな丘の上に、ゴロ岩の散在する双六岳の山頂があった。遠くから眺めてもどこが山頂だか分かりにくいドテッとした双六岳の実態が、実際にだだっ広い山頂部を歩いてみてはっきりとした。大きくて包容力のある優しい山だったんだな、と思った。
 ぐるり一周の山岳展望を楽しみながら、ゆるやかに左(東)へカーブして、台地状の広野を進む。正面の槍ヶ岳が益々大きい。目の前をオスのライチョウがヨチヨチと横切る。そのハイマツ帯を急降下して、双六岳の巻き道とも合流して、ドスンと着いた処が双六小屋だった。ここから先は経験済みのコースだ。ひとまずホッとする。
 再びなだらかに登って、弓折岳分岐を経て鏡平小屋へ下り、そこで昼食、600円のラーメンを食べる。それから、長いけれど変化があって厭きさせない小池新道をひたすらに下り、林道へ出る。ワサビ平小屋でリンゴを齧ってビールを飲んで、新穂高温泉に着いたのは午後4時15分頃。今晩の、山旅最後の宿は以前にもお世話になったことのある「中崎山荘」だ。女将さんが優しく私達を迎え入れてくれた。
 田中澄江さん(1908-2000)はその晩年の著書「新・花の百名山」の笠ヶ岳の項で、「(すばらしい思い出を心に残す山は)下りるとすぐにまわれ右をして、登りかえしたくなる」、と書いているけれど、今回の私達の山旅がまさにそうだった。鷲羽岳も水晶岳も三俣蓮華岳も双六岳も、そして勿論笠ヶ岳も、素晴らしい思い出を私達の心に残してくれた。

新穂高温泉「中崎山荘」: 薬師岳と黒部五郎岳(後編) を参照してください。

黒々とした黒岳山頂部
水晶小屋付近から黒岳(水晶岳)を望む


笠ヶ岳から鷲羽岳と水晶岳・写真集: 大きな写真でご覧ください。
笠ヶ岳から抜戸岳へ(バックは笠ヶ岳)
笠ヶ岳から抜戸岳へ
バックは双六岳と三俣蓮華岳
鷲羽岳へ登る
鷲羽岳山頂部より(バックは槍ヶ岳)
鷲羽池を見下ろす
登山靴のイラスト

眼前に槍ヶ岳
鏡平へ下る
左方が鷲羽岳で右方がワリモ岳
ワリモ北分岐付近にて
水晶小屋付近から黒岳を望む
水晶岳山頂部
小池新道にて(左奥が鷲羽岳)
ウラジロナナカマド

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