佐知子の歌日記・第五集
佐知子の歌日記・第六集
平成26年1月〜3月
寒の朝 指先ふるえて掴みいる洗濯物は冷凍品か
レジに待つ日本男子のかごのなか キャベツに醤油缶ビールなど
えさやりを忘れて君は出勤す 十時の金魚はゆうゆう泳ぐ
となりとの空間わずかな土地ゆえに そおっと落とす節分の豆
下山後の入浴はせず帰宅する 手締めをしない宴会のような
公園の早咲きの梅白く笑み 私の鬱
(うつ)にさよならを言う
マスクかけ列なす人は足踏みす 病院前の大寒の朝
背伸びして白梅の枝ぎゅっと曲げ 香りを楽しむ老女のパワー
鉄瓶の湯気立つ部屋で居眠りす アメリカ映画はハッピーエンド
無気味なり山手線の昼下がり あいつもこいつもスマホすりすり
Tamu
雪の日の山手線の乗客は スマホでゲームしているだけよ
返歌
陽のあたる川沿いの道君と行く 梅が咲いてるああ如月尽
結婚の四十回目の記念日を淡々と食む肉じゃが煮魚
回り道しながら君は酒蔵へ 一升瓶をリュックに押し込む
おでこにはボールがあたった赤いこぶ 七歳おのこのがまんの勲章

 平成25年度NHK全国短歌大会入選 (作歌: H25年9月)
台風に倒れた柳幹くだけ とがった木口怒りの形相
四十五分ひと匙ずつの昼を終え ごちそうさまの手を合わす母
まえうしろ若者多い星の夜 氏神様へ初詣の列 (26.1.1)

にぎやかな孫のメールを見習って スマホの絵文字じっくり探す (1.1)

二秒なり目の前過ぎる若人ら ぐいと胸張る箱根駅伝 (1.2)

穏やかに過ごせるように祈るのみ 誕生日には母に会いに行く (1.5)

ジョギングをさぼったつけがしのびよる 重たい手足いきがくるしい (1.6)

雲を抜け天までとどく声あげて走る子供は公園の精 (1.7)

寒の朝 指先ふるえて掴みいる洗濯物は冷凍品か (1.10)

ゆるやかにほほえみうなずく母の目は この世の何を焼き付けてるの (1.10)

レジに待つ日本男子のかごのなか キャベツに醤油缶ビールなど (1.11)

始まりはサクサク踏んで霜柱 歌を詠むこと教えてくれた (1.11)

坂の下ゆうらり黒い冬けやき アンパンマンが笑ったような (1.15)

東方に今日の飛行機むねをそり 行ってくるぞと翼をつきだす (1.16)

歳月は楽しみだけではないように 哀しみだけってこともないよね (1.16)

えさやりを忘れて君は出勤す 十時の金魚はゆうゆう泳ぐ (1.19)

眼科医のいいですよとは変わらないことが一番いいということ (1.20)

写真には白くはっきり目立つ髪 こんなはずではないと言いたい (1.20)

湯上りにつけるクリーム三種類 顔、手、かかとにすねとぬかりなく (1.20)

嫌なことはっきりさせず間を置いて「あんまり」と言う娘や孫よ (1.21)

自転車が重たく登る陸橋に体重減の予告灯あり (1.21)

 高山不動尊・関八州見晴台ハイキング (1.23)
まず髪にスプレーをして本を読む 山手線の女子高生は
あやしげな案内板に道迷い 二十五分のロスタイムなり
山頂に観光雑誌もちながら ここはどこかとたずねるアベック
下山後の入浴はせず帰宅する 手締めをしない宴会のような

認知症どんどん進む義母の顔 半年前から険しくなりぬ (1.25)

入選の歌のる雑誌に付箋つけ 堂々卓の真ん中に置く (1.25)

夕食のしたく整い本ひろげ ストーブの正面どしっと座る (1.27)

公園の早咲きの梅白く笑み 私の鬱
(うつ)にさよならを言う (1.27)

マスクかけ列なす人は足踏みす 病院前の大寒の朝 (1.27)

背伸びして白梅の枝ぎゅっと曲げ 香りを楽しむ老女のパワー (1.31)

沈み込む気持ちなんとかならないか うすいピンクの口紅つける (2.1)

となりとの空間わずかな土地ゆえに そおっと落とす節分の豆 (2.3)

放課後の友との約束いそぐ孫 ランドセルが横座りする (2.3)

パソコンを使いこなせず脳と指 きのうと同じ失敗をする (2.7)

立春をすぎてだんだん寒くなる 梅のつぼみはただ待つばかり (2.7)

あやとりの毛糸すばやく指にいれ 孫のおとくいハシゴとタワー (2.7)

明日は雪予報にさがす赤いそり 三十年のほこりが積もる (2.7)

みどり葉は雪の帽子をかぶりつつ 身をくねらせて重みに耐える (2.8)

東京のぎっしぎっしと踏む雪に 冬山想う図書館がえり (2.8)

雪あそびやっぱり定番ゆきだるま 炭ではなくてドングリの目なり (2.8)

大雪にソリを出してはみたものの 滑って遊べぬ坂のない街 (2.10)

どっすんと屋根より落ちる雪の塊 二日目となれば驚かぬ夜 (2.10)

鉄瓶の湯気立つ部屋で居眠りす アメリカ映画はハッピーエンド (2.11)

残りたる義母の心のともしびの「ごめんなさい」に胸つまるなり (2.14)

無気味なり山手線の昼下がり あいつもこいつもスマホすりすり (2.14)
Tamu
雪の日の山手線の乗客は スマホでゲームしているだけよ (2.14)返歌

手作りのバレンタインのクッキーを ぶすっとわたす照れ屋の孫なり (2.14)

乳飲み子のほおにそっと指おけば 歯のない笑顔万人を救う (2.15)

大雪の重みに力が尽きたのか 桜の枝は折れて頷く (2.16)

青空に咲く白梅を香ごと そっと我が家へ運べぬものか (2.16)

門番のような雪だるま陽をうけて 午後にはあららおばけになりぬ (2.16)

公園は泥にまみれた雪が消え すまし顔して春を待つなり (2.17)

ほんものの春よはやくはやく来よ ほおにさす風痛くてならぬ (2.24)

水鳥は護岸工事の騒音に 「慣れています」とすいすい泳ぐ (2.24)

器械にて大豆をつぶしたものなれど 手作り味噌と声高に言う (2.24)

きのうより気温三度の高まりに 散歩する人多い公園 (2.25)

ゆっくりと歩いてみれば街の色 ひいらぎなんてん黄色の小花 (2.25)

陽のあたる川沿いの道君と行く 梅が咲いてるああ如月尽 (2.28)

梅の花ながめていても樹々さわる君はやっぱり森林インストラクター (2.28)

めじろ五羽さかりの枝垂れによって来る 老人の砦「池上梅園」 (2.28)

山門の梁のまわりに極細の鳥よけ棒ゆれる本門寺 (2.28)

会うごとに背が伸びたねと言えばすぐ柱のきずに寄りかかる孫 (3.1)

アスファルト黒く濡らして霧雨は音を告げずにやわらかく降る (3.1)

減量はその気になれば出来るよと 夫の手ベルトをゆるめおり (3.3)

結婚の四十回目の記念日を淡々と食む肉じゃが煮魚 (3.3)
肉じゃがといつもの煮魚が今夜のおかず ああ四十回目の結婚記念日 (Tamu)

花粉症のするどい鼻をもつ夫は 部屋のなかでもマスクをつける (3.4)

ゆっくりと歩いてみれば街の色 深く我が目にはいり込むなり (3.4)

 
官ノ倉山ハイキング (3.7)
雪による倒木踏みこえ道さがす ファミリーコースの官ノ倉山
大雪に倒れた杉をハードルの選手のように八回こえる
回り道しながら君は酒蔵へ 一升瓶をリュックに押し込む
断崖の一歩手前で止まるよな 電車のブレーキ眠りをさます

あおあおと芽吹きの柳ゆれている それぞれの枝風にまかせて (3.8)

朝食の卵分けあう幼き日 おぼえているよね肥満の弟よ (3.9)

公園のジャングルジムのあるところ 空襲前は祖父の家なり (3.10)

今ふうの白い家には似合
(あ)いそうなピンクの蘭を選んでおりぬ (3.11)

やわらかいこの一雨が春をよび 花のめざめをうながしている (3.13)

立ち話とめどないよな三十分 孫や介護はいつでも主役 (3.14)

夫よりの山頂写メール空青し 介護の我の写メ送りたし (3.15)

予報より我が家のほうが確かなり 春一番がガラス戸たたく (3.18)

雪やなぎ白い小花が二つ三つ 歩みののろい今年の春よ (3.18)

ごま塩の髪を受け入れなでる人こばむ人いて春うららかな (3.19)

車椅子の恩師を見つめ涙する 友はつとめて明るくふるまう (3.21)

タイ料理香辛料はきつすぎて 次の外食うなぎと決める (3.21)

はやく打つ心臓の声かん高く 月に一度の眼科診察日 (3.24)

トシなのか なかなか治らぬ手のくじき 床に落とした楊枝がつまめぬ (3.26)

おでこにはボールがあたった赤いこぶ 七歳おのこのがまんの勲章 (3.26)

孫の描く豊かでやさし色彩の立体絵本に見入る夕べ (3.27)

靴をぬぎ窓に鼻よせ電車みた孫は本日多摩川をみる (3.27)

 高山不動尊と関八州見晴台 (3.29)
関八州見晴台は春霞 ここちよい汗ふきつつ憩う
里あるき名残の梅の足元は おおいぬのふぐりの青い海
十四人の靴音ひびく里の道 つくしんぼうの行列は立つ
客引きの女のあとをジジババがリュックで歩く池袋の夜


「佐知子の歌日記」のトップページへ
「佐知子の歌日記・第五集」へ「佐知子の歌日記・第七集」へ


ホームへ
ホームへ