佐知子の歌日記・第十六集
佐知子の歌日記・第十七集
平成28年10月〜12月
水やりの鉢からぽんと飛び出でてバッタは次のすみかを探す
手のひらに蝉の抜け殻のせながら少女は追えりいやがる男子
(おのこ)
ハロウィンのかぼちゃの飾りゆらゆらと風通しよきホームに住む母
この映画 筋はとっくに忘れたわ 再放送っていつも新鮮
一時間の一年ぶりの散歩道 あたらしい家が三軒建つなり
雨上がりの空気をたんと吸い込めば 青色の香に肺がおどろく
目を閉じて今日一日をふりかえる 開いた目でも思い出せるけど
帰る時「また来るね」って手を握る「さよなら」なんて母には言えない
たえまなく待合室に咳の波 わが身にせまる冬のはじまり
めでたくもないと言いつつ赤飯をおかわりしてる誕生日の夫
北風にハナミズキの紅い葉はふるえながらも小枝をつかむ
換算をすればあのボルトより速く走れるというカピバラの足
霜月の小雪まじりの雨の日はテレビにてとくと「ベン・ハー」を観る
雪はなく使わなかったアイゼンの品評会となる倉見山
湯気の中 がんも・ちくわぶ選びとりいちめんにぬるチューブのからし
新品の三菱鉛筆ユニもてどなめらかな歌書けるはずもなく
わが腕は規格の外にあるらしいユニクロのシャツ3センチ長い
値上がりを告げし灯油屋いつもより素早くポリタン置いてゆきたり
昼下がり「百人一首」読みながら珈琲すする六十七歳
年末の掃除したてのガス台を今日は使わず出前とりたい
赤い実がいくつか生るを期待してイチゴの苗をそっと植えたり (10.1)

「明日にはワインが届く」と夫の言う 年々ふえるネット通販 (10.2)

水やりの鉢からぽんと飛び出でてバッタは次のすみかを探す (10.2)

手のひらに蝉の抜け殻のせながら 少女は追えりいやがる男子
(おのこ)を (10.5)

手作りの木工おもちゃやドングリを「自然があるね」と少女は言う (10.5)

ハロウィンのかぼちゃの飾りゆらゆらと風通しよきホームに住む母 (10.6)

「熱湯」は押し続けねば出てこない ドリンクバーのタッチパネルの (10.6)

この映画 筋はとっくに忘れたわ 再放送っていつも新鮮 (10.11)

 苗場山登山 (10.13〜14)
苗場山のうっすら霜の木道に滑ってはしゃぐ六十女は
汽車ぽっぽのように肩寄せ足踏みし日の出を待てり六十女は
チョコや飴を山の空気はおいしいと残さず食べる六十女は
赤茶色の湯の花が浮きじわじわと温まってく小赤沢の湯
山深く谷の険しい秋山郷 追っ手のがれた落人が住む

一時間の一年ぶりの散歩道あたらしい家が三軒建つなり (10.18)

十日前と変わらずにいる母だけど見つめるだけの三十分よ (10.20)

耳を立て三回目でもわからぬに夫は聴き取る電子音テスト (10.21)

解禁日があるからこそと思いつつ今年も予約のボージョレヌーボー (10.24)

むらさきの小さき実は垂れ輝きぬ漢字がにあう紫式部 (10.26)

給食会孫らとおいしく味わえり脱脂粉乳なんてものは無し (10.28)

 孫の文化祭にて
会場は笑いあふれるギャグだけど中学生の「芸」は解らず (10.29)

赤ねぎと赤玉ねぎを読み違え混乱の渦をつくってしまう (11.2)

寒がりで出不精の夫朝寒に灯油屋へ行く積極的に (11.2)

雨上がりの空気をたんと吸い込めば肺がおどろく青色の香に (11.3)

美容院の手違いほぐす首もとの暖房つきのシャンプー台は (11.4)

目を閉じて今日一日をふりかえる 開いた目でも思い出せるけど (11.6)

帰る時「また来るね」って手を握る「さよなら」なんて母には言えない (11.9)

お土産のコンビニおでんやおにぎりをためらいながらもいただく昼餉 (11.11)

先生の「読み」をもらさず聞き取ると熱気ただよう短歌大会 (11.13)

たえまなく待合室に咳の波 わが身にせまる冬のはじまり (11.17)

去年より軽く済むよう意図もちてインフルエンザの予防注射受く (11.17)

ペンチ手に機器の基盤を分解する夫の眼徐々に少年となる (11.19)

右足は脳の指令をききとれず 跨ぐことなき敷居に躓く (11.19)

庭先の白黄ピンクの小菊剪り「仏様へ」と差し出す隣人 (11.21)

北風にハナミズキの紅い葉はふるえながらも小枝をつかむ (11.23)

換算をすればあのボルトより速く走れるというカピバラの足 (11.23)

霜月の小雪まじりの雨の日はテレビにてとくと「ベン・ハー」を観る (11.24)

比喩ひかる新聞歌壇のよき歌に妬むばかりの我の貧しさ (11.28)

奮発の牛のしゃぶしゃぶおいしくてあと三年は食べずともよし (11.29)

 倉見山登山 (12.3)
落ち葉踏むカサッカサッのリズムよく仲間と登る倉見山なり
迫りくる大きな大きな富士の山 半身すべて白く輝く
雪はなく使わなかったアイゼンの品評会となる倉見山
笑顔なき若い女の運びくる冷めたうどんの駅前食堂

湯気の中 がんも・ちくわぶ選びとりいちめんにぬるチューブのからし (12.4)

新品の三菱鉛筆ユニもてどなめらかな歌書けるはずもなく (12.6)

わが指と夫の口じゅう傷だらけ三年ぶりの毛ガニを食えば (12.7)

半分の高さに伐られた公園の桜木五本冬をこせるか (12.8)

わが腕は規格の外にあるらしいユニクロのシャツ3センチ長い (12.9)

今日からは湯たんぽ使うと宣言し湯気立つやかんを掴む夫なり (12.10)

値上がりを告げし灯油屋いつもより素早くポリタン置いてゆきたり (12.11)

おとといのタイ焼き半分食べたのち やっと気が付くシッポの青かび (12.13)

幾度もお茶やジュースを飲み干して二日酔いの夫きょうは静か (12.14)

めずらしい料理に見入る忘年会 レシピなんぞは訊かずに食べる (12.15)

ゆるやかに衰えてゆく母なれど今日の笑顔に励まされてる (12.15)

昼下がり「百人一首」読みながら珈琲すする六十七歳 (12.16)

人の手で落ち葉きれいに掃かれてる 公園としては美しいけど (12.20)

聞きとれぬ抑揚はげしい隣席の外国人の英語の会話 (12.20)

染みてくる小指に五ミリの傷口の理由わからず苛立つ二日 (12.21)

幾万の小枝それぞれ天に向き陽をたくわえる冬の桜木 (12.22)

何年も家族そろってクリスマス祝う我が家は日蓮宗なり (12.24)

三時間立ちっぱなしで火の気なくおだてに乗って作る塩辛 (12.25)

年末の掃除したてのガス台を今日は使わず出前とりたい (12.26)

「食堂街」にきょとんとし「フードコート」のことだと言われ納得の孫 (12.28)

「佐知子の歌日記」のトップページへ
「佐知子の歌日記・第十六集」へ「佐知子の歌日記・第十八集」へ


ホームへ
ホームへ