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北アルプス横断(後編)
No.420-2 高天原から烏帽子岳
令和3年(2021年)7月28日〜30日 曇り本降りの雨も降ったすっきりと晴れたときもあった

雲ノ平の略図
第3日目
コバイケイソウの群生
お花畑を進む

バックは祖父岳
岩苔乗越にて

小屋裏の小ピーク(赤岳)から撮影
水晶小屋
バックは野口五郎岳

水晶小屋裏手の小ピークから北鎌尾根〜槍ヶ岳を望む
槍ヶ岳展望・手前は赤岳
撮影地も(もう一つの)赤岳

第4日目
真砂岳方面へ進む
ガスの中を出発!

五郎(ゴーロ)の山稜
野口五郎岳の山頂

駒草:ケシ科ケマンソウ亜科の多年草
ほんのりピンクのコマクサ

千島桔梗:キキョウ科ホタルブクロ属の多年草
チシマギキョウ

青い屋根の烏帽子小屋
烏帽子小屋に到着

第5日目
ニセ烏帽子方面から撮影
烏帽子岳へ向かう

岩の隙間に山頂標識が・・・
↑烏帽子岳の山頂にて↓
左上の岩上が最高地点

点名:小屋ノ沢 2208.69m
ブナ立尾根の4番・三等三角点

マサ(花崗岩の荒砂)の広い河原を横切る
高瀬ダムは近い!
左前方に唐沢岳の幕岩が・・・

コマクサの群生に感動!

登山前日(7/25)=東京-《北陸新幹線》-富山駅-《富山地方鉄道》-立山駅-《宿の送迎車》-立山山麓温泉 第1日目(7/26)=立山山麓温泉-《タクシー》-折立〜太郎平小屋〜薬師沢小屋 第2日目(7/27)=薬師沢小屋〜雲ノ平〜高天原山荘 第3日目(7/28)=高天原山荘〜岩苔乗越〜水晶小屋 第4日目(7/29)=水晶小屋〜真砂岳2862m(巻道)〜野口五郎岳2925m〜三ツ岳2845m〜烏帽子小屋 第5日目(7/30)=烏帽子小屋⇔烏帽子岳2628m〜(ブナ立尾根)〜高瀬ダム-《タクシー12分》-七倉山荘(泊)…信濃大町…
 【歩行時間: 第1日=6時間30分 第2日=7時間 第3日=5時間 第4日=8時間 第5日=6時間】
 → 地理院地図(電子国土Web)の該当ページ(野口五郎岳)へ


*** 前項「折立から雲ノ平・高天原」からの続きです ***

 今回の山旅では朝夕に芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう:こむらがえりなどに効く漢方薬)を飲んで、そして腰痛などの痛み止めも飲んでいる。それが効いているのか、ぐっすり寝て目が覚めると身体中の関節や筋肉の痛みが随分と消えている。もうだめかと思えば朝には再生している…、そんな感じなのだ。私はまだ若い!
 台風8号は北へ逸れた(なんと、宮城県へ上陸した)ようだけれど…。

●第3日目(7月28日・曇晴) 高天原山荘〜水晶小屋
 高天原山荘の朝食後、元気よく歩き出したのは今日も5時半頃。ひんやりとして澄んだ朝の大気が肌に気持ちいい。
 昨日歩いた道を…高天原の景観を楽しみながら…少し戻って、分岐を左折して岩苔乗越へ進む。この標高約2130mから2730mまでのトラバース道が、コメツガ・シラビソの森あり、草原(お花畑)あり、沢あり、岩とザレとハイマツの絶景地あり、と変化に富んでいてとても良かった。
 森の出入り口付近には決まってゴゼンタチバナが咲いていて、場所によっては小さくて可憐だったり大きくてゴージャスだったり…、けっこう個体差があるのが面白い。そんな花たちの品定めをしたり、植生の垂直分布(*)を観察したり、それもこれもとても楽しい登山道だ。植物って、やっぱり自然の規則通りに生きていて、とても律儀なんだなぁ、と改めて感心したりもした。
* 北アルプスにおける垂直分布の主な樹種(山地帯・冷温帯〜亜高山帯〜高山帯・寒帯): ブナ→コメツガ→シラビソ→潅木状のダケカンバ・ウラジロナナカマド→ハイマツ(標高2500m付近が森林限界)

 やがて空が抜けてきて、礫地とハイマツの高山帯になる。ここでもコバイケイソウが美しく群生しているが、今年はその当たり年かもしれない。逆の字の沢(岩苔小谷)を徒渉して緩やかに高度を上げると、祖父岳や黒部源流域への分岐点でもある岩苔乗越だ。ガレ岩に腰掛けて、ここでも大休止。インスタントだけれど、サーモスのお湯を注いだコーヒーが美味しい。富山駅前のショッピングセンターで買ってきたチョコレートもチーズ入りのクラッカーもとても美味しい。…眼前の釣鐘型の祖父岳(じいだけ・2825m)が案外と大きい。
 岩苔乗越から東へ少し登るとワレモ北分岐で、主稜線(裏銀座縦走路)に合流する。展望は益々広がって、鷲羽岳〜ワリモ岳の山腹が雪渓を張り付けてかっこいい。草原は姿を消し、ハイマツ帯と花崗岩の岩っぽいガレ地にはホソバツメクサ、タカネツメクサ、イワツメクサ、ウラジロタデ、コメススキ、などが目立ち始める。つまり、いよいよギンギンの高山帯だ。イワギキョウとチシマギキョウの違い(*)などもじっくりと復習したりして、まったりと時間を過ごす。今日の予定はここからすぐ近くの水晶小屋までなので、余裕綽々なのだ。
* イワギキョウとチシマギキョウの違いについてはNo.207「穂高岳」のコラム欄を参照してみてください。
 標高2890mの主稜線上に建つ水晶小屋にチェックインしたのは丁度お昼の12時頃だった。ここでも個室状態の広い空間を与えられて、ニンマリする私達だった。
 水晶小屋は(苦労の末)2007年に改築・新築されたようで、以前(2005年9月)に通り過ぎたとき→No.190「笠ヶ岳〜鷲羽岳〜水晶岳」の記憶と随分と違っている。小屋前から水晶岳への道が続いていた、という記憶だけれど、今は小屋裏から新しい道ができているようだ。ぐずついた空模様が一変して晴れだしたこともあり、小屋に不要な荷物を置いて(ザックを軽くして)、さっそく水晶岳往復(コースタイムで70分)を試みようと出掛けた私達だった。ところが…、歩き始めて驚いた。
 小屋裏(西側)の小ピークからの1点360度の展望がスゴすぎた。私達の記憶の中にある水晶岳山頂からの展望に勝るとも劣らない、と感じたほどだったのだ。近くの峰々はもちろんのこと、常念山脈や北鎌尾根を従えた槍ヶ岳、黒部湖の左上空の立山連峰、などが雲間から豪快に顔を出している。もちろん雲ノ平もよく見えている。…ここで私達夫婦は(例によって)阿吽の呼吸で…水晶岳は一度登っているのでまぁいいか…ということになった。それからここにどっかと腰を落として、小1時間ほど佇んだ。やっぱり来てみてよかったと感ずる至福のひとときだ。
 この小ピーク(赤岳)の傍らには、南西側を向いた小さなお地蔵様がぽつんと置かれている。2007年4月9日に山小屋スタッフや工事関係者を乗せたヘリコプターが小屋前に墜落したという。その事故現場を見下ろす所に安全祈願のお地蔵様を置いたのだそうだ。合掌…。

* この日、観察のできた花: ゴゼンタチバナ、モミジカラマツ、マイヅルソウ、クルマユリ、キヌガサソウ、ハクサンフウロ、イワオウギ、コバイケイソウ、ミツバオウレン、ハクサンボウフウ、ミヤマリンドウ、シナノオトギリ、ミヤマキンポウゲ、ミヤマアキノキリンソウ、ハクサンイチゲ、アオノツガザクラ、イブキジャコウソウ、クモマスミレ、シナノキンバイ、チングルマ、ミヤマキンバイ、コイワカガミ、ヨツバシオガマ、ウサギギク、タカネヤハズハハコ、ハクサンシャクナゲ、キバナシャクナゲ、イワギキョウ、チシマギキョウ、ウラジロタデ、ホソバツメクサ、タカネツメクサ、など

 佐知子の歌日記より
花盛りの小梅尅(コバイケイソウ) 斜面うめ北アルプスの白き穂の波
息切れて頭が痛くなってきた 二千五百を過ぎたころから
小屋裏の展望台で槍・劔の雄々しきさまを見入るひととき

●第4日目(7月29日・曇雨) 水晶小屋〜烏帽子小屋
 水晶小屋の朝食は前日のうちにおにぎりをつくってもらい、午前5時、濃いガスの中を歩き出す。花崗岩と砂礫(マサ=真砂)の主稜線・裏銀座縦走路を快調に北進する…、と云いたいところだが、実際はゴロ岩の下りなどでけっこう苦戦した。時々ガスが晴れると素晴らしい展望だが、それは長くは続かない。東沢乗越を過ぎ、真砂岳2862mの巻き道を進んでいるころから空は益々暗くなって、とうとう本降りの雨が降り出した。そして、野口五郎岳2925mへの稜線上を歩いているときに土砂降りになって、上空では雷も鳴っている。逃げ場のない五郎(ゴーロ)の稜線上だ。…もう、生きた心地がしなかった。
 祈るような気持ちで歩いた、その祈りが天に通じたものか、二等三角点のある野口五郎岳の山頂を通過するころから雷が止んで、空が明るくなってきた。少し下った処の野口五郎小屋で大休止。おにぎりの残りとカップヌードル(@500円)を食べて、心も身体も温かくなる。もうびしょ濡れだ。
 再び歩き出すと、嬉しいことに益々空が明るくなってくる。天気は回復に向かっているようだ。流れる雲と青空の隙間に周囲の豪快な峰々がチョロっと顔を出す。三ツ岳2845m付近の砂礫地には高山植物の女王・コマクサがきれいに可憐に群生して咲いている。脇役はチシマギキョウだ。何という豪華な組み合わせだろうか。何処も彼処も素晴らしいロケーションで、裏銀座の人気がよく理解できる。
 などとうっとりしながら歩いていたせいか、時折のガスのせいか、三ツ岳西峰を東に巻く「お花畑ルート」を歩くつもりが、なんと、もろに「稜線ルート」を歩いてしまっていたようだ。やけに岩っぽくて変だな、とは思ったのだけれど、そのまま歩き続けて、合流地点ではっきりとしたのだ。でも西峰稜線は(燕岳の山頂部にも似て)累々とした花崗岩の岩場が、とてもかっこよかった。東側を見下ろすと高瀬ダム湖が神秘的なエメラルドグリーンに輝き、その上空には餓鬼岳が聳えている。
 ひょうたん池の西側を進み少し登り、テント場を通り過ぎると青い屋根の烏帽子小屋があった。到着は15時を少し回ってしまったけれど、本日の悪天候などを鑑みれば、私達にしては上出来だ。
 烏帽子小屋の夕食はカレーライスだ。じつは昨夕(水晶小屋)もカレーライスだったのだが、山では(食欲があまりないときにでも)美味しく頂ける。水晶小屋もこの烏帽子小屋も天水利用で、水は貴重で有料だ。大切にしなければならない。どこの山小屋でも、缶ビールがキンキンに冷えているのが嬉しい。

 佐知子の歌日記より
雷雨きて野口五郎に逃げ場なく ただただ黙し夫と歩けり
ザレ地には駒草のピンク一面に今を盛りと揺らいでいたり

●第5日目(7月30日・晴曇) 烏帽子小屋⇔烏帽子岳〜七倉
 今日は朝から快晴だ。小躍りして、朝食用の小屋のおにぎりをザックに入れて、烏帽子岳2628mを往復(コースタイム=1時間35分)する。前烏帽子岳(ニセ烏帽子岳)のピークから眺めた槍ヶ岳のような山容の烏帽子岳はかっこいいことこの上ないが、あちこちのザレ場に群生するコマクサがちょうど見頃で、これは本当に見事だった。ここでもチシマギキョウは脇役で、そのまた脇役がハクサンシャクナゲとかリンネソウとか、とにかくゴージャスだ。昨日の大量の雨水と今朝の燦々とした太陽を受けて、ハイマツも潅木状のダケカンバも生き生きとして見える。いじけて地を這っているカラマツも、その新葉を鮮やかな緑色に輝かせている。
 烏帽子岳のクサリ場はホールドとスタンスがしっかりしていて、見た目よりも楽に登れた。針ノ木岳方面には雲が出ていたが、水晶岳〜赤牛岳の眺めが圧巻で、近くの三ツ岳が案外と大きい。

 烏帽子小屋に戻って、預けていた荷物を再びザックに詰めて、いよいよこの山旅の最終章・ブナ立尾根の下りだ。北アルプスの3大急登のひとつ(高瀬ダムまでの標高差:2551m−1270m=1281m)とのことだが、下りならば足の弱い私達でもなんとかなると思った。もちろん膝にサポーターをつけて、芍薬甘草湯と関節の痛み止めを飲んで、万全の体制はとったけれど…。下山開始は8時50分。
 烏帽子小屋の0番から12番の下山口(濁沢登山口)まで、番号表示があるので、今いる位置が分かりやすくて励みにもなる。杭などの人工物には、つまずかないようにとの配慮だろうか、頭部に黄色いペンキが塗ってある。下部(11番〜12番)の急勾配には金属製の階段が長く続いている。もう至れり尽くせりだ。例によって休み休み、植生の変化(垂直分布)を観察したりしながら案外と楽しく下って、濁沢登山口に着地したのは13時20分頃だった。
 濁沢の登山口(北アルプス裏銀座登山口)から約30分、白が眩しい真砂(マサ:花崗岩の荒砂)の広い河原を横切り、不動沢に架かる長い吊橋(不動沢吊橋)を渡り、これも長い不動沢トンネルを抜けると高瀬ダムの天端(てんば)で、運良く1台の特定タクシーが停まっていた。登山最終日はとんとん拍子だ。…後から思うと、時間がうんとあったので、濁沢を左へVターンして濁滝(白竜の滝)を見物してくればよかった、と少し後悔した。

温泉マーク 七倉温泉「七倉山荘」: 高瀬ダムからは許可を受けたタクシー(特定タクシー)で七倉山荘までは約12分、料金は2,400円。七倉山荘の少し先(大町寄り)に矢張り立派な七倉ダムがあり、その更に東側には葛温泉がある。七倉温泉の泉質は単純泉(低張性中性高温泉)、殆ど無色透明。熱めの湯だが、石タイル貼りの内湯も外湯も、水で薄めると快適だ。とにかく5日間も風呂に入っていないので、地獄に仏を見た。
 相部屋とのことだったが、6畳の部屋は殆ど個室状態。しかしテーブルも(タオルと浴衣以外の)アメニティグッズも置いてなくて、サービスとしては山小屋に近いと思った。とはいえ、リバーサイドテラスで頂く夕食はなかなか風情があって、ジンギスカン風の肉料理なども美味しかった。食事中に夕立がきたけれど、それもまた一興だ。1泊2食付き一人11,000円(税込み)は妥当な料金だと思う。
 外部サイトへリンク 「七倉山荘」のホームページ
 * 葛温泉についてはNo.385「針ノ木岳と蓮華岳」の項を参照してみてください。

●登山翌日(7月31日)、朝風呂に入ってから朝食までの時間を山荘前の広場などを散歩して過ごす。ここはブナ立尾根などの登山基地になっているけれど、登山者の殆どはもう既に通り過ぎてしまっていて、とても静かだった。
 朝食後は、乗り合いタクシー(@1,900円)で信濃大町駅まで行き、一路…コロナと灼熱地獄の…東京へ向かう。
* 七倉山荘前の広場で観察のできた木本: ヤマハンノキ、イタヤカエデ、クマシデ、ウリハダカエデ、ダケカンバ、カツラ、カラマツ、など。

 佐知子の歌日記より
駒草を何枚も撮る君である けなげに生きる小さきものらを
つま先を岩の隙間にぐいと寄せ烏帽子岳の頂上に立つ
ためらわず優先席へと直行す登山帰りの山手線は



手前にお地蔵様が・・・
水晶小屋裏のピークから水晶岳を望む
手前にお地蔵様が・・・

燕岳の山頂部に似ているような・・・
花崗岩の奇岩(三ツ岳西峰)
左奥の下方に烏帽子岳が・・・

雲間菫:スミレ科の多年草
クモマスミレ(多年草)
リンネ草:スイカズラ科の常緑小低木
リンネソウ(常緑小低木)

北アルプス・高山植物の写真集です。
参照してみてください。
白馬岳  霞沢岳  針ノ木岳と蓮華岳

中高年の平衡感覚と「冒険」について: 当サイトのコラム欄です。ご一読ください。

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