No.77 伊豆ヶ岳851m(奥武蔵) 奥武蔵の人気者 |
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INDEX * Part1 平成10年12月 吾野駅へ下る * Part2 平成14年2月 名栗の谷(小殿)へ下る * Part3 平成17年5月 ショートカットして森河原へ下る ※「竹寺」へ ※「飯能アルプス」へ → 地理院地図(電子国土Web)の該当ページへ 伊豆ヶ岳 Part1 吾野駅へ下る
7時10分、正丸駅から数組のパーティーに混じりスタートした。暫らく歩くと身体が暖かくなってきたので軍手を脱いだ。マイペース!と心に念じていたものの、何時の間にかかなりのハイペースで歩いていたようだ。話相手がいないので休憩時間も凄く短い。あれよあれよという間に、スリリングといわれる鎖場も難無く過ぎて、展望の良い伊豆ヶ岳山頂に着いてしまった。8時45分、“朝飯前”だった。 妻の佐知子に握ってもらったおにぎりを食べながら山座同定。北西面の谷を隔てて、武川岳から二子山へ続く山並がまず目に付く。その中間の奥にピョコンと顔を出している雪を被った立派な山は何だろう?(帰ってから調べたら浅間山だった。) あそこいら辺が比企三山で…、あれが多分丸山で…、と、早い話がほとんど山名は分からない。とにかく四方は山だらけだ。マァ、いいか…。ここも堆積岩の地質なのだろう。チャートの多い山だった。 山頂の案内板に伊豆ヶ岳の山名の由来が書いてあった。突峰状の山容によるアイヌ語の「イズ」から出たという説が有力らしいが、地元では、伊豆まで見えるからという「伊豆ヶ岳説」や、柚(ゆず)の木が多くあったからという「柚ヶ岳説」、昔、麓の湯の沢で温泉が涌き出ており、その前の山だからという「湯ヶ岳説」など、諸説あるらしい。(*) それにしても、ここは武蔵の国なのに、何故アイヌ語が山名の由来のひとつになっているのだろうかと、不思議な気持になった。アイヌは日本の先住民なんだから、多分そうなんだろうとも思った。 * 伊豆ヶ岳山麓の畑井に伊豆権現があるそうで、それがそもそもの山名の謂れではないかとする説もあるようです。 アセビの目立つ高畑山。檜と杉の樹林の中で、何本かの太いモミ(ツガだったかも?)の木が目立っていた。汗が流れ落ちてくる。とうとうセーターも脱いでしまった。途中で出会ったオジサンは、「暑い暑い」と言いながら、真裸になって下着を替えていた。12月だぜぇ…。 天目指峠(アマメザスとは方言で豆柿のこと)を経て、足腰の守り神「子ノ権現(子ノ山640m)」に立ち寄った。先々週、明神ヶ岳登山の際に訪れた大雄山最乗寺にも大きな下駄(和合下駄)があったが、ここにも、何故か天狗の(?)下駄があった。大きな金の鞋(ワラジ)もあった。 「何時までも元気に安全に登山ができますように…」 とお祈りした。 吾野の里で腹が赤茶色の山雀(ヤマガラ)を間近で見た。きれいな小鳥だと思った。家が恋しくなった、のだろうか。何時の間にか、また急ぎ足になっていたようだ。吾野駅に着いたのは午後2時45分。単独行の自由さと寂しさを体験した、安上がりの小さな私の山旅だった。
伊豆ヶ岳 Part2 名栗の谷(小殿)へ下る 平成14年(2002年)2月16日 西武秩父線正丸駅〜登山口(大蔵山分岐)〜五輪山〜伊豆ヶ岳851m〜古御岳831m〜高畑山695m〜中ノ沢ノ頭623m〜天目指峠〜竹寺分岐〜豆口峠〜竹寺(子ノ山640m)〜小殿-《バス8分》-さわらびの湯(入浴)-《バス1時間》-飯能駅 【歩行時間: 5時間40分】
西武秩父線の正丸(しょうまる)駅から歩き出したのは午前8時40分。それほど寒くはない。長丁場なので少し速めに歩いてみる。それでもどんどん後発組に追い抜かされていく。遅歩きの習慣が身についてしまったのかなぁ…、と悲しいような、悟ったような、結局いつもの気分にペースダウン。高麗川の枝沢の沿道の流れは清らかで、何処かで小鳥も囀っている。 30分ほど静かなアスファルト道を歩くと、大蔵山分岐から山道になり、更に高度を上げていくと残雪が目立ち始める。それほど歩行に支障はなく、アイゼンは着けなくても大丈夫のようだ。 伊豆ヶ岳名物の山頂近くの岩場(男坂・鎖場)は何時の間にか通行禁止になっていて、右の巻き道(女坂)を辿ることになる。岩の崩壊が進み落石の危険があるため、というのが理由らしい。おかげで 「3年前に来たときは、オレはあの鎖場を登ったのだゾ」 と佐知子に自慢することができた。実は全然カンタンな鎖場だったのだけれど…。 伊豆ヶ岳の山頂着は午前10時25分。1時間ほどゆっくりと展望を楽しんでから下山開始。古御岳(こみたけ)を皮切りに、いくつかの山々を越しながら高度を下げていく。暫らく下って振り返ると、樹林越しに伊豆ヶ岳と古御岳が双耳峰のように見えている。 この縦走路の植生は ヒノキの植林とアセビがメインだが、落葉広葉樹も少し混じる。その数少ない広葉樹の太い幹が、まるで巨人になぎ倒されたかのようにへし折れているのを数ヶ所で見た。カミナリのせいかな、とも思ったけれど、コゲめがない。広葉樹の大木を目のかたきにしているようなこの仕業は、一体誰が何のために行ったものだろうか…、と考えて、台風の怖さを思った。 天目指(あまめざす)峠からの登り返しがけっこうきつく、たっぷりと休憩はとっているものの、少し疲れてきて下山時間も気になりだした。なつかしの竹寺もゆっくりと散策したかったのだけれど、ここは横目で眺めながら先を急ぐ。小殿(こどの)のバス停に到着したのは午後4時15分だった。乗客のほとんどいないバス(飯能行き)を途中下車して、お目当ての名栗温泉「さわらびの湯」へ立ち寄り汗を流す。 奥武蔵の特徴を一言で云うと“里山の安心感”ということになるだろうか。その奥武蔵を充分に堪能し、満ち足りた一日だった。 * 今回の下山路については西武池袋線の吾野駅へは下らず、子ノ権現の少し手前の竹寺分岐を右に折れ、竹寺を経由して名栗の谷(小殿)へ下るコースをとりました。歩行時間はほとんど変わらりませんが、帰宅時間は少し遅くなります。しかしながら、帰路、名栗温泉で入浴ができる、というのが今回のコースどりの自慢でもあります。 名栗温泉「さわらびの湯」: 平成6年11月にオープンしたという名栗村村営の日帰り入浴施設。名栗湖の東、入間川近くの閑静な山間に位置する。小殿からは国際興業バスで10分足らず。飯能までは約45分。人気ということでかなり混んでいたが、マイカー客がほとんどのようだった。この日の夕方、バスから降りたのも17時43分発の飯能行き最終バス(さわらびの湯経由)に乗ったのも私達夫婦だけだった。フッ素が規定量以上含まれているので「温泉」になったという、ちょっと変わった泉質。弱アルカリ性 PH9.11。肌がスベスベする。石タイル貼りの広い浴槽は気分は良いが、少し浅すぎる。ぬる湯好きの私達にはちょうどよい湯加減だった。 営業時間は午前10時から午後6時まで(シーズン中は1時間延長)。入浴料は大人一人800円(3時間まで)。 各種の自動販売機や広い和式の休憩室はあるが、食堂はない。 (平成21年4月現在) 「さわらびの湯」のHP
伊豆ヶ岳 Part3 ショートカットして森河原へ下る 平成17年(2005年)5月14日 西武秩父線正丸駅〜登山口(大蔵山分岐)〜五輪山〜伊豆ヶ岳851m〜古御岳831m〜高畑山695m〜中ノ沢ノ頭623m〜天目指峠〜(車道)〜森河原-《バス10分》-さわらびの湯(入浴)-《バス1時間》-飯能駅 【歩行時間: 4時間20分】 「山歩会」5月の定例山行に新緑も楽しめる伊豆ヶ岳を選びました。山里のあちこちにはシャガがたくさん咲いて、山路ではヤマツツジやタチツボスミレが花期を迎えていました。 伊豆ヶ岳山頂手前の例の岩場では、男坂組(クサリ場組・8名)と女坂組(巻き道組・5名)の2組にパーティーを分けてみました。私は男坂組でしたが、落石に注意しながら、なるべくクサリに頼らず三点確保に留意して、ルートや足場を慎重に選んで登ったら、案外あっけなく岩場を登り切ることができました。眺めの良い岩上では男坂組全員で怪気炎を上げました。岩のゴツゴツした稜線を尚も少し進み山頂へ出てみると、佐知子サブリーダー以下の女坂組はもうとっくに到着していて、お弁当を食べ始めていました。危険を冒して直登する、その理由のひとつが脆くも崩れ去り、ちょっと空しさを感じた瞬間でもありました。 この日は急坂の下りで膝を痛めてしまったメンバーもいて、天目指峠からアスファルトの車道を歩き、名栗の谷(森河原バス停)へ下りました。ゆっくり歩いて1時間足らずの車道歩きでしたが、車が殆ど走っておらず、静かで情緒のある山里歩きでした。疲れに対する難易度を下げるのでしたら、お勧めのエスケープルートです。
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