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No.238 武甲山から小持山大持山
平成20年4月2日 晴れ


武甲山・小持山・大持山の略図奥武蔵にもこんな自然が・・・

西武秩父駅-《タクシー15分》-生川(表参道一丁目)〜武甲山1304m〜シラジクボ〜小持山1273m〜大持山1294m〜横倉山1197m〜ウノタワ〜鳥首峠〜白岩の石灰工場〜名郷-《バス70分》-飯能… 【歩行時間: 6時間30分】
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  「久しぶりに、ちょっと歩きでのある山へ登ってみようか」 と打診したら、珍しく、妻の佐知子の同意を得ることができた。 私が歩いてみたかった山は奥武蔵の大持山(おおもちやま)と小持山(こもちやま)だった。
  私達夫婦が山歩きを再開した十数年前の頃に、もののけに憑かれたように出かけていった山域が、心と足に優しい里山群の“奥武蔵”だった。 仕事や家事に追われて山歩きから永いこと遠ざかっていたそのころは、奥武蔵の盟主たる武甲山や大持山は初心者にとってはキツい歩程の山ということで、何となく敬遠してきてしまった。
  武甲山には去年の5月に既に登った。 そう・・・、それからずっと気になっていたのがその武甲山の南側に続く山稜だった。 つまり小持山と大持山である。

  西武秩父駅前から生川の武甲山登山口まではタクシー(2,690円)を利用した。 「“うぶかわ”まで行ってください」 と頼んだら、運転手さんは 「“うぶがわ”ですね」 と返事した。 どうやら生川(うぶがわ)と濁って読むのが正しい発音らしい。 今年の山里の木々の芽吹きは去年よりも10日近く早い、と、登山好きな運転手さんは云っていた。 サクラの花については、車窓から見る限りでは、道筋のソメイヨシノはまだ咲き始めの一部咲き程度で、エドヒガン系はもう既に二分〜六分咲きといったところだ。 矢張り都心よりも一週間近くは花の時季は遅いようだが、春はここにも確実に訪れている。 登山前は、何時ものことだが、わくわくする。
前方に小持山と大持山(左)
小持山へ向かう

展望の良いこじんまりとした山頂
小持山の山頂

北斜面に残雪
大持山山頂へ到着

ミズナラやブナなどの明るい森
稜線の自然林

足元にはカタクリが葉を出していた
鳥首峠で一休み

モノレールのトロッコ
石灰工場のトロッコ

ウルトラマンが出てきそうな景色・・・
石灰工場全景
  タクシーを降りて、生川の表参道一丁目から歩き始めたのは9時半頃。 登山口の近くにはフサザクラの赤っぽい花が美しく咲いている。
  武甲山の山頂手前の小持山分岐までは昨年の武甲山登山と同じルートなので詳細は端折るが、じつは、途中から左折して武甲山と小持山の鞍部(シラジクボ)へ抜けるショートカットルートがあるのだ。 当初はそのコースを辿り(なるべく楽をして)小持山と大持山へ登ろう、と算段していたのだ。 しかし十五丁目標石とその少し手前にある分岐には明確な指導標は無く、例の「関係者以外立入り禁止」や「危険箇所があるので立ち入らないように」などの標板があるので、つまり真面目なハイカーの私達夫婦にとってはなかなか進みづらかったのだ。 で、どうしよう…どうしよう…、と云いながら表参道の登山道を歩いているうちに、気がついたら武甲山山頂手前の小持山分岐まで登ってしまっていたのだ。
  その分岐にあるベンチで、目の前の小持山と大持山を眺めながら早めの昼食にした。 背中のすぐ近くに武甲山の山頂があるが、ここで臨時夫婦会議を開いた。
 「御嶽神社や武甲山の山頂、どうする?」
 「去年行っているから、いいんじゃない?」
 「・・・・・」
 「・・・・・」
  という訳で、大休止後は、大いに気の合った私達夫婦は、その分岐を南下して小持山へいそいそと向かった。 水は低いほうへ流れるのだ。
  気持ちのよい明るい稜線を、標高にして約200メートルほど下ると鞍部のシラジクボ1088mへ着く。 そこからほぼ同じ標高差の小持山1273mへ登り返す。
  稜線の左側(東側=横瀬町側)はヒノキの植林地帯で、右側(西側=秩父市側)はミズナラ、リョウブ、ヤマザクラ、クリ、ブナ、シデ類、ツツジ類、などの自然林で、植林したと思われるカラマツも少し交じる。 緑濃い常緑樹ではツガとアセビが多く、未だ冬枯れの景色にアクセントをつけている。 この地のツガは一見すると葉が小さくてコメツガに限りなく似ているが、ルーペでよく観察したので…(コメツガの小枝が有毛であるに対しツガは無毛)…間違いないと思う。 上りの北側斜面には残雪が、僅かだが張りついている。
  振り返るとピラミダルな武甲山1304mが矢張り大きい。 石灰岩の大鉱床があって露天掘りをしているのはその北側の山腹なので、こちら側(南側)から眺める武甲山は緑優しい立派な山、といった感じだ。 シジュウカラ系の小鳥たちが盛んに囀っている。
  小持山の山頂はこじんまりしていて心安らぐ空間だった。 疎に生えた樹木の隙間からの展望もナカナカのもので、北側の武甲山は勿論のこと、南面の大持山の右奥に連なる蕎麦粒山から三ツドッケ、酉谷山、雲取山と続く長大な長沢背稜(奥多摩北部)がよく見えている。
  小持山からは岩場もあったりして、いい感じの尾根歩きが続く。 地質は矢張り堆積岩で、白っぽいのが石灰岩で赤っぽいのがチャートだ。 花の季節にはアカヤシオがきれいな処でもあるらしい。 展望を楽しみながら歩いていると、小持山山頂から歩程にして約40分、2つ目のピークが三等三角点のある大持山1294mの山頂だった。 日本山名事典(三省堂)によると “秩父ではヤマグルマのことをモチと呼び、その木が多いところからの山名” とのことだが、今回のコース上では、私が見落としたのかもしれないが、ヤマグルマの木(*)は何処にもなかった。
  これから先の、大持山から横倉山1197m〜鞍部(ウノタワ)〜鳥首峠と続く稜線が、実際、感動の連続だった。 なんと云っても明るく大きく開けた自然林(ミズナラ・ブナ林)が素晴らしかった。 立派な老木も交じっているのは“本物の自然林”の証拠だ。 脇役はイヌブナ、リョウブ、シャラ、シデ、ヤマザクラ、ダケカンバ、シラカバ(少し)、ツガ、アセビ、など。 神様がお創りになったのだろうか…、それらの木々の隙間から垣間見る近隣の山岳風景とも相まって、びっくりするほどの、芸術的な美しさだった。
  左下の山腹に白く肌けた採石場が見え出して間もなく、小さな祠がまつられている鳥首峠へ着いて一休み。 腰掛けた丸太のベンチの足元にカタクリの葉っぱがいくつかあって 「踏んじゃダメ!」 と怒鳴った佐知子が立ち上がったら、その足跡に踏みつけられたもう一つのカタクリの葉っぱがあった。 バツが悪そうに、それからは大人しくなってしまった彼女だった。
  未だ葉っぱだけのカタクリだが、もう少しすると可憐な花を咲かせるのは間違いない。 この奥武蔵の山稜に里の春が上ってくるのは(多分)あと2〜3週間後だと推測した。 カタクリやニリンソウなどのスプリングエフェメラル(春植物)が咲き、ミツバツツジやアカヤシオも咲き、新緑に染まったこの山稜の極上の美しさを、私達は想った。
  鳥首峠からは稜線を外れて左(東)へ進み、急坂をジグザグと下る。 やがて廃村になった白岩の集落跡を通過する。 崩れかけた廃屋が数軒あって、その事情などは何も知らないのだが、それらを見るのは何となく悲しかった。
  モスラやウルトラマンが出てきそうな、いかめしい石灰工場の建物の脇を下り抜け、沢に沿った車道へ出る。 この車道をだらだらと下っていると、石灰工場の従業員たちの帰宅時間とぶつかったのか、次から次へと乗用車が下ってきて私達を追い越していく。 日の当たる道路脇ではタチツボスミレ、ミヤマキケマン、モミジイチゴ、キブシなどが咲き始めていた。
  名郷(なご)のバス停に着いたのは午後5時20分頃だった。 4時48分発には全然間に合わなかったが、その次の5時42分発には楽々間に合った。 バス待ちの約20分間、団体のハイカーたちの中に混じって並んだ列の中で、ジンジンする足の筋肉の震えを感じながら、充実感と満足感にうっとりとする私達夫婦だった。
* ヤマグルマ(山車): 1科1属1種の珍しい常緑高木。葉が枝先に輪生状に付くことから山車。樹皮からは良質のトリモチを作ったのでトリモチノキとも呼ばれるらしい。屋久島の宮之浦岳登山の際、麓の原生林で、ヤクスギなどに交じって生えているのをたっぷりと観察した思い出が私達にはある。

武甲山から小持山と大持山・写真集 大きな写真でご覧ください。


名栗温泉「さわらびの湯」: 名栗村村営の日帰り温泉施設。 帰路に飯能行きのバスを途中下車してここで山の汗を流す予定だったのだが、この日は定休日(毎週水曜日)だったので残念な思いをした。 しかし、仮に営業していたとしても営業時間が午後6時まで、ということで、何れにしても私達はここで入浴することはできなかったと思う。 私達の“鈍足”が悪いのだが、できたら「さわらびの湯」の営業時間をもう少し延長してもらえたら、と思う。
 * 「さわらびの湯」の詳細については当サイトの No.77伊豆ヶ岳(Part2) を参照してみてください。



稜線の素晴らしい自然林(ミズナラ・ブナ林)
大きな写真は ここ をクリック
小持山の北斜面から武甲山を望む
振り返ると武甲山が大きい
北斜面に残雪
もうすぐ小持山の山頂だ
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