黒部五郎岳(8/10撮影)
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北ノ俣岳山頂
黒部五郎岳山頂
黒部五郎小舎へ下る
イワイチョウ
黒部五郎小舎
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雨と霧の黒部五郎岳と三俣蓮華岳
第1日=JR富山駅-《バス》-折立〜太郎平小屋 第2日=太郎平小屋〜薬師岳2926m〜太郎平小屋 第3日=太郎平小屋〜太郎山2373m〜北ノ俣岳2661m〜黒部五郎岳2840m〜黒部五郎小舎 第4日=黒部五郎小舎〜三俣蓮華岳2841m〜双六小屋〜鏡平小屋〜新穂高温泉(泊)-《バス》-JR松本駅…
【歩行時間: 第1日=3時間50分 第2日=5時間 第3日=6時間40分 第4日=8時間30分】
→ 地理院地図(電子国土Web)の該当ページ(薬師岳)
*** 前項 薬師岳から黒部五郎岳(前編)からの続きです ***
私達が歩いている今回の縦走コースは、俗に「西銀座ダイヤモンドコース」と呼ばれているものの一部分であるらしい。確か、昔(少なくても30年くらい前まで)は「ゴールデンコース」と呼んでいたような記憶もあるが…。何れにしてもこのコース、ネーミングは少しダサいが、花と展望の珠玉のコースであることに間違いはない。
●第3日目(8/9・雨): 太郎平小屋〜黒部五郎岳〜黒部五郎小舎
午前3時半頃に、爆睡している佐知子を突き、コソコソと起きて自炊室へ行く。懐中電燈の明かりを頼りにコンロで湯を沸かし、インスタントスープを飲み、余った湯で番茶をたてて、それをサーモスに詰める。気合いは充分。太郎平小屋を出たのは午前4時。暗がりの中を歩き始め、まず薬師岳を背にして太郎山へ向かう。曇天のようだが、右手眼下の遥か彼方に富山の街の明かりが宝石箱のようにきらめいて見えている。
なだらかな太郎山を越し、少し下る。まだ真っ暗だ。懐中電燈に映し出されたワタスゲの白い綿毛が妖しく風になびいている。
北ノ股岳への登り返しの頃からようやく明るくなってきて、四方の山々が黒々と姿を現してきた。静かな稜線の山道に座り込み、小屋で作ってもらった朝食のオニギリを食べる。今日の行程、あわよくば黒部五郎小舎の先の三俣山荘まで、と思っていたので、私達にしてみれば超短い食事休憩時間(それでも約30分)で、再び歩き始める。ハクサンイチゲやチングルマの群落が美しい。
しかし、山は矢張り浮気者だ。天空の厚い雲がどんどん降下してくる。薬師や水晶など、四方の山頂部が雲に被われた、と思ったら、あっという間にガスが出てきて、景色は何も見えなくなってしまった。眼の前の雷鳥がキョトンと私達を見過ごす。そして、とうとう雨が降り出した。
北アルプスの中では少数派の、なだらかな山容の北ノ俣岳。その広い砂礫の山頂を通過したのは午前8時を少し廻った頃だったろうか、とにかく何も見えない。幸い風はそれほど強くなく、コースアウトに気をつけて、岩に白ペンキで書かれたマル印(道標)を見落さないように、コンパス片手に、南へ向かって慎重に歩く。岩礫の斜面にはアオノツガザクラが群落して咲いている。
天気予報はそれほど悪くなかったので、雨も何時か止むだろう、と高を括ってカッパの上着だけを着ていたのが大失敗。本降りの雨は一向に止む気配がなく、ニッカポッカや長靴下を伝わって雨水が靴の中へ進入してくる。諦めてカッパのズボンを履いたが、時すでに遅く、靴の中はグチョグチョ状態で先が思いやられた。佐知子は雨の降り初めからカッパのズボンを履いていたので涼しい顔をしている。面倒臭がり屋は山では生き抜けない、との「さとり」…一体何回目の「さとり」だろうか…を得た。
さとりながら、靴音をグチョグチョと鳴らして、いくつかのピークを登り下りする。ヨツバシオガマやミヤマキンポウゲが咲いている。相変わらずチングルマも咲いている。中俣乗越から黒部五郎への登りが始まる。やがて急登、ゴロ石が増えてくる。弱い日差しのせいだろうか、ダンディなトウヤクリンドウは花を閉じている。岩の間にはイワギキョウ(チシマギキョウだったかも)が咲いている。
雨と霧とゴロ石の黒部五郎岳山頂へ着いたのは午前10時頃だった。立ち尽くすこと約20分。矢張り何も見えない。どしゃ降りの雨がカメラのレンズを被い、記念写真も満足に撮れない。視界の悪い時は避けたほうがいい、というガイドブックの教えに従って、稜線伝いのコースを断念して黒部五郎岳の肩に戻り、氷河遺跡のカールを通って黒部五郎小舎へ下る。時折、霧の切れ間から花崗岩の羊群岩やお花畑が見えてくる。かの深田久弥氏が「青天井の大伽藍」と称した…カールの全景を見渡すことができなかったのは残念だったけれど、広くて、とてもいい処を歩いているような気がした。イワツメクサ、アオノツガザクラ、ミヤマダイコンソウ、イワイチョウなどが、所々可憐に咲いている。その度に立ち止まっては小休止。
午後1時10分、コバイケイソウの咲く草原の一隅に黒部五郎小舎はあった。小舎の自炊室を借り、お湯を沸かして遅い昼食、カップラーメンを食べる。ここから三俣山荘まではコースタイムにして2時間30分。行こうと思えば行けたのかもしれないが、この悪天候、少考して諦めた。今夜の宿はここ、黒部五郎小舎と決めた。そしたら急に疲れが出てきた…。
* 黒部五郎小舎: 黒部五郎岳とその東側の三俣蓮華岳との鞍部に広がる五郎平(黒部乗越)に建つ瀟洒な山小屋。最近改装したらしく、割と新しくてキレイだった。50人収容とのことだが、この日は40人くらいの宿泊客だったろうか。前日、前々日の太郎平小屋と同様、ゆっくりとくつろげた。乾燥室は大賑わいだったが…。
談話室のストーブの周りには人が集まり、山談義や山小屋談義に花が咲く。南アルプスの山小屋と比べて北アルプスの山小屋のほうがずっと行き届いている。といった話題などをウトウトしながら遠い耳で聞いていた。
午後4時頃から雨は小降りになり、一瞬霧が晴れた。束の間だったが、眼前の黒部五郎岳をはじめ、その右(北方)の薬師岳や反対側の笠ヶ岳などの景色を垣間見ることができた。北アルプスは、矢張り、何処も彼処もスゴイと思った。
夕食は5時から。おかずに何が出てきたのか忘れたが、品数が多くバランスのとれたものだった。
●第4日目(8/10・曇り): 黒部五郎小舎〜三俣蓮華岳〜新穂高温泉
黒部五郎小舎の朝食は午前4時30分からとのことで、随分と早いのだけれど、長丁場の今日の行程、少しでも時間を稼ぎたいと思い、小舎を出たのは4時丁度、未だ暗かった。佐知子は最新式のヘッドランプ、私は何時もの通り片手に懐中電燈。両手が自由になるヘッドランプの方がいいのは分かってはいるのだが、どうも私はこのヘッドランプが好きになれない。
小舎裏からいきなりの急登が始まる。約40分間、背の低い樹林帯を登り切るとハイマツとシャクナゲの稜線へ出る。黒部五郎岳、薬師岳、笠ヶ岳などの景色が朝焼けに映えて美しい。しかし本日の展望もこれまでだった。あれよあれよという間に厚い雲が垂れ込め、周囲の山々は二度とその姿を現さなかった。今日も“花の山旅”になりそうだ。足元にはヨツバシオガマが咲いている。スズメより一回り大きい小鳥(イワヒバリ)が稜線上の私達を先導する。
朝焼けの笠ヶ岳
三俣蓮華岳山頂
巻き道コースを下る
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小ぶりなゴゼンタチバナがあちこちに小群生している。ハクサンイチゲやウサギギクが美しい。ミヤマダイコンソウやミヤマダイモンジソウも咲いている。チングルマは既に羽毛状で、タカネヤハズハハコはまだ蕾だ。
三俣山荘への道を左に分け、尾根道をなおも登る。午前6時20分、三俣蓮華岳の閑散とした頂稜へ出る。イワツメクサが咲いている。三俣蓮華岳頂上と書かれた標柱の少し奥、砂礫の中に三等三角点の標石はあった。ここは北アルプスの三大主稜線の交わる処で、越中・飛騨・信濃の三国の境界でもある。晴れていれば黒部源流をめぐる山々や槍・穂高連峰などの素晴らしい展望が楽しめる筈だった。しかしとうとう何も見えない。風も出てきて寒くなってきたので早々に山頂を辞す。雨は止んだが霧が深く、当分の間展望は望めそうにもないので、双六岳山頂を通過する稜線コースを断念して、その東側山腹を巻くお花畑コースを選んだ。下り始めて間もなくの処、風の弱い岩陰で遅めの朝食、小舎の弁当(朝食)を食べる。割と美味かった。
この双六岳の巻き道コースが大正解。まさに百花繚乱。ハクサンイチゲやコバイケイソウの大群落は見事だった。岩礫の斜面には一面のアオノツガザクラ。緑の草原にはクルマユリが朱赤色のアクセントをつけている。少し花期の遅れたコイワカガミがここでは名脇役ぶりを発揮していた。標高約2600mの双六小屋へ着いたのは8時35分だった。
双六小屋で牛乳や缶ジュースを飲んだりして30分ほど休憩。ここから下山地の新穂高温泉までは標高差にして約1500m。まだまだ気は抜けない。小さなアップダウンを繰り返しながら徐々に高度を下げていく。四方の山々は霧の中だが、ミヤマトリカブトやニッコウキスゲの小群落などが私達の目を楽しませてくれる。このころから行き交う登山者がめっきり増えてきた。
鏡平山荘前に出たのは11時15分。幾分明るくなってきたが太陽と景色は依然雲の中。風の冷たいテラスのベンチで昼食。佐知子は600円のラーメン、私は700円の牛丼を食べた。牛丼は牛肉を捜すのに骨が折れたが、タマネギ丼だと思って食べたらけっこう美味しかった。テーブルの向かいで一人黙々と山荘名物のカキ氷を食べていた青年がいた。感想を聞いたら「寒くて死にそうです」と言っていた。
槍・穂高連峰の景勝地として有名な鏡池の池畔を通り抜け、潅木帯へ入る。いよいよ本格的な下りの始まりだ。40〜50分ほど下った開けた「シシウドが原」で休んでいると、ツガイの雷鳥が出てきて、しばらくの間私達の目の前をのんびりと散歩していた。
深い谷を見下ろしながら小池新道をなおも下る。道は整備されていて思ったより歩きやすい。下山者はほとんどいないが、登ってくる人が後を絶たず長蛇の列になっている。私達は何回も立ち止まっては長いこと待たされた。そういえば今日はお盆も近い土曜日。これから約一週間、北アルプスも猛烈に賑わうのかな、と思った。
やがて傾斜がゆるやかになり、いくつかの小沢を渡る。暫らく進むと、ようやくのこと、ブナ林に囲まれた左俣林道へ出る。林道沿いのワサビ平小屋で生ビールを飲んでスイカを食べた。何時の間にか空は晴れ渡っていた。 「ちょっと口惜しいわね」 と佐知子がポツンと言った。
右手に蒲田川左俣谷を見ながらエピローグの林道歩き。笠ヶ岳穴毛谷からの岩峰群の眺めが素晴らしい。今日の宿、新穂高温泉「中崎山荘」に着いたのは午後4時20分だった。
明日は一路東京へ帰る。再び都会の猛暑と喧騒の中で、「山」の白日夢を見る毎日が続くことになるだろう。私達の今年の夏休みは終わった。
夏(今回)
冬(H18年1月)
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新穂高温泉「中崎山荘」: 《 井上靖先生の「氷壁」にでてくる新穂高温泉の一軒宿とは、いまの中崎山荘です。》 と、宿のパンフレットに書いてある。先代のご主人が急増する北アルプス登山者のために、きこり小屋を山小屋として開放していたものを、昭和32年に「中崎(なかさき)山荘」としたのが始まりとか。蒲田川上流の川岸、背後に笠ヶ岳の絶景をいただく好ロケーション。白濁の湯は単純硫化水素泉で、総檜造りの内湯、露天風呂とも豊富な湯が滾々と流れ出ている。料理はホオ葉に乗せた飛騨牛の炭火焼など、とても美味しかった。また、露天風呂にはバケツの中に地元で採れたトマトが冷やしてあって、自由に食べることができるのが嬉しかった。私などは入浴の度に一個ずつ食べて、合計5個も食べてしまった。足腰の筋肉が痛く、身体中が疲れていたが、それもこれもゆっくりと癒えていった。1泊2食付き一人16,000円、だった。
中崎山荘のその後[後日追記]
* この3年後(平成17年9月)、再び同山荘に宿泊する機会を得ました。[⇒No.190笠ヶ岳から鷲羽岳と黒岳] 感じのよいご主人と女将は相変わらずで、露天風呂の冷やしトマト食べ放題もこのときのままでした。宿泊料金は少し値下がりしたようで、1泊2食付き一人13,800円でした。
* 平成18年1月に新穂高ロープウェイを利用した際に当地を訪れました。[⇒No.94-2「冬の上高地」] 宿泊はしませんでしたが近くを通ったので写真を撮っておきました。夏季との比較の参考にしてみてください。
* 蒲田川の砂防工事の関係で移転を余儀なくされたそうで、平成22年4月20日に立ち寄り入浴施設として対岸にリニューアルオープンしたようです。[⇒No.290西穂独標]
まず、一休み 薬師岳にて
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クルマユリ 双六岳の巻き道コースにて
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