No.349 ユーシンから蛭ヶ岳〜丹沢三峰 平成28年(2016年)9月27日〜28日 |
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【歩行時間: 第1日=6時間40分 第2日=6時間30分】 → 地理院地図(電子国土Web)の該当ページ[蛭ヶ岳] 檜洞丸、蛭ヶ岳、丹沢山、塔ノ岳、鍋割山、…といった丹沢山塊の錚々たる峰々に端を発する玄倉(くろくら)川の流れる谷を、何時頃からなのだろうか「ユーシン渓谷」と呼んでいる。ユーシン(湧深・湧津)というのは、丹沢湖に流れるその玄倉川の上流部の地名であるらしく、つまり(今は休業中の)ユーシンロッジのある辺りをさすらしい。「丹沢の秘境」と呼ばれているこの地を、前々から歩いてみたいと思っていたのだけれど、なにやかやでずっと縁がなかった。 今回はそのユーシン渓谷からアプローチして丹沢の最高峰・蛭ヶ岳に登り、翌日は丹沢山から丹沢三ツ峰を経由して宮ヶ瀬湖畔に下山する、という私にとっては超ロングコースに挑戦してみた。山の友人を誘ってみたけれどあっさりと断られたので、仕方なく今回も単独行と相成った。 ●第1日目(9月27日・曇り) もうバテバテ・・・ 早朝の電車の座席で、へんに酸っぱくてへんな臭いのするコンビニサンドイッチを食べる。いつも食べてから後悔するのに、見た目が美味しそうなのでついつい買ってしまう。…などと心の中でブツブツ云いながら、ドライアイの目薬を点ける。北側の車窓に目をやると、表丹沢の山々はその上半身を雲に包んでしまっていて…、ますます気が滅入る。今年の秋雨前線は本当にしつこい。 小田急線の新松田駅前から7時15分発の西丹沢自然教室行きのバスに乗り、丹沢湖畔の玄倉バス停で降りたのはちょうど8時頃だった。閑散とした湖畔の道を北へ進み、玄倉川の左岸に沿った静かな(一般車は通行禁止の)玄倉林道へ入る。玄倉第一発電所と砂利の採石場を過ぎ、小川谷出合いで「西丹沢県民の森」へ続く道(通行止めになっている)を左に分け、暫く進んで車止めのゲートをすり抜ける。シラカシやウラジロガシなどの照葉樹も少し交ざるけれど、多い樹種はフサザクラで、ミズナラ、イロハモミジ、ヤマハンノキ、シデ類なども目立っている。ユーシンロッジへ続くこの林道(ユーシン渓谷ハイキングコース)は新緑や紅葉が特に美しいと云われているが、さもありなんと思う。道端のあちこちにはイワシャジンやシラヒゲソウが美しく咲いていて、シロヨメナなどの野ギクの類やホトトギス(ユリ科)もよく咲いている。心はうきうき、とてもいい気分。山へ来るといつもそうなのだが、ドライアイの目薬は必要なくなるから不思議だ。 熊木沢出合の分岐までには9つのトンネルを潜ることになるのだが、その2番目の新青崩(あおざれ)隧道は(銘板によると)全長327mで特に長く、しかもトンネル内でカーブしているので真っ暗だ。懐中電灯で“へり”を照らしながらゆっくりと前進するのだが、お化けが出てきそうで、正直云ってとても怖かった。この新トンネルは5年前(H23年10月)に完成したそうだが、それまでは左側に並行する旧トンネル(青崩隧道=2号隧道)を利用していたという。その旧トンネルのひび割れが原因で(H19年2月から)玄倉林道の通行止めが始まったと聞いている…。 玄倉ダムを過ぎ、(H19年4月から)営業休止しているというユーシンロッジへの道を左に見送って、檜洞丸方面への道標に従う。最後の短いトンネル(素掘)を抜けると熊木ダムで、ここから見下ろしたダム湖の透き通った薄青緑色が特に美しい。“ユーシンブルー”というそうだ。 しかし長い林道歩きだ。途中2回ほど休憩したが、熊木沢出合の分岐を左へ下ったのは11時30分頃。景観が良いので苦痛ではないけれど、標高差約460mのだらだら上りを正味3時間ほど歩いたことになる。苦痛ではないけれど…、常日頃の鍛錬不足の私は既に相当な疲れを感じ始めている。 箒杉(ほうきすぎ)沢に架かるコンクリートの橋は、その橋脚手前の盛り土の一部が流されてしまっている。「落っこち橋」と呼んでいる人もいるようだが、面白いネーミングだと思う。備え付けられているアルミの脚立を利用して「よっこらしょ!」と上って渡り、熊木沢の左岸に出る。つまり箒杉沢と熊木沢がここで出合って玄倉沢になっているのだ。辺りの河原にはフジアザミが形よく咲いていて目の保養になる。少し進むと右側に小さな(字が擦れていて、見過ごしそうな、頼りない)指導標があって、そこを右折して棚沢ノ頭へ向かう急坂を登る。ようやく山登りらしくなってきた。 “尾根に乗る”という少しかっこつけた言い回しがあるが、このときが正にそんな感じだった。急坂を数分も登ると盆沢相ノ尾根に“乗り”、暫くはスギ・ヒノキの人工林が続く。右側の谷(東側の箒杉沢)からも左側の谷(西側の熊木沢)からも瀬音が聞こえてきて、これはハイファイ・ステレオだ。道のやや分かりづらい箇所もあるけれど尾根筋を外さなければ大丈夫。思ったよりも踏み跡はしっかりしている。 モミやツガが多くなってきて、ブナも交ざり始める。中低木層には例のアセビが顔を利かせている。何時の間にか傾斜のゆるんだいい感じの山稜を歩いているが、弁当沢ノ頭と呼ばれる地点はこの辺りだろうか。標識がなかったものか見過ごしたものか、知らずのうちに通り越す。そして再び傾斜が増してくる。 橙色に熟したヤマボウシの実がたくさん落ちていたので、それをおやつ代わりに何粒も口へ放り込む。檜洞丸や塔ノ岳などの近くの山々が樹林の隙間から見え隠れしているが、残念なことに肝心の蛭ヶ岳は終始雲の中だ。足元には相変わらずイワシャジンや野ギクの類が可憐に咲いている。リンドウもきれいに咲いている。 樹高が低く疎になってきて、岩っぽくなってくる。この地の白っぽい岩は石英閃緑岩(火成岩の一種)であるというが、そんなことはもうどうでもいい。バテバテだ。 主稜線が近くになってくるとノイバラや(トネ?)アザミの棘が身体にふれてチクチクと痛い。そのノイバラには赤くて小さな実(ローズヒップ)がたくさん生っているが、それを観賞している余裕もこのときの私にはない。…やがてガスってきて、視界は閉ざされる。 ようやく主稜線(棚沢ノ頭)に出てホッとした。ここから鬼ヶ岩ノ頭を通過して蛭ヶ岳山荘まではササ原の明るい山稜を1時間ほどの歩程だ。気合を入れ直して、しかしゆっくりと慎重に進む。 足元に咲くリンドウやダイモンジソウに励まされてしっかりと歩いたけれど、蛭ヶ岳山荘に着いたのは16時を少し過ぎてしまった。「遅くなってスミマセン。もうバテちゃって…」 と云ったら、小屋番さんはニコニコして、私を温かく迎え入れてくれた。 * 蛭ヶ岳山荘: 蛭ヶ岳の山頂部に建つ41人収容の山小屋。H9年11月に建て替えたそうだが、私が初めてこの山を通過したときはちょうどその建築中だった。しかもそれが今回と全く同じ日(H9年9月27日〜28日)の山行だったのだから、偶然とはいえ感慨深いものがある。…もう19年も昔のことなのだなぁ…。(→No.50丹沢主脈縦走) H21年4月からはNPO北丹沢山岳センターが管理運営を委託されているという。私と同じくらいの歳の(つまり団塊世代の)2名の管理人(小屋番さん)が交代で務めている。この日お世話になったのは話好きの東城進紀さん。泊り客は私を含めて(何れも単独の男性)4名で、ゆったりと過ごすことができた。4名ともそれぞれ別ルートを選んでいた、というのが丹沢の奥深さを物語っているようで、面白いと思った。缶ビールがギンギンに冷えているのがいい。トイレがきれいなのもとてもいい。 ラッキーなことに、夕まずめには西側の天空が晴れ渡り、山荘の窓からは夕日をバックにした富士山が雲海から顔を出して、美しいシルエットになっていた。カレーライスの夕食後には東側の霧も消えて、相模原の辺りだろうか、の街明かりが宝石箱のようにきらめいていた。 蛭ヶ岳山荘のホームページ ●第2日目(9月28日・曇り) ヤマビルだ! 5時30分からの蛭ヶ岳山荘の朝食をかっこんで、小屋番さんにお礼を言ってから、歩き始めたのは6時頃。気温は摂氏15度ほどで、この時季の朝としてはかなり暖かいらしい。まず山荘裏にある蛭ヶ岳の山頂標識を再度確認したけれど、残念なことにガスっているので、ここからの定評のある山岳展望を得ることはできない。 じつはこのときまでかなり悩んでいた。昨日はバテバテになってしまったので、自分の体力に自信がもてなくなっていたのだ。それで最短の下山コースと思われる道志川の流れる東野方面へこのまま下ってしまおうか、どうしたもんじゃろのぅ〜と迷っていたのだ。しかし今朝の体調が案外と良いので、当初の計画通り〜丹沢山〜丹沢三峰のコースで下山することにした。私としては勇気ある男らしい決断だ。自分自身をほめてあげたい。 昨日歩いた道を棚沢ノ頭まで戻り、不動ノ峰を越えて丹沢山の懐かしい山頂を踏む。しかしシーンとして、何処も彼処もガスっている。ここから丹沢三峰方面へ下山し始めると、その霧にかかった森の様子が幻想的で、もううっとり。私は幻覚剤や麻薬などを試したことは一度もないけれど、このときの私の心境はそんなものであったかもしれない。そう…、暫くずっとブナ・ツガ・モミの自然林で、これが4年前の春に歩いた天王寺尾根コース(→No.297塩水橋から丹沢山)を彷彿とさせる、つまりとてもよい感じの(夢見心地の)森林浴コースだったのだ。霧にむせぶその森は…、霧に包まれているからなおのこと、ものすごく美しい。 …しかし、下りとはいえ幾つもの峰々をアップダウンするこの下山路に、今日もバテバテだ。なので植物観察は殆どできなかったが、丹沢三峰の西峰(太礼ノ頭)〜中峰(円山木ノ頭)と下って3番目の東峰(本間ノ頭)で大休止をしたときに、辛うじて書き留めたメモが残っている。 「ブナ、ヤマハンノキ、ハリギリ、グミ、ヤマボウシ(実)、アセビ(多い)、ツツジ類、コアジサイ…三等三角点あり。」 ほとんど樹種名だけでコメントは何もない。やっぱり相当に疲れていたようだ。 クサリもあって少し岩っぽい「金冷シ」を通過するが、ここは慎重に歩けば問題はない。このころから霧は消えたけれど気温はますます高くなってきて、水分補給が頻繁になってくる。汗で体中がびしょびしょだ。 高畑山は巻道を通らずに正直に登ってみたけれど、山頂部にある筈の三等三角点の標石が見えないほど、テンニンソウ(シソ科の多年草)が一面に生い茂っていた。地形図とにらめっこして、そのテンニンソウのヤブを漕いで、正しい登山道に合流する。それからヒノキ・スギの森を休み休み下って、宮ヶ瀬湖畔の三叉路バス停に下山したのは14時30分頃だった。疲れたけれど、当初の目標通りに歩けてとてもいい気分だ。それにしても妙に蒸し暑い…。 三叉路バス停で(14時50分発の)バスを待っているとき、足首や脛がむずがゆいので、もしや、と思ってズボンの裾を上げてみてびっくり。いるわいるわ、ヤマビルだらけ。靴下や脛は血だらけで、もう目まいがしそう。私の血を吸って丸々と太ったヤツが8匹ぐらい。吸い始めてまだ間もないと思われるヤツが4〜5匹ぐらい。靴や靴下を這っている細くて小さいミミズの子供のようなヤツが5〜6匹…。森の中の最後の休憩で(時間調整もあって)長く休み過ぎたのが原因だ、多分。ヒルヶ岳に登ったからヒルに好かれた、なんて笑えない。 ようやく待っていたバスに乗って座席に座って、少し強く足踏みをしてみたらコロコロっと小さいヤツが2匹、床下に落ちた。近くに落ちた1匹は踏みつぶしたけれど、もう1匹は(例の)すばしっこいシャクトリ虫の動作で後方に逃げてしまった。太股が痙攣していて(つまり疲れきっていて)咄嗟に動けない私はそれを、別所温泉入口バス停で降りるまで、見ていることしかできなかった。そのヤツがそれからどうなったのか、私には知る由もない。その元気なヤマビルに全く気が付いていない(と思われる)乗客は5〜6名ほどいたけれど…。 バスを途中下車して「別所の湯」へ立ち寄ってまったりとできたのはいいのだが、脛の流血がなかなか止まらなくて、ザックにいつも入れているファーストエイドキットのバンドエイドを全部(10枚ぐらい)使ったりして…、ほんとうにそのときは困った。どうしたもんじゃろのぅ〜と。 清川村ふれあいセンター「別所の湯」: 神奈川県愛甲郡清川村の日帰り入浴施設。各種の浴槽、食堂、カラオケ室など諸々の設備は充実している。あとで知ったことなのだが、“丹沢源流水の沸かし湯”とのことで温泉ではないようだ。しかし入浴の気分はまったく問題なく、いい風呂だと思った。入館料は3時間以内700円で、無料の貸しタオルがついている。バスで三叉路(宮ヶ瀬湖)から17分、小田急線の本厚木駅前までは約40分。別所温泉入口バス停からだらだら坂を6〜7分ほども歩かなければならないが、まぁご愛嬌かな。この方面の山行の汗を流すのには便利な入浴施設だと思う。 「別所の湯」のホームページへ * 玄倉林道が通行止めに! この後、神奈川県のホームページによりますと、玄倉林道の一部は斜面崩落により危険な状況であることから、平成30年1月から、歩行者を含め通行不可となっているようです。つまり、玄倉ダムのユーシンブルーを見に行くことは出来ない、ということです。玄倉林道については、当分の間、県及び関東森林管理局の情報などに充分留意してください。(後日追記) 蛭ヶ岳山荘の部屋の窓から夕暮れの富士山を望む ユーシンから蛭ヶ岳への道端に咲いていた花たち
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