元旦に遺影の母をちらと見て 夫はいつもの浦霞を呑む ポストには山小屋からの年賀状 遠い穂高は青空に映ゆ 通勤の電車は停まり夫帰る 東京に降る五センチの雪 ゆで忘れ一本残りし菜の花をグラスに挿せば黄色く咲けり 君はまた村上春樹を読んでいる 青菜をゆでる我に気づかず 冬山にはく股引(ももひき)を買いたきに タイツならと若き店員の言う 熱のため言葉少なき夫なれど ビールを飲めば七割もどる 母なくし半年過ぎし頃 しみじみと夫は溢れる思い告げ来ぬ ゴックリとぬるいココアを飲む母は「うっおいひぃ」と言ったと思う エンジン音高くポルシェの過ぎゆくを見つつひたすらペダル漕ぐなり うめ・こぶし・はこべら白くはにかんで 藤野の里をゆるりと歩く 真冬ほど冷たくないがメガネには小さきしずくの三月の雨 かそかなる手触れに散れる雪柳 白い小花は妣(はは)の涙か 涙ぐむ娘をみれば夫もまた手にハンカチの孫の卒業式 あんパンが四角になりそうに力いれ パン屋の新人トングを握る |
元旦に遺影の母をちらと見て 夫はいつもの浦霞を呑む (1.1) 人目さけ今年はテレビ観戦の箱根駅伝あせがまぶしい (1.2) コンビニのわき行く新年三日目に 恵方巻のポスターを見る (1.3) 右足の小さきブーツが傾いてポストの上に置かれていたり (1.4) ゴミ出し日まちがえて出す隣人は五年ののちの我かもしれず (1.4) よき歌を詠まんと集う新年の歌会の声が部屋中はずむ (1.5) ポストには山小屋からの年賀状 遠い穂高は青空に映ゆ (1.7) 御前山から菊花山へ (1.9) うすあおく野辺に寄りそうホトケノザ うっすら霜のかんむりかぶる くっきりとジグザグ道の刻まれる秀峰富士を夫と眺める 山々に囲まれ走る中央道エンジン音のこだまが飛び交う 覚えてるつもりでいても次の日はおおかた忘れる健康番組 (1.12) 大楠山ハイキング (1.16) 鍋囲み大楠山の頂上で呑んでは語る山仲間なり 二次会へ行かず帰宅の午後の五時 介護モードに切り替えねば…ね 待つ人は居らず襷は中ぶらりん 全国対抗女子駅伝 (1.17) 通勤の電車は停まり夫帰る 東京に降る五センチの雪 (1.18) ゆで忘れ一本残りし菜の花をグラスに挿せば黄色く咲けり (1.18) 公園にきのうの雪のすがたなく エサを捜せるすずめの多し (1.19) 目を開きぐいとコップのお茶をのむ 施設の母よ今日も元気だ (1.21) 前を行く三十センチを超えている革靴の音 渋谷にひびく (1.23) 天に向きとんがり帽子の赤い芽のドウダンツツジじっと春を待つ (1.25) 寝つづけたインフルエンザの二日間 朝・昼・夜はどこかへいった (1.28) 夫の手のおろし林檎が運ばれて のどには甘い香りがひろがる (1.28) 酔っ払いとみられただろう我が歩み インフルエンザにフーフラフラの (1.28) 病癒え七日ぶりなる自転車を漕げば青空ぐんぐん近づく (2.1) 友の妻の通夜に参列 (2.2) 靴音が追いかけてくる星なき夜 横浜北部斎場へ行く はじめての駅に降り立ちその灯り なんだか落ち着くセブンイレブン マスクかけ帽子とメガネのいでたちに秘め事あらねど不穏のにおい (2.6) 大人らは騒音と言いしベンチャーズ 五十年後にBGMとなる (2.8) 君はまた村上春樹を読んでいる 青菜をゆでる我に気づかず (2.8) ふわふわの外皮厚く包まれて あんこ少ない土産の鯛焼 (2.11) ストーブの正面陣取る我が手足 外仕事終えほぐれてゆきぬ (2.11) 股引(ももひき)はないかと問えば「タイツならある」と答える若い店員 (2.11) 十二歳の孫にとっての十年前は 記憶もないと我にほほえむ (2.13) 孫からのバレンタインのチョコクッキー すこしかたいがほんのり甘い (2.13) ガラス戸を春一番がたたいてる うららかな日がもうすぐ来ると (2.14) 熱のため言葉少なき夫なれど ビールを飲めば七割もどる (2.15) 母なくし半年を経た今なのだと溢れるかなしみを夫は吐く (2.17) ゴックリとぬるいココアを飲む母は「うっおいひぃ」と言ったと思う (2.22) 確かめるようにじいーと我をみて「あらっ」という語を母は発する (2.22) うなりつつポルシェは我を追い越せり 負けじとペダル漕ぐ冬の道 (2.22) 傘カバー・ハンカチ・手袋・道にあり 拾わず過ぎる蒲田駅前 (2.22) 午後の二時 固定電話がなればすぐオレオレ詐欺を疑ってしまう (2.23) 息つぎはいつだったのか一時間しゃべる二人は九歳男子 (2.25) トム・クルーズ主演の映画「アウトロー」をテレビで観て… 笑顔なきトム・クルーズの映画など 醤油をつけない刺身のような (2.27) 花手向け偲ぶ歌詠む人のあり 黙祷ののち歌会はじまる (3.1) 気兼ねなくふぐを味わう宵の口 四十二年目の結婚記念日 (3.3) ペダル踏む とたんに痛む右のひざ 今日は坂道自転車を押す (3.4) ストーブをつけたり消したり三月の暖房設備は手動なんです (3.7) 真冬ほど冷たくないがメガネには小さきしずくの三月の雨 (3.11) 日連山ハイキング (3.12) 朝からの小雨まじりの日連山(ひづれやま) めげずに登る軽き足どり うめ・こぶし・はこべら白くはにかんで 藤野の里をゆるりと歩く 下山後に「うまッ!」と言ってめずらしく缶ビールをのむ 午後の四時半 義母のふるさと近くの今物語 追いはぎが出たとう山は崩されて 朝日をあびる老人ホーム建つ (3.17) かそかなる手触れに散れる雪柳 白い小花は妣(はは)の涙か (3.21) 連休の息子はいまだ起きもせず 夢の中にて朝・昼を食む (3.21) 笑顔なき桜開花の予報官 儀式のように宣言したり (3.21) 孫の小学校の卒業式に参列して (3.24) 思い出や希望をのべる卒業生 五十五人の皆の声よし 涙ぐむ娘をみれば夫もまた手にハンカチの孫の卒業式 赤ちゃんの握りしめてる手がひらくように生まれるもみじの若葉 (3.27) あんパンが四角になりそうに力いれ パン屋の新人トングを握る (3.27) 西丹沢のミツバ岳から権現山へハイキング (3.29) みつまたの小花かたまりうつむいて ミツバ岳の嶺(ね)黄色に照らす 夕餉には間に合うようにと早足で権現山の急坂下る 作る時間ないから買って夕餉とす 横浜駅のシュウマイ弁当 |