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No.235 大野山723m(西丹沢前衛)
平成19年(2007年)12月26日 小春日和・・・かな?

大野山・略図
自然と人工物が“共生”する美しい風景…

小田急線新松田駅-《バス18分》-大野山入口〜古宿・共和小学校〜大野山登山口・地蔵岩〜犬クビリ〜大野山〜嵐〜JR御殿場線谷峨駅 【歩行時間: 3時間30分】
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 クリスマスが終わって街が正月の準備にかかったころ、急に富士山が見たくなって一人でぶらっと出かけてみた。いつもの相棒(妻のこと)は年末の片付けやら正月の準備で忙しそうだ。

 小田急線の新松田駅北口から9時35分発の西丹沢自然教室行きのバスに乗り約20分、閑散とした大野山入口バス停で降りる。指導標に従ってアスファルトをひたすらダラダラと登る。バスの車窓からも道の所々からも、西の方向に、白銀に輝く富士山がチラチラと見え隠れする。
登路から望む大野山
大野山

大野山の山頂:モヒカン刈りのような桧林・・・
モヒカン刈りの山頂

コナラやクヌギなどの二次林
雑木林の下山道

東名高速道が走る山里の風景
谷峨の里

三角屋根の駅舎
谷峨駅に到着!
 その富士山が大きな屏風のようになって正面にドカーンと上半身を見せたのは、坂道の途中にある共和小学校を右に回り込んだときだった。毎日大きな富士山が見放題のこの小学校の児童たちを羨ましいと思った。もう冬休みに入っていて辺りはし〜んとしていたが、富士を仰ぎながら元気よく校庭を駆け廻る子供たちの姿が目に浮かんだ。
 前方に、頭を“モヒカン刈り”にしたような大野山の山頂部がはっきりと見え始めた。
 車道を左へ見送り登山口から待望の山道へ入るとすぐ、左の脇道に「地蔵岩観音・水子地蔵尊」と書かれた手製の標識が立っていたので立ち寄ってみる、と初老の男性が一生懸命に数体のお地蔵様の辺りを掃除していた。 「ご苦労さまです」 と声をかけたら笑顔で振り向いてくれて、この道をこのまま行けばすぐ先で本道に合流するよ、と教えてもらった。尋ねなかったけれど、この初老の男性が手製標識の作者であることは間違いないと思う。この日(あとから思うと)この山中で出会った唯一の人間だった。
 スギ、ヒノキの植林地帯からコナラ、クヌギ、モミ、カシ、アオキなどの雑木林(天然林)に変わって暫く、何時の間にか広々とした牧草地帯の只中を歩いている。牧柵に沿って長い擬木階段を登り終えると、予想通り、舗装道や駐車場などがあった。車でここ(山頂の少し手前)まで登れてしまう、というのが何といってもシャクに思う。しかし、これも予想した通り、素晴らしい展望が広がった。
 北側にある丹沢湖方面への分岐にもなっているこの辺り(山頂の東側)を「犬クビリ」と呼んでいるそうだ。この地名の謂われは、昔、人を襲った犬(狼)をここで罠を仕掛けて退治(縊る=くびる=絞め殺す)した処、ということだそうだ。ちょっと物騒な話ではある。
 大野山山頂一帯は乳牛育成牧場になっている。神奈川県のサイト⇒ここをクリック)の説明によると “県内各地の酪農家から6ヶ月の雌牛を預かり、よい環境の牧場で1年から1年半ほどの間飼育して、人工授精により妊娠した牛を酪農家のもとに返す” というシステムの牧場であるらしい。冬期(11月〜3月)は牛舎で飼育される、とのことで、この日の牧場はひっそりとしていた。動物のいない牧場、というのは何故か哀愁を誘う。
 車止めのゲートからなお10分ほども桜並木のアスファルトを登ると、そこが広い山頂で、あずま屋、石祠(竜集大権現)、「関東の富士見百景(国土交通省)」の銘板などがあった。展望は一層良くなった。大きくて真っ白な富士山は勿論のこと、丹沢や道志や箱根などの山々が手に取るように近くに見えている。冬枯れのヤマザクラの木の下で、コンビニのオニギリを食べながら、登山地図や地勢図(20万図)と首っ引きで山座同定した数十分間は至福の時間だった。
 少し寒くなってきたので、辺りをもう一度ぐるっと散歩したりして、後ろ髪を引かれながら静かな山頂を辞した。そのときに分かったのだが、登路から見えていた山頂部のモヒカン刈り(樹林)の正体は、西側にあるヒノキの人工林だった。
 そのモヒカン刈りのヒノキ林の脇を通り、富士山を右手に眺めながらグングンと下る。道もしっかりしているし指導標も完璧で、何の心配も無い。 途中、都夫良野(つぶらの)の頼朝桜(ヤマザクラ?)を見物した。明治期に台風で倒れ、ヒコバエから大きくなった2代目とのことで大きさも迫力もそれほどでもなかった。
 嵐集落を抜けて谷峨(やが)の里へ下る。
 この地は東名高速や国道246号線やJR御殿場線などが入り組んでいる交通の要所となっている処であるらしい。大野山の南麓には交通渋滞で有名な東名高速道の都夫良野トンネルが通っていて、その西側の出口から谷峨の里を横切る高架橋がよく見渡せる。その赤と白の高架橋の景色は、まるで田園風景に襲いかかる巨大な竜のように見えた。しかし不思議なことに、それらの近代的な建造物と昔ながらの穏やかな谷間の田園風景の対比が、妙に釣り合っていて美しく見えているのだ。老(トシ)なのかなぁ…、自然と人工物とが“共生”する風景に、もはや私は、強いアレルギーはなくなってきているようだ。共生…共に生きる…共に生きていた…、それは意識して初めて感じる類いのものかもしれないが、なんと心地よい響きだったのだろうか。
 酒匂川に架かる歩行者専用の長い吊橋を渡り、三角屋根の谷峨駅(無人駅)に着いたのは午後2時40分頃だった。幸か不幸か、それほど待たずに上り電車が到着した。このJR御殿場線はJR東海の鉄道路線なのでSuica(JR東日本の乗車カード)が使えない。で、整理券をとって車中の人となる。このままJRを乗り継ぐ帰路でもよかったのだが、3駅先の松田駅から小田急線に乗り換えた。電車賃がずっと割安になるということもあったけれど、小田急線の鶴巻温泉駅で途中下車して日帰り温泉入浴を楽しむ、という目的もあった。いい気分で山の汗を流して、風呂上りのビールを飲んで、それから心して師走の街へ帰ろう、というわけだ…。

鶴巻温泉「弘法の里湯」: No.194-2夏の鍋割山 の項を参照してください。



大野山山頂からの展望
手前の右端は不老山
薄ぼんやりと、まるで小春日和
左から菰釣山、権現山、畦ヶ丸・・・
丹沢湖方面


再び 大野山 平成23年(2011年)11月26日 高曇り

上り切った処が「犬クビリ」です
長い階段を上る

この日の参加者は13名でした
大野山の山頂にて
 秋色八分の日、山の仲間たち山歩会をお誘いして、同コースで大野山を楽しんできました。
 すっきりとした空模様の朝だったのですが、山頂に着いた頃には富士山方面に厚い雲が出てしまい、それがちょっと残念でした。でも、丹沢や箱根の山々は終始よく見えていました。そして今回も感じたことは、山頂部の明るく開けた牧場風景や下山地の谷峨の田園風景がとてものどかで心が和んだ、ということでした。大野山は、私たちのようなのほほん中高年ハイカーでも安心して楽しく遊べる、ありそうで案外と少ない、貴重な“憩いの里山”なのかもしれません。

 履歴や家庭環境など、それぞれが全く違った人生を歩んできた人たちが、山に登るというただそれだけの同じ目的で参集し、森の新鮮な空気を吸ったり美しい景色を眺めたりして共に楽しいひとときを過ごす、って、やっぱりとても良いことだと思います。今回メンバーの最高齢は74歳。年々歳を重ね、当会も高齢化の波が押し寄せています。 「安全第一に、さらにゆっくりと、歩ける限りは歩こうね」 と、家が近くなり二人だけになった帰り道、いつもの通り繰り返して確認し合う私達夫婦でした。

* 今回も帰路に小田急線の鶴巻温泉駅で途中下車して予定通り「弘法の湯」で“打ち上げ”をしたのですが、紅葉シーズンの土曜日ということもあって、それこそ“芋洗い”状態でした。今回気が付いたのですが、御殿場線の山北駅の裏側に「山北町健康福祉センター・さくらの湯」という日帰り入浴施設があるようで、本項と反対コースで歩いて山北駅に下山する、という手がありそうです。今度いつか機会があったら試してみたいと思いました。

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