No.312 赤岳(県界尾根〜真教寺尾根) 平成25年(2013年)9月6日〜7日 |
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【歩行時間: 第1日=5時間10分 第2日=5時間50分】 → 地理院地図(電子国土Web)の該当ページへ 昭和30年代の第一次登山ブームのころ、登山者の列ができるほど歩かれたのが谷川岳の西黒尾根だった、というのは有名な話だが、南八ヶ岳の県界尾根コースと真教寺尾根コースも、どうやらそうであったらしい。西麓の美濃戸口からの赤岳登山が主流になっている昨今、“東麓から主峰を目指すクラシックコース(ヤマケイアルペンガイド・佐々木亨氏)”という位置付けであるらしい。上部にはクサリやハシゴが続く(急峻な岩場が続く)、ガイドブックによっては“上級者向き”とも“中級以上”ともランクされているコース、ということもあって、出掛ける前からドキドキ・ワクワクした。何人かの山仲間を誘ってみたけれど、其々理由があってあっさりと断られた。しかし、男のロマン本能に火がついてしまった私の意気は高く、(多少は迷ったが)単独行に踏み切った。 ●第1日目(9月6日・高曇り) 県界尾根を登る 中央自動車道の長坂インターから北へ約25分、美し森ファーム(旧たかね荘)の大駐車場(無料)に着いた。あまりにも閑散としているので、何処に車を停めたらいいのか迷うほどだった。ここの標高は約1560mだ。周囲はカラマツ林で、ひんやりとした風が吹いている。そそくさと支度して歩き始めたのは午前8時頃。サンメドウズ清里スキー場の入口を左に見送り、道沿いのツリフネソウの赤紫色の花などを観賞しながら、とりあえずせっせと歩く。今回はメガネを掛けているので足元がよく見えるのだ。(*) 30分足らずのアスファルト歩きで、カラマツロッジ(閉鎖中)のある県道終了地点(=大門沢林道入口)を通過する。ここまでは車で入れるようだ。 幾つかの堰堤を巻きながら、大門沢の左岸をなだらかに遡上する。今は車は通れないが、かつては林道として機能していたのだろう、よく踏まれた小広い山道だ。辺りはカラマツの人工林とミズナラなどの自然林が交雑する気持ちのよい林相だ。ミズナラ林の副主人公はカエデ類(イタヤカエデ、ハウチワカエデ、ウリハダカエデなど)、ハンノキ類(ヤマハンノキ、ヤハズハンノキなど)、ダケカンバ、コメツガ、コシアブラ、それに沢筋らしくオノエヤナギなどのヤナギ類…。林床はクマイザサ(シナノザサ)かな。…と、いつものクセで、いつの間にか樹種などをメモしている。いかんいかん。今日は“歩き”に徹しなくてはいけないんだぞ。と自身に言い聞かせる。 県界尾根取付点を過ぎると本格的な山道となり、傾斜が増す。大門沢上流とその源流にそびえ立つ赤岳を望めるポイントが何箇所かあるのだが、残念なことに殆ど雲の中だ。足元には(ホソバ?)トリカブトやハナイカリが僅かに咲いている。(いかんよ、メモなどをしておったら…) 小ピークの小天狗(三合目)で野辺山方面からの登山道が右から合わさり、いよいよ(山梨県と長野県の)県界尾根だ。少し進むとビューポイントがあり、ここで大休止。遠くの何処かでコマドリが鳴いている。おにぎりを頬張りながら1/25000図のコピーを取り出して確認すると、ここは標高約2190mの地点。まだ先は長い。ふぅ〜。 気合を入れて再び歩き出すと、暫くの間はなだらかな勾配が続くが、やがて急勾配になってくる。森の木々の主人公がミズナラ→コメツガ→シラビソへと徐々に移行して、それにダケカンバやトウヒも交ざってくる。それらの木々が疎になり、樹高が段々と低くなる。所々のダケカンバの純林が美しい。開けた場所にはイネ科の草本が生い茂り、花の盛りは終わっていて種類も数も少ないが、ミヤマアキノキリンソウ、シラタマノキ、ウメバチソウ、(ホソバ?)ヤマハハコ、ヒメコゴメグサなど、初秋の花たちが可憐に咲いている。足元のゴゼンタチバナや、目の高さのウラジロナナカマドやタカネナナカマドは、赤い実をつけている…。(いかんいかん、またメモっている) …それらの木や草や花に元気づけられて、四合目〜五合目(大天狗)と県境の尾根を快調に進む。 亜高山帯におけるおなじみの樹種…シラビソやダケカンバ…の林がさらに疎になり低くなり、ハクサンシャクナゲが目立ってきて、空が抜けてきた。何となく岩っぽくなってきて、「この先大変危険です…」と書かれた(赤岳頂上山荘の)看板が出てくると間もなく森林限界を超え、ハイマツ、ミヤマハンノキ、いじけた(灌木状の)ダケカンバ…、などの高山帯の植生に移行する。そして、ついにクサリと鉄梯子の、岩場の連続する“核心部”へ突入する。もうメモするのは止めて、デジカメ撮影だけにしておこう…! ストックもザックにしまって、冷静に慎重に、ゆっくりと休み休み、息を整えながら、3点確保に留意して、一歩ずつ着実に攀じ登る。クサリに体重を預けざるを得ないスラブ(のっぺりした一枚岩)状の壁や、ザレていてスタンス(足場)が分かりにくい浅いルンゼ(岩溝)が、それぞれ1ヶ所ずつあったけれど、それ以外は(思っていたよりは)割と平凡なクサリ場だった。ほっとして、赤岳頂上へ続く急峻な本道と赤岳展望荘へのトラバース道の分岐で、はたと思案した。 ガスっているから山頂部からの展望はないと思うし、もう充分に疲れたし、やっぱり展望荘へ直行しよう。と、そう決めたら肩の力と腰の力が抜けて、その場に座り込んでしまった。そして長々と休憩してから、クサリと梯子の(それほど難しくない)トラバース道を、トウヤクリンドウやウメバチソウやミネウスユキソウなどの花を愛でながら、15分のコースタイムに30分をかけて、ゆっくりと歩いた。そしたらそのうちガスが晴れてきて、目の前に赤岳展望荘とその右奥の大きな岩山(横岳)が、すっきりと見えてきた。左手を振り返ったら、眼前の赤岳が、その左側(東側)に雲をまとって神々しく屹立している。 赤岳の北側の主稜線上に建つ赤岳展望荘にチェックインしたのは、午後2時頃だった。 * 赤岳展望荘: ヒュッテ夏沢、美濃戸山荘、八ヶ岳山荘と同系列。「(株)ふじもり」が運営する。ここ最近はなにかと評判のいい山小屋だったので、一度は利用してみたいと思っていた。小屋名にウソはなく、非常に展望に優れたロケーションで、受付で手渡されたコップの色で食事時間を区別するなどの工夫されたシステムや、従業員の対応やバイキング形式の食事など、山小屋としてはとても優れていると思った。コーヒーが(砂糖もミルクも)飲み放題、というのも嬉しいかぎりで、ブランデーを持参すればカフェロワイヤルの飲み放題かも。 (入ろうと思えば)4〜5人は同時に入れる五右衛門風呂があり、これが「売り」のひとつでもあるようだが、如何なものだろうか。風呂好きの私だが、山小屋で風呂に入ろうとは思わない。な〜んちゃって、しっかりと入浴(カラスの行水)した私だ…。う〜ん、やっぱりさっぱりするよなぁ、風呂って…。(^_^;) (男性は)15時30分からの入浴後、小屋前の広場のベンチで、500円で買った缶ビールをぐびぐびと飲んだ。そして、霧の晴れた赤岳や阿弥陀岳や峰の松目や天狗岳や硫黄岳や横岳やぼんやりと見える諏訪湖や…の、西側の景色を飽くことなく眺め続けた。携帯(ドコモ)がなんと3本バーで、山の友人たちや留守番の妻とのメールのやりとりもした。西風が強くて、セーターを着ても少し寒かったが、入浴前も入浴後も、食前も食後も、…日が沈むまで絶景を眺め続けた。 ●第2日目(9月7日・曇→雨) 真教寺尾根を下る 展望荘は空いていたので、がら〜んとした大部屋で、昨夜は6時頃から横になったのだが…、なかなか寝付けなかった。1〜2メートルは離れていた隣人の歯ぎしりがすさまじく、これに一晩中悩まされたのだ。いつもならそのぐらいでは熟睡してしまうのだが、私としては珍しい現象だ。岩場の2日間ということや単独行ということで、けっこうナーバスになっていたのかもしれない、と自己診断。 それでもいつの間にか眠っていて、4時半頃に部屋の明かりがついて目が覚めた。朝食は5時15分からとのことだったが、それよりは5〜6分は早く始まった。そそくさと食事を済ませ表へ飛び出る。雲海から昇る御来光を仰ぎ、モルゲンロートに染まる赤岳の山頂部を目指して歩き始めたのは5時40分頃だった。雲の彼方に富士山が頭を出している。 展望荘からちょうど40分の登りで頂上山荘(赤岳の北峰)に着く。この山荘の少し手前に県界尾根への分岐があり、あぁ、昨日真っ直ぐに登っていればここに出たんだな、と感慨深かった。この北峰から30〜40m先の一等三角点のある南峰で、赤嶽神社に手を合わせる。3〜4名の登山者で、赤岳頂上としては閑散としている。もちろん360度の展望で、佐久平方面(奥秩父の山々など)は雲の下だったけれど、南北の八ヶ岳や南アルプスなどは(まだ)よく見えている。東麓を見下ろすと、昨日登ってきた県界尾根とこれから下る真教寺尾根が、大門沢を挟んで並行にのびている…。 6時40分、赤岳から下山開始。阿弥陀岳や文三郎道方面への道を右に分け、竜頭峰を巻いて岩稜を下り、キレットから権現岳へ至る主稜を正面に分け、左折していきなり急傾斜の真教寺尾根へ入る。この急傾斜の岩盤には延べ250mのクサリが続くという…。 主稜から見下ろしたときは、えっ、(崖から落っこちそうな)こんな処を下るの? と思ったけれど、昨日の県界尾根の上りで身体と心が慣れたせいか、それほど恐怖は感じなかった。しかし(上り以上に)慎重に下って、ちょっとしたテラスでは必ず小休止して息を整えるようにした。ハイマツやミヤマハンノキ、そしてトウヤクリンドウやヤマハハコやウメバチソウの花など、県界尾根と似たり寄ったりの植生だ。目の前の岩隙の、(花期の殆ど終わった)イブキジャコウソウにそっと手を触れてみる。と、シャネル5番の芳香が鼻腔をさす…。 シラビソやコメツガなどの林に入るとホッとする。もうクサリ場は無いはずだ。近くのダケカンバの小枝に小鳥(コガラかな?)が…、実を啄ばんでいるのだろうか、忙しそうにしている。いつの間にかガスっていて、森の姿が神秘的だ。六合目を過ぎる辺りから見ごろのセリバシオガマが群生して咲いていたが、これは見事だった。このころから(ようやく)数組の登山者とすれ違ったりして、静かな尾根道にもちらほらと人の影。そういえば今日は土曜日だ。 登山道上のちょっとしたふくらみの扇山2357mを通り過ぎ、三等三角点のある牛首山2280m(五合目)でも中休止。それからさらに樹林を下り続けていると、とうとう小雨が降り出した。赤土の広々とした平坦地(賽ノ河原)でも、見えるはずの景色は雨霧の中で、眺望に関しては残念だった。足元にはマツムシソウが少し咲いていた…。 雨は間もなく上がったが、クマイザサの深い斜面が続いたので、カッパのズボンは脱ぐことができない。リフト乗場(パノラマリフト山頂駅)では迷ったが、まだ体力が残っていたので、リフトには乗らず歩いて下る。これも“文明の利器はなるべく利用する”という理念に反して、軟弱な私としては珍しいことだ。自分自身を「えらい!」とほめてやりたい。 赤やピンクや黄色の、園芸種のユリが咲き競うリフト乗場から、カラマツの植林地帯を40分ほども下ると羽衣池につく。小さな準高層湿原で、アサマフウロが1輪だけぽつんと咲いていた。 羽衣池から15分ほど(歩きにくい)丸太階段などの遊歩道を下り、満足な気分で美し森ファームの大駐車場に戻りついたのは午後1時頃だった。標高差約1340mを下ったせいか、岩場での恐怖を思い出したせいか、足が少し震えていた。 県界尾根と真教寺尾根に咲いていた花: 花の写真集です。 清里温泉「天女の湯」: 下山後に立ち寄ったのは「アクアリゾート清里」内にある日帰り入浴施設「天女の湯」だった。プールなどとは別料金で(風呂のみで)入館できる。内湯の壁も浴槽も赤御影石貼りで、露天風呂は岩風呂風だった。この日は時間が早かったこともあり、空いていたのでのんびりと入浴できた。泉質はナトリウム-炭酸水素塩・塩化物泉(低張性弱アルカリ性高温泉)で、口に含むと微かにしょっぱい。掛け流しで湯船から常に湯があふれているのが気持ちいい。湯上がりに、家族連れで賑わうレストランで、こってりとしたオムライスを食した。意外と薄味で、それなりに旨かった。 中央自動車道の長坂I.Cまでは20分弱の距離だった。
* 赤岳のその他の山行記録です。 赤岳から横岳と硫黄岳: 平成9年11月 編笠山から権現岳と赤岳: 平成19年10月
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