「私達の山旅日記」ホームへ

No.297 塩水橋から 丹沢山1567m
平成24年(2012年)4月15日 晴れたり曇ったり マイカー利用


丹沢山の略図ブナの自然林を歩く

《マイカー利用》 東名高速・厚木I.C-《宮ヶ瀬湖経由:約60分》-塩水橋ゲート〜瀬戸橋〜(塩水林道)〜堂平登山口〜堂平〜天王寺尾根〜丹沢山〜堂平分岐〜(天王寺尾根)〜本谷林道出合(下山口)〜(本谷林道)〜塩水橋ゲート-《札掛・ヤビツ峠経由:約50分》-鶴巻温泉「弘法の湯」(入浴)… 【歩行時間: 6時間30分】
 → 地理院地図(電子国土Web)の該当ページへ


 丹沢主脈のほぼ中央に位置するのが丹沢山ですが、江戸時代には、その東側(清川村)は「御林(おはやし)」と呼ばれる山林で、幕府が管轄していたといいます。御林では6種の樹木(ツガ、ケヤキ、モミ、スギ、カヤ、クリ)が留木として伐採を禁じられ、一般人の森林利用は厳しく制限されていたそうです。そのおかげもあって、この地域には現在でも自然の森が多く残っています。つまりこの山域は、森林の自然が好きなハイカー(私のことです)にとってはたまらないフィールドなのです。

辺りは芽吹きの新緑だ!
まず長い林道歩き

キブシ(木五倍子)のクリーム色の花穂
キブシの花穂
 夜明けの東名高速道。助手席ではハックルベリーフレンドのT君がマクドナルドのエッグマフィンを食べている。カーナビのガイドに従って厚木I.Cで降りて宮ヶ瀬方面(北西の方向)へ進む。間もなく風光明媚な宮ヶ瀬湖畔を通過するが、その宮ヶ瀬湖へ注ぐ中津川の支流、本谷川と塩水(しおみず)川の出合いの近くが本日の登山基地、標高約420mに位置する塩水橋駐車場なのだ…。が、その塩水橋に着いて驚いた。日曜日で天気予報が“晴れ”ということもあるのだろうが、なんと、約20台ほどの車で道路沿いの駐車スペースはほとんど満車状態なのだ。裏丹沢への短縮ルートのこの基地は、もはやメジャーになっているようだ。
 ようやく安全そうな駐車空間を見つけてホッとひと息。支度して、自動車止めのゲート脇をくぐって、林道へ足を踏み入れたのは午前7時45分頃。辺りは芽吹きの新緑だ。
 暫く進むと本谷川に架かる瀬戸橋の手前で道が二つに分かれる。直進は下山路に予定している本谷林道で、私たちは右折して瀬戸橋を渡り、塩水林道をだらだらと登る。ネイチャークラフトに使えそうなヤシャブシ(カバノキ科ハンノキ属)の球果が路上にたくさん落ちている。右下を流れる塩水川の瀬音や小鳥たちの鳴き声が耳に心地よく、キブシのクリーム色の花穂が目に優しい。
 林道をショートカットする山道が途中で右に分岐するが、その近道は“主に人工林を歩く急坂”とのことで、そのまま林道を進む。この塩水林道も周囲はスギ・ヒノキの植林地帯だけれど、林縁のイヌシデやウラジロガシなどが自然っぽい。やがて右側に国土交通省(堂平雨量局)の小さな建物(無人)が見えてきて、その向かい側が丹沢山の登山口(堂平登山口)だった。国交省のプレートにはこの地点の標高が877mであることが書かれてあった。[参考: 堂平雨量局のデータ
 登山道へ入ると、まず手入れのよいスギ・ヒノキの人工林を通過する。一帯は“はるか昔に巨大な地すべりがあり、滑ってきた土砂が堆積した場所”とのことで、「堂平」と呼ばれるなだらかな地形だ。少し進むと植林地帯が切れ、待望のブナ林だ。なだらかな地形や豊潤で湿った土壌がブナの生育に向いているのだろう、すくすくと育った大きなブナたちが美しく立ち並んでいる。この堂平のブナ林は殆どブナの純林で、「かながわの美林50選」にも選ばれているようだ。植生保護のためのロープが張ってあり、登山道から林内には入れない。ブナの自然林の割には林床が貧弱に見えたが、これはシカが主犯(食害)であるらしい。

 *** コラム ***
樹木にとっては地形や地質が重要!

シカの食害で林床は貧弱ですが・・・
堂平のブナ林
 なだらかな地形(丹沢堂平のブナ林)の上部は丹沢らしい急峻な地形ですが、その堂平沢の堰堤を横切る辺りにはサワグルミやオオバアサガラやハンノキ類が目立っています。それらのパイオニア植物(先駆植物)は、他の樹木が到底育たないような不安定な地盤でも、水分と太陽光が充分な沢筋などでは平気で育ちます。陽樹ですから日が当たる場所ならばすごく強いんです。でも、日が当たらないと(ブナなどの陰樹と競争すると)てんで弱いです。
 一方ブナ林は、保水力の大きい緩傾斜で土壌が厚く堆積していてるような場所で、なおかつ雪国のような冬の乾燥が防げる状況下に成立しやすいと云われています。冬にそれほど雪の積もらない(ギリギリの気候帯における)丹沢山地のブナ林が、現在も(細々と)存続している理由の主なものは、地形や土壌がブナ好みで、霧が発生しやすいといった保水効果も作用しているものと思われます。
 「植生の変化については、緯度や経度の違いによる水平分布や高度差による垂直分布もあるけれど、植物の生き残りは、地形や地質(土壌)による影響のほうが顕著なんだよ、じっさいは」 という私の説明に、いつもは植物に無関心なT君が、沢筋のサワグルミを眺めながら、「そうだねぇ、ほんとうにその通りなんだねぇ、きっちりと棲み分けしている植物ってすごいねぇ」 としきりに感心していました。一応は森林インストラクターな私は、そんなとき(=説明したことを理解してもらったとき)がとても仕合せです。
 * 丹沢のブナについては「No.194-1冬の鍋割山」のコラム欄も参照してみてください。

 冬枯れのブナやシデ類などが林立する急傾斜を登りつめ、天王寺尾根に出ると途端に常緑低木のアセビが目立ってきて、その緑が美しい。この合流地点は標高約1320mだ。森の主人公はここでもブナだが、副主人公のモミやミズナラ、名脇役のリョウブ、カエデ類、ツツジ類などが散在する、ここも明るい尾根道だ。樹林の隙間から右手を振り返ると、丹沢三ッ峰などの展望も広がった。
アセビが目立ちます
天王寺尾根に出る

みやま山荘の建つ残雪の山頂に到着
丹沢山の山頂に到着
アイゼンは不要
証拠写真です
山頂で記念写真

シカの食害を防ぐネットが巻かれてありました
モミの大木
 しかしヤバい! 前を歩いていたT君がここへきて急に足を引きずり出したのだ。左膝が相当に痛いようだ。インドメタシンも効果がないみたい…。 「大丈夫かい?」 と訊いたら、「ゆっくり歩けば多分大丈夫!」 との返事。そして(いつものように)超スローにギアチェンジして、このコース唯一のクサリ場を無事に登り切り、木道や木の階段もブナ林を観賞しながら登り切る。昨日の雨がここでは矢張り雪だったようで、所々の残雪だが、歩行には全く問題ない。よちよちと、みやま山荘の建つ、ただっ広い丹沢山の山頂1567mへ着いたのは12時20分頃だった。
 さっそく山荘で缶ビールを買って、山頂広場にあるテーブル付きの木製ベンチで乾杯。つまみは持参した“くさや”だ。私は15年ほど前の秋にこの「みやま山荘」に一泊したことがあるが→ No.50丹沢主脈縦走、そのときのことを思い出していた。管理人さんは“水”を売ってくれず、大変な思いをしたのだ。その後、今から8年ほど前(2004年)に建て替えられたとのことで、サービスも居心地も格段に向上したようだ。それ(山小屋におけるサービスの向上)が良いことなのか悪いことなのかは別問題だが…。など、ひとしきり山小屋談議に花が咲いた後は、例によって私はコンビニのおにぎり2個、T君はギタギタのコンビニ弁当を食した。本日のデザートは自宅の冷蔵庫から失敬してきたグレープフルーツだ。
 食後はのんびりと山頂部を散歩。蛭ヶ岳方面の景色を未練がましく眺めたり、一等三角点(*点名:丹沢山)の標石の傍にある山頂標識の前で記念写真(証拠写真)を撮ったりした。雲の切れ間から時折日の射す…靄(春霞?)のため展望はそれほどでもないが…清々しい山頂だった。
 * 明治時代の中期、この山地の総称として「丹沢」という名がつけられた、そのきっかけになった由緒ある三角点であるらしい。
 復路は堂平分岐まで来た道を戻り、天王寺尾根をそのまま直進する。アセビのトンネルや、ツガやモミやミズメが自己主張するブナ林を、T君の膝痛ペースでまったりと、しかし慎重に、しかも真剣に下る。あとからあとからものすごい勢いで他のパーティーが私たちを追い越していくが、T君も私も全然気にしない。 「少しずつでも前へ進んでいれば、何時か何処かへ着くだろう…!」
 やがてブナが少なくなり、イヌブナやミズメが目立つ明るい自然林と薄暗いヒノキの人工林が交雑するようになってくる。大きなモミの林を抜け、超スローペースでひたすら下る。
 足元にスミレが咲く本谷林道出合(下山口)へ降りたのは午後5時をとうに過ぎていた。ここから塩水橋までは右下に本谷川の清流を見ながらの林道歩きで、歩程は約20分だ。下山道の途中に「塩水橋まで60分」の道標が立っていたけれど、そこから塩水橋までを、私たちは2時間半をかけて歩くことになる。まぁいいか。日没前に下山できそうなのがなによりだ。

 塩水橋の駐車スペースからの帰路は、県道70号秦野清川線(旧・丹沢林道)をヤビツ峠経由で南進して、フロントガラス越しに厚木・秦野方面の夜景なども楽しんだりしてから、鶴巻温泉「弘法の湯」へ立ち寄った。風呂上がりの“反省会”で、鍛錬不足の私たちには標高差約1130mはちょっときつかったかねぇ、という話になった。じつは私も相当に疲れていて、T君の膝痛ペースに随分と救われていたのだ。それにしても、下山した途端にその膝痛がケロッと消えてしまったというT君は不思議な人だ。
 T君は風呂上がりのビールを美味そうに飲んでいたけれど、私は運転手なのでご法度だ。それが大いに残念だったが、最近のノンアルコールビールはけっこう“らしく”て、なんか酔った気分になった。それも不思議といえば不思議なものだ。

* じつは、今回の塩水橋からの丹沢山登山は、森林インストラクターで農学博士の渡辺一夫氏の著書「森林観察ガイド・驚きと発見の関東近郊10コース(築地書館)」に紹介されていたコースを忠実に辿ったものです。本頁を書くにあたっても、同書を参考にさせていただきました。
* 鶴巻温泉「弘法の里湯」については当サイトのNo.194-2夏の鍋割山を参照してみてください。
* この後(H28年9月)、同山域を歩きました。[後日追記] →No.349ユーシンから蛭ヶ岳〜丹沢山〜丹沢三峰

  「塩水橋から丹沢山・写真集」へ



明るいブナ林(天王寺尾根にて)
天王寺尾根の上部からの展望
天王寺尾根からの展望(北〜東面): 左奥は丹沢三ッ峰・右奥は丹沢大山
ブナ林はゆるやかな地形に成立しやすい
丹沢山へ向かう
左の林床ではミヤコザサが保護されていました
下山開始!
このページのトップへ↑
No.296「三方分山」へNo.298「日留賀岳」へ



ホームへ
ホームへ
ゆっくりと歩きましょう!