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No.197-1 三ツドッケから蕎麦粒山川苔山 (冬期)
平成18年(2006年)2月27日〜28日 薄霧


蕎麦粒山 略図厳冬期の奥多摩・都県境尾根を歩く

第1日=JR青梅線奥多摩駅-《バス24分》-東日原〜滝入ノ峰1310m(巻道)〜一杯水避難小屋〜三ツドッケ1576m〜一杯水避難小屋 第2日=一杯水避難小屋〜仙元峠〜蕎麦粒山1473m〜日向沢ノ峰1356m〜踊平〜川苔山(川乗山)1363m〜赤杭山950m〜JR青梅線古里駅
 【歩行時間: 第1日=3時間30分 第2日=6時間50分】
 → 地理院地図(電子国土Web)の該当ページへ


  東京近郊の山域だが、随分前から机上で何回もシュミレーションして、密かに狙っていた厳冬期の山稜があった。 それを恐る恐る、「奥多摩北部の都県境尾根を歩いてみないか」 と切り出してみた。 そしたら妻の佐知子は即座に、「ロングコースでアイゼン使うと疲れるし、2日間だと自炊の避難小屋だし、今年の冬は寒いし…」、と拒否の反応を示した。
  しかし私の意気は盛んで、満を持して単独行に踏み切った。 本格的な春がもうそこまで来ているようなぐずついた空模様の毎日だったが、天気予報にようやく「晴れマーク」がついた2日間を選び、いそいそと出掛けた。
  ところが、結果論だが、天気予報は大ハズレ。 その2日間とも奥多摩の山々にはガス(霧)が充満していた。 霧氷のついた明るい雑木の稜線などはとてもよかったのだが、こと展望に関しては、霧に包まれた「ザンネーン」な山行になってしまった。 「山」はやっぱり行ってみなくてはわからない。 佐知子のせせら笑いが、今も私の耳に聞こえる…。

  第1日目(2/27): JR青梅線の終点・奥多摩駅前から10時15分発の日原(鍾乳洞)行き西東京バスに乗る。 行き交う車もない静かな山間をゆっくりと走ること約25分、閑散とした東日原で降りる。 ポツンと一人残されたような寂寞を感じながら、案内図を確認したり準備体操をしたりして、歩き始めたのは11時頃だった。 2日分の食料や水やシュラフなどで40リットルのザックはパンパンに膨れ上がっている。
ステキな自然林です
稜線のミズナラ林

狭い山頂はホワイトアウト・・・
三ツドッケの山頂
  車道を少し進み、道標に従って山道へ入る。 見下ろすと日原川に沿った谷間の街並みがひっそりと佇んでいる。 薄暗いスギの植林地帯をひたすら登る。 標高差で1000メートル近くある今日の行程、あんまりのんびりともしていられない。
  冬枯れの雑木帯(自然林)が現れ始めると間もなく稜線(ヨコスズ尾根)へ出てゆるやかな道になり、滝入ノ峰の東側を巻いて徐々に高度を上げる。 辺り一面を薄霧が覆い、幻想的な森林風景になってきた。 落葉がサクサクと足音を立てている。 その落葉のほとんどは、これは葉柄がない(極端に短い)から、コナラではなくてミズナラだ。 なんだか嬉しくなってきた。 ブナやリョウブ、潅木のツツジ類なども交じり、予想以上にステキな林相だ。
  途中で昼食休憩などをとったりして、長沢背稜との分岐でもある「一杯水避難小屋」へ着いたのは午後2時30分頃だった。 小屋の煙突から煙が出ていたので中を覗いてみたら、3人の中年女性が薪ストーブに火をくべていた。 話を聞くと7人のパーティーとのことで、残りの4人は三ツドッケ(天目山)へ向かっているとのことだった。 「今晩泊まりますのでよろしくお願いします」 と挨拶してから、ザックを軽くして私も予定通り三ツドッケ往復を試みた。
  酉谷山(とりだにやま)方面へ向かって細いトラバース道を暫らく歩いていると雪が深くなってきた。 人間の靴跡は無くて動物(キツネかな?ノイヌかな?)の足跡だけなので、なんだか怖くなって引き返したら、小屋のすぐ裏手に三ツドッケへ直接登る稜線ルートがあって、こちらには先行の4人分のトレースがついていて積雪も大分少ないようだった。
  凍結していてちょっと危ない岩場もあったので慎重に登った。 途中で4人とすれ違い、一言二言会話した。 ガスのため展望は無かったが、3等三角点のある三ツドッケの狭い山頂を極めたことに満足して踵を返した。 滑りやすい下りの復路は、上りと同じ30分がかかってしまった。

* 三ツドッケ(天目山)1576m 埼玉県と東京都の境(長沢背稜)にある雄峰。 三ツのピーク(ドッケ)をもつことからこの名がついたとのことで、3等三角点は中央のピークにある。 その狭い山頂は樹木やスズタケなどに囲まれているが、南側が開けていて、せり出した岩上からは(晴れていれば)鷹ノ巣山などの奥多摩の山々やその左肩に富士山が望めるという。
  最新の国土地理院の地形図では「天目山(三ツドッケ)」と表記されているが、同じ長沢背稜上の酉谷山(とりだにやま・1718m)も天目山と呼ばれることがあるそうだ。 昔はこの辺り一帯を漠然と“天目山”と呼んでいたのかもしれない。 現地の道標や山頂標識などは「三ツドッケ」に統一されていたようだ。 山名のユニークさからも、私はそのほうがいいと思うが…。

小屋の右奥に三ツドッケへの直登コースがある
一杯水避難小屋
* 一杯水避難小屋: 芋ノ木ドッケ(雲取山方面)から東へ続く都県境尾根(長沢背稜)と日原へ南下する枝稜(ヨコスズ尾根)との分岐、標高約1450mの小平地に建つ瀟洒な無人小屋。 三ツドッケの南側に位置するので東京都奥多摩市に属する。 蕎麦粒山方面(東)へ少し進んだ処に「一杯水」の水場があるが、もともと水量が少なく、特にこの季節は全然あてにならない。 小さな小屋(収容20名程度)だが、厳冬期でも週末にはけっこう混むらしい。 入口の土間にダルマ型の薪ストーブがあって、これがなかなか快適だが、薪を拾うのがひと仕事だ。 この日も7人組のパーティーが早くから薪拾いをしていたらしく、単独で後着の私はその恩恵にあずかってしまった。 もっとも、この日の私は「貸切状態」を覚悟の上での一宿だったので、面倒臭い薪ストーブを使う予定はさらさらなく、ザックやツェルトや非常用の銀紙など、もってきたものをすべて使って、更にアルミ製の水筒にお湯を入れて“湯たんぽ”にして夜の寒さを凌ぐつもりだった。 幸か不幸かこの日は、7人組のおかげで、スリーシーズン用のシュラフとシュラフカバーだけで、未明はちょっと寒かったが、何とかなった。

  お湯をさして約20分すると出来上がる即席赤飯(20分間が何故“即席”なの?)を食べ終わってから外へ出てみると、夜のとばりが既に降りていて、ひんやりとした霧の中に周囲の樹木たちが亡霊のように立っていた。 ブルブルと身体を震わせて、慌てて部屋の片隅へ戻りシュラフに包まる。 7人組の歓談を遠くの耳で聞きながら、私は6時には、もう夢の中だった。


  第2日目(2/28): 未明の4時半には完全に目が覚めてしまった。 まだ熟睡中の7人組には悪いと思ったが、ゴソゴソと起き出してコンロでコーヒーを沸かしたりインスタントのスパゲッティ・ソル・レオーネを作った。 熱いスパゲッティを音を立てないように食べるのは日本人の私にとっては至難の業だ。 暗がりの中で鍋から直接ズルッズルッと麺を啜る様は、自身で云うのもおかしいが、かなり不気味な光景だったと思う。
  食事が終わって暫らくしたら明るくなり始めたので、身支度して小屋を出た。 このころようやく7人組も起き出してきた。 小屋の表玄関口に備え付けられている温度計によると、外気温は摂氏マイナス約6度。 幸いに風は無く寒さはそれほどでもないが、今朝も辺り一面を晴れそうもない霧が覆っている。 歩き始めたのは6時近くになっていた。 ミズナラやブナなどの樹木に張り付いた霧氷がとても美しい。
ザラメ状の箇所も多かった
凍結している尾根道

尾根道にて
シカの足跡だらけ

左隅の三角形の岩が名物の火打石
蕎麦粒山の山頂
左に火打石

ボロボロの小屋でした
川苔小屋

セルフタイマーで一人寂しく「はい、ポーズ・・・」
川苔山の山頂
  蕎麦粒山(そばつぶやま)へ向かってなだらかな道を歩き始めて間もなく、慎重に歩いていたのだが、思いっきり滑って転んで痛い目と怖い目にあった。 積雪量はそれほどでもないのだが、道の所々がカチンカチンに凍結していてスケート場になっている。 半回転ジャンプの着地失敗、といったところで、まったくサマにならない「予選落ち」だ。 慌てて軽アイゼンを着けたら、今度は楽しく安全に歩くことができた。
  この主稜線の登山道も、最近は歩かれていないようだった。 ザラメ状の雪上にはトレース(靴跡)が無く、その代わりにたくさんの動物の足跡がついていた。 なんとはなくその足跡を辿ってしまうと、ときたまとんでもない藪の中へ導かれてしまうので注意が肝心だ。 写真を撮っておいたので帰宅してから調べてみたら、イノシシやカモシカにも似ているが、思ったとおりニホンジカの足跡に間違いはなさそうだ。 林床のスズタケの葉などを餌にして、シカたちも必死に生きている。
  モノトーンの風景の中でその緑葉がひときわ際立って見える背の低い木があった。 常緑広葉樹のアセビ(馬酔木)だ。 猛毒の葉をもつことゆえに動物たちの食害から身を守って、その命を永らえてきたのだろう。 わずかに霧氷を貼り付けて、長細い葉が枝先に集まって垂れている様は、しかし、いかにも寒そうだった。
  時折小雪がぱらついたりして、天気は一向に回復の兆しを見せない。
  仙元峠で秩父鉄道の浦山口駅へ向かう尾根道(仙元尾根)を左に分け、主稜を更に東進する。 凍結箇所は少なくなり、ザラメ状の雪道や霜柱のサクサク道が多くなってくる。 もっと気温が高くなると、それらが融けてグチャグチャ道になることを思うと、この程度の寒さが冬の山道を歩くのに丁度いいのかもしれない。 雑木の尾根は明るくて気分がよい。
  蕎麦粒山の山頂も霧に包まれていた。 もうとっくに山岳展望をあきらめていたので、傍らにある尖った岩(火打ち石)をしみじみと観察したり、3等三角点の標石を確認したりして、早々に山頂を辞そうと思ったまさにそのとき、前方の霧が一瞬すーっと引き、防火帯の広い尾根道の彼方に川苔山(川乗山)などの近景が薄っすらと見えてきた。 しかし、それはほんの10秒間くらいのことで、再び濃い霧が立ち込めると、近隣の山々は二度とその姿を現さなかった。
  日向沢ノ峰(ひなたさわのうら)で棒ノ折山への道を左に分け、踊平(おどりだいら)でも大丹波(奥茶屋方面)への道を左へ分ける。 曲ヶ谷ノ頭北峰で古里(こり)駅へ下る道を確認して更に直進すると、鳩ノ巣方面との分岐でもある川苔山の東ノ肩へ出た。 ここには今にも朽ち果てそうな無人の休憩小屋(川苔小屋)が建っている。 ここから川苔山の山頂まではわずかな距離だけれど、アイスバーンが顕著で傾斜もきつくなるので、蕎麦粒山の下りで外していたアイゼンをここで再び装着した。
  本来は展望に優れ、それ故に人気の川苔山の山頂も、今日は霧に囲まれてしーんとしている。 期待していた展望を得ることができず本当に「ザンネーン」なんだけれど、私はセルフタイマーで記念写真を撮ったり、40年代フォークのシモンズの歌 (こ〜い〜びともいなぁいのに〜♪) を口ずさんだりして、1時間近くもの間、けっこう一人ではしゃいでいた。 コンビニのアンパンや昨日の食べ残しのハッサク(ミカン)も旨かったし、サーモスのコーヒーもまだ熱かった。
  川苔小屋へ引き返すと、例の7人組が到着していて、小屋の中で食事をしているようだった。 彼らは川苔山山頂往復はやらず、これから鳩ノ巣へ下山する予定だという。 今回の山行で出会ったのはこの7人組だけだったので、知らずのうちに連帯感と云うか親近感が湧いてくる。 軽く挨拶してから、更に曲ヶ谷ノ頭(北峰)まで戻り、すぐ近くの南峰や狼住所(おおかみすんど)と呼ばれる謂れ因縁のありそうな箇所を通過して、一路赤杭(あかぐな)尾根をひた下る。
  春には東の斜面にニリンソウやカタクリが咲くという赤杭尾根だが、その下りが矢張り長かった。
  下り始めて間もなくの頃、小鳥(ヒガラだったかな?コガラだったかな?)が群れをなして飛んできて、大きなミズナラの枝にとまった。 暫らくじーっとしていたが、根競べに負けて歩き出したらその小鳥たちが一斉に飛び立った。 ちょっと壮観だった。
  随分と下った桃ノ木平の辺りで下界から人工音が聞こえてきた。 それはかなり大きな音だったが、オートバイや大型自動車のエンジン音でもないし、木を切るチェーンソー(電動ノコギリ)の音でもない。 どうやら、入川谷の採石場で石灰岩を切り出している機械音のようだった。
  巻き道もあるけれど、3等三角点のある赤杭山(あかぐなやま・950m)の山頂も一応確認した。 雑木に囲まれた、辺り一面落葉だらけの地味な山頂だった。 地形図には「赤久奈山」と記されているけれど、やはり「赤杭山」が正しい表記であるらしい。 採石場からの断続的な機械音が益々うるさい。
  雑木林やヒノキ林や、ちょっと危ない斜面の崩壊箇所も通り抜け、ドスンと降りた処は静かな山里だった。 車道を10分ほどもダラダラと下ると無人の古里(こり)駅へ着く。 東京都最北の駅である。 間もなく電車が到着して、山歩きの余韻に浸る暇もなく、あれよあれよという間に私は車中の人となった。 JR青梅線古里駅・午後3時15分発の上り普通列車だった。

* 蕎麦粒山(そばつぶやま・1473m) 長大な都県境尾根(東京都奥多摩市・埼玉県秩父市)のほぼ中央に位置する3等三角点(点名:仙還)の山。 そのピラミダルな山容から蕎麦粒山という名がついたとのことだが、山頂にある尖った岩がその山名の謂れであるとも聞く。 その尖った岩は150cmほどの背丈の火打ち石で、ここから秩父側では蕎麦粒山を火打山とも呼んでいるそうだ。 また、古い呼び名に三角山というのもあるらしく、この山の名も、やはり少々ややこしい。

* 川苔山=川乗山(かわのりやま・1363m) 小広い山頂からは雲取山などがよく見えるという2等三角点の山。 東京都奥多摩市に属する。 面白いのは三角点の点名だ。 山頂に火打ち石があるのは蕎麦粒山だけれど、この川苔山の三角点の点名が何故か「火打石」となっている。 その点名の謂れについては、申し訳ないが、全然分からない。
  私が持っている古い地形図では「川乗山」となっているが、国土地理院のHPで最新の地形図を閲覧して調べてみると、何時の間にか「川苔山」に訂正されていた。 その西面(川苔谷)で川海苔を多く産したことによる山名、ということからすると矢張り「川苔山」が正しいらしい。 ただし、山から伐り出した材木を筏に組んで(乗って)操る「川乗」に由来する、という説も有力らしい。 どうも、特にこの山域については、国土地理院の“迷い”があるように感ずる。 そんなことから、もしかしたらこの川苔山の三角点名(火打石)も間違いじゃないだろうか、と思えてしまう…。 ちなみに、近くの赤杭山(誤:赤久奈山)はまだ訂正されていないようだが、それにもなにか“因縁”があるのだろうか。
 → この後、国土地理院の地形図(電子国土Web)では再び「川乗山」と再訂正されています。 二転三転…、なぜだろうなぜかしら…?? もうこうなったらどっちでもいいや! [後日追記]

松乃温泉: 古里駅の隣り(青梅方向)の川井駅から歩いて約10分の処に松乃温泉「水香園」がある。 この日、私は疲れていたのかなぁ、川井駅をやりすごしてしまって、「松乃温泉」には立ち寄らないでしまった。 本項の下山地(古里)からは歩いてもたいした距離ではないので、最初から歩けばよかったと少々後悔している。 予約又は確認の電話が必要という面倒はあるが、なかなか魅力的な温泉なんだけれど…。
* その後、同コースを辿って川井へ下山しましたが、そのときは松乃温泉へ立ち寄りました。[→次項・Part2
  松乃温泉については No.121本仁田山 の項も参照してください。


三ツドッケから酉谷山と天祖山 この3年後(H21年4月)、一杯水避難小屋に1泊して反対側の長沢背稜を縦走したときの山行記録です。
三ツドッケから蕎麦粒山と川苔山(初夏) この5年後(H23年6月)、本項とほとんど同じコースを歩きました。 そのときの山行記録です。



登山道は凍結
小屋付近の霧氷
蕎麦粒山山頂から川苔山方面を望む
一瞬、霧が晴れた…
蕎麦粒山山頂から川苔山方面を望む



*** コラム ***
2005年(H17年)の「奥多摩・山賊事件」について

  この一杯水避難小屋とその周辺を舞台に、昨年の初夏、「山で出会う人はみんないい人」という山での常識を覆す、未曾有の強盗傷害事件が2件続けて(5/26と6/8)起こっている。 何れも同一犯(55歳)によるもので、高齢の単独ハイカーを狙った「金」が目当ての犯行だったらしい。 被害者の老人ハイカーは杖や鉈で頭部を打たれ、顔面血だらけだったと云う。 幸いに二人とも一命はとりとめて、犯人も第3の犯行を犯す直前(6/18)に当地の山岳救助隊員の機転で逮捕されたらしい。 山道で出会って会話をしたりいっしょに歩いたりした直後や、同じ避難小屋へ泊まった翌朝に、何の理由もなく杖や鉈で殴られたり崖から突き落とされたりした恐怖はいかほどのものだったかと、戦慄して推測する。
  同年の11月4日、東京地裁八王子支部で判決公判が開かれ、裁判長は「身勝手極まりない犯行」・「一人歩きの高齢者を狙い、一方的に暴行を加える危険かつ悪質な犯行。平穏に登山を楽しんでいた被害者の精神的苦痛や、他の登山者に与えた衝撃も大きく、結果は重大」 として、懲役10年の有罪判決を言い渡した、とのことだ。
 
* 記述に当たっては月刊誌「山と渓谷・2006年4月号」の記事等を参考にしました。

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