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No.125-2 秋の尾瀬ヶ原
平成13年(2001年)9月29日〜30日 薄曇り

尾瀬の略図
初秋の尾瀬で親孝行

第1日=上越新幹線:上毛高原駅-《ワゴンタクシー110分》-鳩待峠〜山ノ鼻〜(上田代・中田代)〜ヨッピ吊橋〜(赤田代)〜温泉小屋 第2日=温泉小屋〜平滑ノ滝〜三条ノ滝〜(燧裏林道)〜御池-《バス100分》-会津高原駅 【歩行時間: 第1日=4時間 第2日=三条ノ滝コース 5時間,段吉新道コース 4時間】
 → 地理院地図(電子国土Web)の該当ページ(山ノ鼻)へ
 * 歩行時間については、今回は特にメチャクチャ遅いので、あまり参考にならないかも。


中田代から燧ヶ岳を望む
ウン回目の中休止
ド迫力!
三条ノ滝
ダケカンバの木の下で
老木と老人
温泉小屋
温泉小屋
 田舎で暮らしている私の両親。父は坐骨神経痛と慢性宿酔い。母は心臓が少し悪く、おまけに昨年の春に膵臓の大手術をして現在も通院中…。と、健康状態はあまり芳しくなく、高齢ということもあって、何時も何となく気掛かりだった。その田舎の暗い近況のなかで、私達にとっての唯一の朗報はといえば、この老夫婦が毎日欠かさず約1時間、近くの野山を散歩している、ということだった。

 「夏の思い出」は昭和24年の頃から歌い継がれている日本の名曲だが、この曲を聴くたびに母は言っていた。 「夏がくれば思い出す…、という歌は良い歌ね。その、遥かな尾瀬、という処へ、一度でいいから行ってみたい…」
 今年の6月に尾瀬ヶ原を訪れた時、このコースだったら両親といっしょに歩くことができるかもしれないね、と妻の佐知子と話し合った。そして、団体行動の苦手な父と、出不精で臆病な母を尾瀬へ誘ってみた。コース取りや歩く速度や休憩場所のことなど、細かく計画を練った。東京に住む親戚たちにも今回のハイキングに参加してもらった。

 一番若い私達夫婦を含め総勢8名、平均年齢62歳といったパーティーで、老いた両親を囲むように、ゆっくりと和気あいあいと、草紅葉に彩られた初秋の尾瀬ヶ原を歩く。空も空気も澄んでいて、至仏山や燧岳もくっきりと見えている。さわやかな冷気が身体中を抜けていく。

 前回前項・初夏の尾瀬ヶ原との行程の違いは、第1日目の尾瀬ヶ原縦断の際、竜宮十字路を通らず、若干距離が短く変化に富むヨッピ吊橋コースを選んだことだ。中田代から池塘越しに眺めた燧岳の景色が特に印象に残った。
 第2日目の温泉小屋から御池(みいけ)までの燧裏林道については、平坦で距離の短い段吉新道コースと、高低差のある三条ノ滝経由コースの、難易度の違う二つのコースを体力に合わせパーティーを2組に分けて歩くことにした。

 その第2日目の燧裏林道。平坦な段吉新道コース組は、佐知子リーダーのもと、狭心症の母と、常日頃「歩く」といった習慣がなく初日の木道歩きからバテバテの叔父さんの3人。アップダウンのきつい三条ノ滝コース組は私を含め元気な5人。なんとその元気組の中に、あの意固地で慢性宿酔いの父も含まれていて、黙々と私の後についてきた。待ち合わせの合流地点では1時間近く寒い思いをしながら待っていた母たちが、満面の笑みで私たちを迎えてくれた。
 御池のバス停に全員怪我も事故もなく一丸となって到着した時、パーティーから私の両親へ向けて拍手が起こった。私はその時不覚にも、うるうるしてしまった。

「温泉小屋」: この年の6月に同コースを訪れたときは隣の元湯山荘に宿泊したが、ロケーションや泉質やサービスなどについては(総合的に判断して)ほぼ同じレベルだと思った。この隣接する2軒の温泉付き山小屋について、敢えて違いを云うと、元湯山荘の経営母体は法人(尾瀬林業株式会社)で、温泉小屋は個人経営(檜枝岐村の星公雄氏)ということ、かなぁ…。
 この日の温泉小屋は8人のパーティーで1部屋。ゆっくりとくつろげた。
  「温泉小屋」のHP

  初夏の尾瀬ヶ原 同年6月の山旅日記です。
  尾瀬ヶ原と至仏山 この2年後に至仏山に登る機会を得ました。
  尾瀬ヶ原と笠ヶ岳 この18年後(2019年9月)の山旅日記です



草紅葉の尾瀬ヶ原を楽しむ
おっとりとした至仏山
至仏山をバックに(上田代にて)
前方には威厳に満ちた燧ヶ岳の勇姿
燧岳をバックに(中田代にて0)

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