佐知子の歌日記・第五集
佐知子の歌日記・第七集
平成26年4月〜6月
ぬか味噌のにおいの残るその手にて えんぴつ握りうた詠みにけり
プランターに迷い込んだほとけのざ 今日からここが汝
(なれ)のふる里
場所取りの青いシートに散る桜 海にただよう花小舟かな
自販機のうえにとら猫ひなたぼこ ねむそうな目で雲をみている
公園に黄色の三輪車わすれられ 五日をすぎても桜によりそう
棚の藤新芽の向きはさまざまに おのれの行く手めざして伸びる
山吹と交互に植える雪柳 春を夢みる小径の図面
まるく咲く八重の桜の絵模様に てんてん手まりは風に弾みぬ
レジ係りにこれは何かと尋ねられ ゆで干し大根旨しと勧める
お土産はアスパラガスとエシャロット 道の駅にて夕餉のしたく
水鳥のいない岸辺に老夫婦 それぞれの杖もちつ歩めり
待合の疲れし顔の病人に ほほえみ誘う幼子の歩み
GWに200mの車間距離 環七
(かんなな)二国(にこく)が日光浴する
ていねいに読んでなんていられない 村上春樹おもしろすぎる
反抗期の中学生のまねをして 壁をけとばし騒いでみたい
梅雨さなか乗客はみな年若く むわっと暑い山手線である
雨止まず 登山中止の午前九時 濃いコーヒーを君と味わう
満開の桜の下にほほえめば 花はたちまち大きくなりぬ (4.1)

ぬか味噌のにおいの残るその手にて えんぴつ握りうた詠みにけり (4.1)

プランターに迷い込んだほとけのざ 今日からここが汝
(なれ)のふる里 (4.2)

さざ波のごとくにゆれるくすのきの赤の新葉は風とあそびぬ (4.4)

自転車で北へ南へかけめぐる 期待はずれて体重ふえる (4.4)

場所取りの青いシートに散る桜 海にただよう花小舟かな (4.5)

自販機のうえにとら猫ひなたぼこ ねむそうな目で雲をみている (4.6)

中学の入学式へ行く親子 三人分の距離間たもつ (4.8)

公園に黄色の三輪車わすれられ 五日をすぎても桜によりそう (4.8)

棚の藤新芽の向きはさまざまに おのれの行く手めざして伸びる (4.10)

山吹と交互に植える雪柳 春を夢みる小径の図面 (4.10)

まるく咲く八重の桜の絵模様に てんてん手まりは風に弾みぬ (4.11)

レジ係りにこれは何かと尋ねられ ゆで干し大根旨しと勧める (4.11)

「ろうそくは何本ですか」にためらって 娘の歳をケーキ屋に云う (4.12)

夕食後娘一家のビデオ見て 腹のそこから声立て笑う (4.12)

胸のうちはき出すように声をあげ ひとりの家で三分あるく (4.13)

まちかどの道の割れ目にむらさきの すみれきりりと咲き誇るなり (4.13)

 古賀志山登山 (4.15)
朝日さす首都高速の車中にて うき立つ心おさえて座る
うす紅や若い緑に萌黄など 芽吹きの色に笑う古賀志山
山頂にぐるり一周見渡せど 陸の松島かすみがつつむ
あかやしおうす桃いろにかがやけり おとめの頬のごとくやさしく
お土産はアスパラガスとエシャロット 道の駅にて夕餉のしたく

水鳥のいない岸辺に老夫婦 それぞれの杖もちつ歩めり (4.17)

坂道の上り下りをくりかえし ペダル踏み込み母らのホームへ (4.17)

添削の赤いペン字にうなずいて 良い歌詠める秘薬をおもう (4.19)

赤い蕊(しべ)白い帽子についてきて フィナーレ飾る桜のブローチ (4.20)

八分咲く藤棚の下に近寄れば 花より犬の談議の最中 (4.20)

我が子にはしたことのない四十年 風邪の孫看るイクメンジイジ (4.22)

目はうつろインフルエンザに臥せる孫 母の帰宅にひざへすり寄る (4.23)

熱下がりゲームの許し得た孫の 手際よい指ボタンを押しぬ (4.24)

封を切りコロコロコミック読む前に 孫は付録の工作をする (4.24)

赤青黄ポケモン柄のえんぴつは 我が家にはない2Bの活気 (4.24)

首ひねり指おりかぞえ歌を詠む 我をときどき見やる孫かな (4.24)

新品の帽子の下に不安顔 虫好かぬ孫山への遠足 (4.24)

待合の疲れし顔の病人に ほほえみ誘う幼子の歩み (4.25)

淡く濃く青葉のトンネル散歩道 ひとりで歩く仕合せの時間 (4.27)

藤色の長い花房ゆらりゆら 写真とるひと三脚を立てる (4.27)

めざしてる一日一首の重たさに つまずき嘆く響かぬハート (4.28)

黄のリュック背負っているよなクマンバチ 身をまるめつつ藤に吸いよる (4.28)

二株のゴーヤの苗を植えつける あの熱い夏思い出すため (5.1)

日焼け止め蚊取り線香山積の ドラッグストア夏向きになる (5.1)

幼子の一人に八つの大人の目 砂場を囲むやさしさの縁 (5.4)

伸びた根にひこばえ青く生い茂る つながるいのち公園の桜 (5.4)

十一年経つめでたくはない誕生日 あの世に向かって「お父さん」と言う (5.4)

GWに200mの車間距離 環七
(かんなな)二国(にこく)が日光浴する (5.4)

「また来るね」に義母の返事はアウォーとう 魂の叫び背
(せな)にひびけり (5.4)

居眠りの乗客の顔寄ってきて 肩ですばやくはね返す女 (5.8)

五カ国のビールくらべて飲む君は すっきり国産良しとのたまう (5.8)

はじめてのスカイツリーにおどおどと おのぼりさんの一人となりぬ (5.8)

 鳴虫山登山 (5.10)
さみどりの田植え終えたる水面には 白鷺一羽ゆるりと歩む
休日の特急けごんあちこちに 大きなバッグと談笑の声
新緑のまぶしき海にゆれている 紅紫の三葉つつじは
岩おおく土に潜れず伸びる根は 階段となる鳴虫山の木
いつになる赤薙山と女峰山 登る計画現実となる日

水槽の補修にかけた手間ひまを 小石の一撃みじんに砕く (5.12)

エビせんの袋をあける力なく 七歳の孫に頼る我なり (5.13)

白百合の甘い香にさそわれて 10分間の豪華な居眠り (5.13)

哀れなるさけび声あげ座る義母 すべなき我らただ手を握る (5.17)

まなぶたを閉じる力は弱まりて 左目いつもウインクの母 (5.17)

浴用のタオル身につけランニング 母の日からは花柄てぬぐい (5.18)

かけ足でつぎつぎ木々を追い抜けば みどり葉3Dのごと迫りくる (5.19)

草の上よろよろ歩く子すずめを 促すように飛ぶ親すずめ (5.19)

株分けのシンビジュウムは花盛り 水やりはほぼ雨に頼れり (5.20)

ていねいに読んでなんていられない 村上春樹おもしろすぎる (5.21)

すりきれて「おはよう」という親指が 現れそうなジョギングシューズ (5.21)

月曜の公園ベンチに頭たれ 缶コーヒー持つ背広の男 (5.26)

くたくたの捨てたいような絹のシャツ 夫に言われてそで口繕う (5.27)

のら猫が手足伸ばしてお昼寝中 つま先立ちで歩く路地裏 (5.27)

おせじだと分かっていても「お若い」に 微笑み反応してしまうなり (5.30)

身構えずひとりでいたい散歩中 行きかう人の目を避けている (5.30)

ゲームする孫のとなりでテレビつけ 再放送の「相棒」見入る (5.30)

海面に黒く輪を描くぼらの群れ 鯉のようにも見える魚なり (5.30)

はやばやと夏の足音五月尽 あせかき息子のクーラー始動す (5.31)

少年は小さな池をのぞき込み ニヤリと次のあそびを見つける (6.1)

発想や心のゆらぎ貧しくて 豊かになりたし歌詠むほかにも (6.2)

たてじまの汗のすじたれ真夏かと 勘違いする東京の熱 (6.4)

南の戸西の庇を奏でるは 梅雨を知らせるおとめのマリンバ (6.5)

露いだき青の花びらかがやいて 庭の紫陽花咲きそろうなり (6.8)

よどみなく役者の名前言いあてり 四十年経つ映画華やぐ (6.8)

八年間北アルプスは夢の中 君と背負うは介護のリュック (6.11)

朝ごとの練習かさね孫二人 出番は無かったリレーの補欠 (6.14)

足悪く半周遅れで走る子に涙の応援 大運動会 (6.14)

騎馬戦に女子が参加の小学校 出席名簿も男女混合 (6.14)

画面には日本時刻の表示なく 世界はサッカーブラジル時間 (6.15)

はやく打つ心臓の音なやましく 家事をしつつのサッカー観戦 (6.15)

 
稲含山登山(6.17)
うす曇り突きぬけ走る関越道 東京脱出成功せり
五分咲きのオオバアサガラ房垂れて はじらうような白い妖精
春蝉の愛(かな)しい声がこだまする 緑の森の稲含山
輝ける真珠のごとき小紫陽花 白くほのかに山道飾る
頂上は深深もやの幕下りて 心で描く赤城と榛名
できるなら遅い帰宅と望んだが 渋滞なくて戸惑う我ら

大粒の赤く輝くさくらんぼ 娘に届ける好物なれば (6.18)

散歩みち追越際にほえたてる 子犬よ我はそんなに変か (6.21)

告げられし友の病の重たさに カサブランカの香沁み入る (6.21)

反抗期の中学生のまねをして 壁をけとばし騒いでみたい (6.22)

ふしつけて子に語るよな鳴き声は 梅雨空に飛ぶ母カラスなり (6.22)

伝わってほしくなかった目の病 兆候ありと子は静かに告ぐ (6.23)

梅雨さなか乗客はみな年若く むわっと暑い山手線である (6.24)

戸を開けばレトロ漂う喫茶店 壁に染み込む珈琲と脂
(やに) (6.26)

「ではまたね」に顔つきかたく下をむく 言の葉忘れた義母のまなざし (6.26)

雨止まず 登山中止の午前九時 濃いコーヒーを君と味わう (6.28)

眠れない午前三時と四時と五時 「六時にいびき聞いた」と夫言う (6.29)

目のまわりパンダのように黒ずんで 寝不足顔を二度みる鏡 (6.29)

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