No.321 子持山(こもちやま・1296m) 平成26年(2014年)7月12日 |
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「登山」は上州の子持山から!? → 地理院地図(電子国土Web)の該当ページへ 群馬県の中央に位置する子持山は、活動期の古い(50〜60万年前)休火山だという。渋川市のサイトによると、『子持山は富士山と同じ形の成層火山で、かつては遠く長く裾野を引いた美しい山…』 だったそうだ。それが 『噴火により上半分が爆発し…、長い年月の浸食作用をうけ、削られ肉をそがれて骨格がむき出しになり…』 という変遷を遂げ、今では 『火山の生成を知る上で貴重な山』 であるらしい。南麓にある子持神社の主祭神が、富士山の浅間神社と同じ木花咲耶姫(このはなさくやひめ)であることも、意味深長だと思う。 万葉集に子持山に関係した東歌があることを、ガイドブックなどで知った。子持神社の境内にその歌碑があるらしい。 子持山 若楓の紅葉まで 寝もと吾は思ふ 汝はあどか思う 子持山の楓(カエデ)の若葉が秋に色づくまで、私はあなたと寝ていたいんだけれど、どうかなぁ、といったような意味であるらしい。“歌垣”で若者が女性を誘う歌だったのではないか、という解釈があるそうだが、何れにしても、かなりおおらかでストレートな恋歌・相聞歌だと思う。なんとなれば子持山は、昔から性崇拝の山として知られていたという。そして一方、子持山は(きびしい)修験道の霊場であったともいう。いったいどっちなのか、それも(私にとっては)とても興味深い問題だ。 カーナビに従って、関越道の赤城インターで降りて西へ向かい、蛇行する利根川を敷島橋で渡る。そして子持神社(本社)の脇を通り過ぎ、唐沢沿いの林道奥子持線を、1号橋、2号橋、3号橋、4号橋…と、右岸と左岸を行ったり来たりしながら…快調に遡上する。子持山の登山口は5号橋や6号橋にもあるけれど、私達夫婦はもっと奥の7号橋の駐車場(標高約700m)に車を停める。獅子岩(大黒岩)経由の子持山登山なら、この7号橋登山口からのコースが最も近いのだ。 軽くストレッチしてから歩き出したのは午前8時を少し過ぎた頃だった。まずは右手の石階段を上って赤い鳥居をくぐり、杉の木立に囲まれた子持神社奥ノ院に参拝。子授けや安産の関係はさておいて、登山の安全を(真剣に)祈願する。 登山届を専用ポストに入れてから、立派な道標に従って登山道へ入る。両側にヤマアジサイの咲く木道を登ると、左手前方に屏風岩と思われる大岩壁を見る。粋な(木製の)太鼓橋を渡り、その大岩壁を右に巻いて、水量の増した沢筋を登る。一昨日に関東地方を通過した(大型で非常に強い)台風8号の後遺症を恐れていたのだが、思ったほどではなかったのは幸いだった。登山口から12〜3分ほど登った処、「円珠尼の歌碑(*)」のある分岐で、勇気の小さな炎が未だ胸中に燃え続けている私達は、迷うことなく左折して屏風岩にアタックする。 * 円珠尼の歌碑: 「子持山紅葉をわけて入る月は錦につつむ鏡とぞ見る」 私が先頭に立って、スリル満点のロープの岩壁や金属製の梯子を攀じ登る。振り向くと(北側には)、獅子岩が鋭く天を突いている。 …でも案外あっけなく、屏風岩ピークの一角に辿りついた。大岩を廻り込むと細長い小広場があって、奥のもう一つのピークには石碑が立っている。遠目で見ただけなので何が書いてあるのか分からないが、ガイドブック等によると中将姉小路済継の歌碑(*)であるらしい。なんとも雰囲気の良い処なのだが、佐知子は断崖絶壁が真下に見えるその大岩を廻り込むのが怖くて、手前の小空間に甘んじている。 「こっちへ来てみなよ」 と誘ってみても 「私はここでいいの!」 と岩の上部から首を出して私を睨みつけるのだ。仕方がないので、私は360度開けた岩上を少しの間だけウロウロして、踵を返した。周囲には灌木化したアカマツやリョウブやネジキやヤシャブシなどが疎に生い茂り、美味しそうな赤い実をつけたウスノキや白い小花をつけたコメツツジなどの落葉低木がとても自然で、近隣の峰々もよく見える、ほんとうに良い処だったんだけれど…。 * 姉小路済継の歌碑: 「子持山谷懐露に生いたてて木々の葉子くむ花をこそみれ」 私達は屏風岩の岩上から「円珠尼の歌碑」が立つ分岐までいったん戻って、一般登山道を獅子岩に向かったのだが…、下山後に後悔したことがある。屏風岩ピークの梯子下に、尾根伝いに(獅子岩の基部まで)進む道があったのだ。歩行時間にすれば20分〜30分程度は短縮できたかもしれない。地形図(2万5千図)には無い道だったことや(いつものことながら)事前の情報収集不足で、その分岐で私達はあっさりと断念してしまったが、(尾根コースは)踏み跡明瞭とのことで、心配には及ばなかったのだ。 沢筋の急坂を登る。高度を上げると水流は途絶え、スギ・ヒノキの人工林から天然林へ移りゆく。高木の主だったものは(凡そ観察順に)コナラ、クリ、ヤマザクラ、アワブキ、ミズキ、アオハダ、クマシデ、イヌブナ、ハウチワカエデ、エンコウカエデ、ナツツバキ、リョウブ、ミズナラ(多い)、イタヤカエデ、ブナ(少い)、ダケカンバ(少い)…などで、 低木ではツツジ類やコクサギが目立っている。ササ類は案外と少なくて、ミヤコザサが数箇所で少し群生している程度だ。美味しそうなウワバミソウ(ミズ)や独特の葉型のカメバヒキオコシが美しい緑色だ。ヤマアジサイが相変わらずあちこちに咲いている。 尾根へ出ると6号橋からの登山道が右手に合流する。展望箇所が随所に現れる。 足元にミツバツチグリの黄花が咲く獅子岩の基部で、小休止して息を整える。屏風岩で(心と体を)慣らしたばかりなので、幾分気は楽だ。鎖と鉄梯子を慎重に登りつめると、黒っぽい石碑(コラム欄へ)の立つ獅子岩の岩上へ出た。1点360度の、本日一番の大展望だ。 まず、これから向かう北北西方向の子持山の山頂部が近くて大きい。そして遠望は…、梅雨の晴れ間のこととて少しモヤっているが、それでも赤城山や榛名山や上信越や日光方面の山並み(山影だったかも)などがよく見えている。ここでも灌木化したリョウブやヤシャブシが目立ち、コメツツジ(花)、赤く色づいたウスノキ(実)なども疎に生い茂り、無機物な岩景色にアクセントをつけている。シモツケが今を盛りに咲いている。ニガナも少し咲いている。ツマグロヒョウモンがひらひらと飛んでいる。アキアカネがたくさん飛んでいる。…何気に、この山の特質である地学的な希少性の…放射状岩脈かなぁ…が何となく分かる眺めも眼下に広がる。 獅子岩の鉄梯子をいったん下った岩棚で、西側の岩壁を攀じ登っている若い男女3人のロッククライマーたちと出会った。 「写真を撮ってもいいですかぁ?」 と聞いたら爽やかな笑顔で 「どうぞぉ〜」 と答えてくれた。ハシゴやクサリがあるのに、わざわざ何もない岩壁を攀じるなんて…、とオジサンの私は思うけど、実際、挑戦する若者の姿っていいもんだ。 → 「♪ だのになぜ歯をくいしばり 君は行くのか そんなにしてまで〜(若者たち)」…ちょっと古いなぁ、やっぱし…。 分岐まで戻り左折して、明るい自然林の尾根上を進む。振り返ると、今さっき登った獅子岩が獅子(ライオン)の横顔のように見えたので、う〜んなるほど、と“ガッテン!”した私達だった。 石祠のある分岐(柳木ヶ峰)を過ぎ、急勾配を登りつめると、そこが南北に細長い子持山の山頂だった。ここにも黒っぽい石碑(コラム欄へ)が立っていて、周囲にシモツケやヤマアジサイが咲き乱れている。ミズナラなどの樹木に遮られて展望は少しスポイルされるが、北面〜東面が大きく開けていて、やはりここもとてもいい感じの空間だ。 よっこらしょと、その静かな山頂部の端っこに座って、サーモスの熱いコーヒーを啜りながら菓子パンを食べていたら、10人前後の男女の中高年パーティーが登ってきた。途端に賑やかになったのはいいのだけれど、このパーティーはお行儀があまり良くなかった。方位盤の上にザックを置く人がいるのにびっくり。そしてなんと、一等三角点の標石にザックを寄りかけているメンバーもいるのだ。(会話の内容などから鑑みて)リーダー不在、という感じだった。私達がそそくさと(そっと)山頂をあとにしたのは言うまでもない。 柳木ヶ峰の分岐まで戻り、尾根伝いにミズナラ林の急勾配を下って鞍部の大タルミへ出る。この(大タルミの)分岐で前方の浅間1088mから5号橋へ下る尾根道を右に分けると、道はなだらかになってくる。ここからの下山路も沢筋なので、上りの一般登山道と植生は似通っているが、チドリノキ、サワシバ、フサザクラ、などの沢筋本来の樹木が特に目についた。(靴が濡れない程度の)渡渉を数回繰り返す。小鳥のさえずりが…、ミソサザイかなぁ、美しく谷間にこだまする。 林道終点の8号橋を渡って間もなく、出発地点の7号橋駐車場に戻りついたのは午後2時30分。ここから(温泉入浴などの)寄り道をしなければ、夕食時間までには(楽々)東京の自宅に帰れそうだ。 * 今回私達が歩いたのは、子持神社奥の院(7号橋駐車場)からの子持山登山の代表的な周回コースです。簡単な沢登りあり、クサリやハシゴの岩場あり、自然林の尾根歩きあり、と変化に富んでいて、しかも岩上や山頂からの展望もよく、厳しさと優しさを併せもったとてもいいコースだと思いました。・・・つまり子持山は、おおらかでストレートな恋歌の要素と修験道のきびしさを兼ね備えた安山岩の不思議な山、という結論に達したのであります。 なだらかになってきた沢沿いの下山路を歩いているとき、「“ハイキング”は三ツ峠までだけれど、“登山”は上州の子持山から、かもね」 と思わず呟いてしまった、(多分)思い出に残る素晴らしい日帰り夫婦登山でした。子持山の霊力に感謝感激です。 登山とハイキングの違いについて: 拙山行記録のコラム欄です。参照してみてください。 佐知子の歌日記より 獅子岩や屏風岩を攀じ登る 鎖はゆれる梯子もゆれる 頂上に群れて飛び交うアキアカネ すっかり夏の子持山なり みどり葉にやさしく抱かれ山登り 君と二人の豊かな時間
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