No.195 秩父御岳山1081m 平成18年(2006年)1月29日 |
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→ 国土地理院・地図閲覧サービスの該当ページへ 荒川が流れる細長い秩父盆地を、少ない乗客を乗せた電車は西へ進む。左手には奥武蔵の盟主たる武甲山が大きく見えている。山頂部も山腹も石灰岩の採掘で傷だらけになってしまったこの武甲山は、ガマの穂でそっと包んであげたいような、そんな山に思えた。そして首を戻して車窓の右手前方に目をやると、徐々に近づいてくるピラミッド型の山があった。それは武甲山よりは一回りも二回りも小さいけれど、かなり目立つ存在だった。というのは、その山の中腹には、まるで武士が横一文字に切腹したかのように見える白い車道が走っていたからだ。多分あれが秩父御岳山(おんたけさん)だな、と思った。そして登る前から憂鬱になった。こんなことなら、いっそのこと武甲山にすればよかった、と、早くも後悔しだした。目的の山を眼前にして、こんなに気合の入らないのもめずらしい。 午前8時44分、終点の三峰口駅に降り立ったハイカーは、日曜日だというのに数名ほどだった。それも殆どが駅前のバスに乗り込み、三峰山(雲取山方面)や四阿屋山方面へ向かっていった。歩き始めた私の前にも後にも、秩父御岳山を目指す人は誰もいないようだ。いつもの相棒(妻の佐知子のこと)は家の用事があるとのことで、今回は私の久しぶりの単独行。なんか、やっぱり、少し寂しい…。 荒川に架かる白川橋を渡り国道140号線へ出て右へ少し戻り、かつての秩父甲州往還の宿場町であった贄川宿(にえかわじゅく・荒川村)の手前から左折して、常明寺の墓地が点在する登山口へ入る。「ボチボチ登ろうか…」 と、一人で洒落を云ってもやっぱりつまらない。 スギやヒノキの人工林にコナラ、シデ類、モミジ類などの雑木林(二次林)が交じる、よくある里山の森林風景だ。幸いに登山道は凍結しておらず積雪も全く無いようだ。手袋をした手がすぐに温まり、上着もセーターも脱いだ。現金なもので、山道を歩き出した途端に秩父鉄道の電車の中で感じた憂鬱や寂しさはケロッと忘れていた。 急な坂を暫らく登ると尾根へ出て、冬枯れの樹林の隙間から両神山などの秩父の山や御荷鉾山などの西上州の山々が見えてくる。振り返ると地元・武州の熊倉山や武甲山が大きい。 「こんにちは〜」 と林の中から声がしたのでドキッとしてそちらを見やると、ザックも背負っていない手ぶらの中年男性が一人で、地面をきょろきょろ見回している。不思議な人だな、と思いながら挨拶だけは返して、会話は交わさずにやり過ごした。 暫らく進むと今度は猟銃を持った老人に出会った。 「何を獲るのですか?」 と尋ねたら 「イノシシやシカだよ」 と教えてくれた。仕留めるのはなかなか難しい、とも云っていた。その老猟師と別れて暫らく歩いてから、最初に出会った手ぶらの中年男性は獲物の足跡を捜す係だったのだと気がついた。確か「マキ狩り」 と云って、大勢の仲間が同時に山へ入って、足跡を捜す係、猟犬を連れて獲物を追い詰める係、猟銃で仕留める係、などに分かれている、と、常陸の山(竪破山)へ行ったときに地元の猟師から聞いたことがある。黒光りのする猟銃は、特にこんな山奥の寂しい場所で、しかも至近距離で見ると、矢張り背筋に戦慄が走る。
こじんまりとした静かな山頂をウロウロした。モミ、アセビ、コナラ、イヌブナ、リョーブ、ツツジ類、などに囲まれていて、360度の大展望と云うわけにはいかないけれど、それでも三等三角点の標石の裏から奥秩父の山々などの景色を眺めることができた。登山地図と首っ引きで山座同定をしたりしてから、携帯電話が通じたので自宅の佐知子に電話した。 「快晴で、両神山のギザギザ頭が目の前だよ。真っ白な浅間山や谷川連峰も見えているよ」 と云ったら 「へぇー」 と返事が返ってきた。電話を切ってから祠の前に座り込んでオニギリとネーブルを食べた。そのとき、はるか下のほうから鉄砲の音が2発聞こえて、犬たちの吠える声もした。びっくりして食べかけのネーブルを手から落としてしまった。 1時間近く過ごした山頂をそろそろ退却しようかと思って、落合側にある下山口の急斜面を覗き込んでいたら、親子連れ(父と子)が登ってきて、10歳くらいの女の子は祠の脇にある鐘を撞いたりして遊びだした。とても温かくなった心で、一言二言会話をしてから、間合いを見計らって山頂を辞す。 落合バス停の標高は約415mで三峰口駅の標高は約330mだ。落合側から登って三峰口側へ下る反対コースのほうが少し楽で、それがこの山の主流のようだ。秩父御岳山にはこの他にも登山口はあるようだけれど、大滝温泉のある落合側へ下るのが、私は断然いいと思う。下山後のひと風呂は、何ものにも変えがたい至福のひとときだから…。 ロープの張ってある山頂直下の急勾配を下ると間もなく、細長い小平地(ワラビ平)へ出る。ここいら辺は、春にはカタクリが群生して咲く処らしい。道標に従って尾根を外れて左へ下り、鬱蒼としたスギ林の中へ入る。道なりに20分ほどもジグザグと下ったら、いきなり未舗装の林道へ出て、目の前には立派なトンネルの入口があった。あまりにも立派で不思議なトンネルだったので、下る方向とは反対なのだけれど、近くまで行ってよく見てみた。ポータル(入口の壁)は、なんと珍しい、“木板”が貼ってあるようで、その上部中央のこれまた立派なプレートには「普寛トンネル」と書かれてあった。工事がまだ完全には終わっていないのか、近くには錆び付いてしまったブルドーザーが放置してあった。この林道(御岳山線)が秩父鉄道の車窓から見えた横一文字の「切腹」の車道であることは間違いない。 そもそも、この広い林道とトンネルは何のためのものなのか、と考えてみた。荒川村方面へ抜けるための近道とは考えにくいので、矢張り森林管理(林業)のための自動車道(林道)だと推察するが、私の目には、現況では自然破壊の罪のほうが重いと感じられた。せめてもう少し、自然景観に気をつかってほしいと思う。 コンパスで確認しても進む方向は間違っていないので、なんか変だな、と思いながらその林道をダラダラと下る。そろそろ王滝沢へ出るはずなのだが、この林道は山の斜面をトラバースしている。やがて標識が出てきて、「(右へ進むと)落合へ至る」と書かれた道標の傍らのもうひとつの木柱には「林道・杉ノ峠線」と書いてある。このまま林道を進むと杉ノ峠へ行くらしい。やっぱりなんか変だが…、とりあえず右折する。 山頂を辞してから95分。午後1時50分、古びた赤い鳥居のある庵ノ沢稲荷神社に下山して「謎」が解けた。この神社の裏手に私が歩きたかった王滝沢コースの登山口があったのだ。唖然として憮然とした。不親切な道標が原因か、読図力の無い私自身の問題か、何れにしても私は、何時の間にか杉ノ峠林道コースの一部を歩いていたのだ。多分、普寛トンネル近くの林道から右へ下る山道(王滝沢遊歩道)を見過ごしてしまったのだ。王滝沢の滑滝(きよめの滝)を見物することができなかったのが少し残念だけれど、膝に負担が少なくて下山地の落合は同じだから、まぁいいか…、とあきらめる。 少し進むと国道140号線へ出て、その角にひっそりと普寛神社(*)があった。丁寧にお参りしてから、落合バス停をやり過ごして、いそいそと国道140号線を歩くこと7〜8分、「道の駅」内にある大滝温泉「遊湯館」へ辿り着いた。大きな駐車場には大型バスも停まっていて、こちらはニギニギしく大盛況の別世界だった。 * コースについての補足説明: 私が歩いた今回のトレイルは、登りの三峰口コースも道を間違えてしまった林道の下山コースも、国土地理院の地形図には載っていません。三峰口コースの道標はしっかりとしているのでめったに道に迷うことはないと思いますが、地形図にも出ている王滝沢コース(落合コース)を下山したいときは、本文にも書いたように要注意です。でも、居直るわけじゃありませんが、道を間違えてもなんとかなるコース、です…。 → 王滝沢コースはその後、通行不可になっています。(H25年4月現在)
大滝温泉「遊湯館」: 1992年にオープンした大滝村の日帰り温泉施設。秩父鉄道終点の三峰口駅からはバスで約15分。国道140号線沿いにある「道の駅」内にあり、大きな駐車場の周囲にはこの「遊湯館」をはじめ「歴史民族資料館」、「特産品販売センター」、食堂の「郷路館」などのモダンな建物が建ち並んでいる。石タイル貼りの浴室には檜風呂(といっても湯枠だけ)と地下の岩風呂(じつは岩風呂風)の2種類があり、どちらの湯船からも眼下に荒川の清流を望むことができる。無色透明のナトリウム・塩化物泉(弱アルカリ性)で、加熱、循環、塩素消毒とのことだが、特筆すべきはその泉質の濃さだ。イオン成分が1Kg中に5347mgということで、これは草津温泉の3倍以上の濃さであるらしい。肌にヌルヌルして、口に含むとしょっぱい。 湯上りに大広間で生ビールを飲んでいたら、1曲200円の「カラオケ」が始まった。ジーサン・バーサンのへたくそな歌だったが、「湯島の白梅」や「港町十三番地」などの大昔の流行歌を聞いて悦に入る。受付のオネーサンなど、従業員の感じもとてもよかった。風呂の良さといい、ロケーションの良さといい、何時かまた来てみたい温泉施設だった。入浴料600円(3時間)。→この後、入浴料は700円(時間制限なし)に変更したようだ。(後日追記) * 平成29年8月に十文字峠越え(→No.358「十文字山から白泰山」)を歩いた帰路、遊湯館に立ち寄ってみた。リニューアルされたようで、風呂場や間伐材の丸太を使ったという食堂など、洗練された作りになっていた。「カラオケ」は廃止されたようだ。静かになって垢抜けたのはいいけれど、その反面、従業員の対応がアナログからデジタルへ変化したようだ。つまり機械的な応対(残念ながら昨今では主流)になったように感じたのだ。 アフターサービス形式の食堂で、係の人に「次のバスは何時かわかりますか?」と尋ねたら「フロントで聞いてください」と云う。で、飲みかけの生ビールと食べかけの山菜冷やし蕎麦をそのままにして、フロントへ行って確認したのだが、ちょっと嫌な感じがした。空いている空間や壁がウンとあるのだから、この施設名を冠したバス停の時刻表くらいあちこちに貼り付けておけばいいのに、と思ったのだ。もっときつい云い方をすると、1日に何便もないのだから(バスの時刻表くらい)覚えておきなさい、と従業員全員に指導したい…できることならば、だけれど、もちろん。ちなみに、広い食堂のこのときの客は私一人だけだった。 … またひとつ、地方の風土が生み出す“温かい人情”が、消えていく…。 [後日追記] 大滝温泉「遊湯館」のHP 再び 秩父御岳山 私にとっては7年ぶりの秩父御岳山。山頂部の木々が少し伐採されていて、一層展望が良くなっていたのは嬉し悲しの複雑な気持ちです。山中では気の早い(咲き始めの)カタクリの花を見ることができました。頂稜はまだ“冬枯れ”ですが、山腹は芽吹きの新緑で、足元にはスミレ類が今を盛りに咲いていました。流石に「関東百山+関東百名山」だな、と、今回は思いました。 大滝温泉「遊湯館」の、風呂上がりのビールが美味いのなんのって…。(^_^)/~ 御岳山の山頂から両神山方面を望む このページのトップへ↑ ホームへ |