No.347 蓼科山2531mから北横岳2480m
 平成28年7月28日〜29日 曇り時々晴れ

「蓼科山から北横岳」の略図
第1日目
この鳥居を潜って登山開始!
蓼科山七合目登山口

コメツガ、シラビソ、ダケカンバ、シナノザサ・・・
将軍平を目指す

山頂ヒュッテの手前に咲いていました。
アキノキリンソウ

この右奥が山頂です!
蓼科山頂ヒュッテに到着!

山頂部の真ん中にあります!
蓼科神社に参拝


第2日目
山頂部からの御来光:5時少し前に撮影。
感動の御来光!

明るく開けたササ原
大河原峠から天祥寺原へ

この小鳥が私たちを先導してくれました。
アカハラ(の幼鳥)だ!

北横岳山頂を目指す!
苔生す山道を登る

北峰のピークで記念撮影(証拠写真)!
北横岳の山頂にて


気の合った山仲間の小さなグループで…
メンバーたちに 「ほしぞら・・ながれぼし・・」 と小さな声で告げた…

第1日目=茅野駅-《バス42分》-東白樺湖-《タクシー約20分》-蓼科山七合目登山口〜将軍平(蓼科山荘)〜蓼科山頂ヒュッテ=蓼科山2531m
第2日目=蓼科山頂ヒュッテ〜将軍平〜大河原峠〜亀甲池〜北横岳(北峰2480m・南峰2472m)〜山頂駅(坪庭)-《北八ヶ岳ロープウェイ8分》-山麓駅-《バスを途中下車して温泉入浴》-茅野駅
 【歩行時間: 1日目=2時間30分 2日目=5時間30分】
 → 地理院地図(電子国土Web)の該当ページ(蓼科山)


  山口耀久さん(1926〜)の名著「北八ッ彷徨」を座右の書にしている山歩き愛好家は多いと思う。 私もその一人だ。 その巻頭の「岳へのいざない」には次のようなことが書かれてある。
 『◆南八ヶ岳を動的(ダイナミック)な山だとすれば、北八ヶ岳は静的(スタティック)な山である。前者を情熱的な山だといえば、後者は瞑想的な山だといえよう。 ◆…《略》…八ヶ岳本峰のはげしい岩尾根の登高に、なにか喉がかわくような疲れを感じるようになったら、気の合った山仲間の小さなグループで好きなところに天幕でも張りながら、静かで大らかなこの森の山地を歩いてみよう。 ◆さまよい――そんな言葉がいちばんぴったりするのが、この北八ヶ岳だ。』

  という訳で、心の通い合った山仲間をお誘いして八ヶ岳連峰の最北部を楽しく歩いてきました。 “天幕”や寝袋や自炊の食糧などはかさばるし重いので、山口耀久(あきひさ)さんには申し訳ないけれど、3食付きの山小屋を利用しました。 交通手段には特急電車(あずさ)やタクシーやロープウェイを駆使しての、つまり大名登山です。 中高年ハイカーにはお金で体力を買うという表技・裏技があるのです。(^_^;)

  第1日目(7月28日・曇り時々晴れ)
  新宿駅7:00発の「スーパーあずさ1号」は9:08に茅野駅に到着。 厚い雲が空を覆っていて南アルプスや八ヶ岳はまったく見えないけれど、メンバーの総勢10名は意気盛んだ。
  茅野駅前から9時20分発の上諏訪駅霧ヶ峰口行きのバスに乗って、東白樺湖バス停で降りたのは10時02分。 ここで予約のジャンボタクシーに乗り換えて、約20分間を走行して蓼科山七合目登山口に到着する。 支払ったジャンボタクシー代は6,980円で、思わずニンマリ。 乗客の定員がちょうど10名なので、すこぶる効率が良いのだ。
  準備体操をしてから、10時半頃、額束に「蓼科神社」と書かれた鳥居を潜って、広くてよく整備された登山道を登り始める。 と間もなく、観光客らしい一団とすれ違って、そのうちの一人に 「蓼科神社って何処にあるんですか?」 と訊かれた。 「あのぉ〜、蓼科神社の奥社なら山頂にあるんですけれど…」 と答えたら、「そうですか。なかなか見つからないので、途中で引き返してきたんです」 と云っていた。 手ぶらで、しかもタウンシューズでは、やめておいて大正解だと思ったけれど、そのときは 「あっ、そうなんですね」 と笑顔で受け答えしてしまった。 その場しのぎというか融合的というか事なかれ主義というか無責任というか…な自分に少し呆れている。
  所々にクマイザサ(シナノザサ)が生い茂る、ダケカンバの目立つ明るい空間も出てくるが、その大半は鬱蒼としたコメツガ林だ。 その森の主役がコメツガからシラビソへ徐々に移行して、ますます北八ツらしいロケーションになってくる。
  ほどなく蓼科山荘の建つ小平地(将軍平)へ出て、ここでウン回目の大休止。 お互いの弁当を覗き合ったり菓子類を分け合ったり、みんな(まだ)とても元気だ。 この将軍平を右(南)へ進んで、蓼科山の山頂を目指す。
  ザレがガレになってきて、いよいよゴーロの急斜面になる。 この山特有の(大きな岩の積み重なる)ゴーロ帯だ。 ここで、数名の先生に付き添われた子供たちの大集団とすれ違う。 話を聞くと小学1年生と2年生だという。 岩から岩へ、なんのこともなく、まるで猿飛佐助のように軽ぁるく、ひょいひょいと歩いている。 「子供ってスゴイねぇ」 とメンバーの一人が云う。 そうなんだよ。 平衡感覚(平衡性)については特に、歳とともに極端に低下するんだよ。 と心の中で応答する私だった。 [→中高年の平衡感覚については当サイトの該当のコラム欄を参照してみてください。]
  森林限界を超えて、ハイマツやハクサンシャクナゲが目立ち始めて間もなく、蓼科山頂ヒュッテに着いたのは14時頃だった。 周囲にアキノキリンソウやヤマハハコが咲いている。 優しそうな若い小屋番さんに挨拶して、1泊3食分の宿泊料・@8,800円(ネット予約したから200円引き)を支払って、ザックを置いてすぐ近くのただっ広い山頂部を散策する。 岩ゴロで歩きにくいけれど、一等三角点の標石を確認したり蓼科神社の奥社に参拝したり、壊れてしまっている方位盤を見に行ったり、其々三々五々、たっぷりとある時間を楽しんだ。 薄いガスのため、北アルプスなどの展望が全然なかったのが矢張り残念だが、まぁ無風で雨も降らなかったのがなによりだ。
  17:30からの夕飯までは小屋前広場のテーブルに陣取って、よく冷えたビールを飲んだりおしゃべりしたりして過ごし、19時前にはもう、一人一畳のゆったりとした寝床でぐっすり…。
 …21時半頃だったろうか、ふと目が覚めて表へ出てみた。 するとなんと空が晴れ渡り、天空には流れ星(後で調べてみたら「みずがめ座δ流星群」であったらしい。大ラッキーだったのだ!)も飛び交って、夜空のシャンデリアを堪能してしまった。 みんなをたたき起して騒いじゃおうと思ったけれど、他の宿泊客もいるし、近くのメンバーたちに 「ほしぞら・・ながれぼし・・」 と小さな声で告げた。 翌朝になってはっきりしたのだが、私を含めて8名が満天の星を見ることができて、2名はずっと夢の中だったらしい。 その2名の中に、矢張り私の妻・佐知子がいた。
 流れ星を三つも見たと言う夫よ 我は夢でもぬか床まぜり (佐知子の歌日記より)

  第2日目(7月29日・曇り時々晴れ)
  4時半には薄っすらと空が明るくなって、山頂部で御来光を待った。 昨夜の星空に期待したのだが、北アルプスや南アルプスなどの遠望は相変わらず雲の中だ。 それでも雲海の上からオレンジ色の太陽が顔を出したときは感動だった。 山の朝は本当にいいものだ。
  この蓼科山頂ヒュッテが標高約2500mに位置する関係か、(軽い高山病のため)2〜3名の体調が芳しくない。 5時半からの朝食も残し気味で少し心配だ。 6時にはとりあえず出発して将軍平へ下る。 すると、少し元気が回復してきたようでホッとする。 標高差で200m近くを下るだけでも症状の軽減に効果があるようだ。
  それからさらに稜線を直進して、前掛山2354mの東側をなだらかに上ってまったりと下る。 途中に縞枯れ現象の縞枯れ部分と思われる立ち枯れたシラビソ林を何回か通過する。 森林インストラクターの私としてはここが出番なので、気合を入れて説明する。 私のそのヘタクソな説明に、いつもの通り(聞いたふりして)頷いてくれる心優しいメンバーたちだった。 [→縞枯れ現象については当サイトの該当のコラム欄を参照してみてください。]
  車道の走る大河原峠でトイレ休憩の後、足元に咲くハクサンフウロの小群生に見送られて、天祥寺原方面へゆるやかに南下する。 この辺りはシラビソやコメツガが疎に生えていて、明るく開けた草原の広がるとてもいいところだ。 生い茂るササは、葉裏に毛があるから(クマザサやネマガリダケでないことだけは確かで)多分これもクマイザサだと思う。
  道標に従って左折して、亀甲池を見物する。 山口耀久さんの「北八ッ彷徨」の中では、雨池や双子池などと比べるとあまり評判がよろしくないけれど、山々に囲まれてひっそりと佇む静かな水面など、それなりに美しい池だと思う。 中休止の後、いよいよ最後の(北横岳への)急登だ。 両側がクマイザサの細い山道で、少し大きめの小鳥・アカハラの幼鳥(*)が、私たちをけっこう長い時間(7〜8分間)先導してくれた。
 * アカハラ(ツグミ科ツグミ属): 後日談ですが、本サイトBBS常連のびーさんからの示唆によりアカハラの幼鳥だったと判明しました。 びーさん、その節はありがとうございました。
  しかし、ここにきてT君の様子がおかしい…。 急に超スローペースになってしまったのだ。 下山後の温泉入浴や帰路の「あずさ」の時間も気になってきた。 さて困った。 「どうしたもんじゃろのう…」 と考えた末、やむを得ずメンバーを2組に分けることにした。 先発隊は佐知子サブリーダーを含めて8名の元気組。 そして後発隊はT君と私の2人組だ。 これなら、少なくとも先発隊の8名は(予定通りに)日帰り温泉に立ち寄って、そして茅野駅発17:50の「あずさ30号」で帰路につけるはずだ。 それをみんなに告げて了解をとった。 俯いていたT君の脇をみんなが通り過ぎる。 足元にはゴゼンタチバナが少し咲いている。
  暫くの間、T君と二人で立ち止まっていた。 そしておもむろに、T君がゆっくりと足を動かす。 私は黙って彼の後をついていく。 やがてガスで展望のない北横岳の北峰2480mに立つと、なんと先発隊の8名が待っていた。 「時間がぎりぎりだから、もう行ったほうがいいよ」 と云う私とT君の言葉に促されて、先発隊は再び先行する。 T君と私は小休止の後、バイケイソウの緑色っぽい花の咲く山道を少し下って上って、三等三角点のある南峰2472mでも小休止。 「もしかしたら軽い高山病かもしれないから、すぐに坪庭へ下ろう!」 と云った私の言葉に従って、彼は苦しそうに腰を上げる。 心配で心配で胸の鼓動が止まらない。 とにかく、彼の後ろをナメクジのようにそっと着いていくしか手はない。 …ところが、北横岳ヒュッテを過ぎて暫く進んだ頃からT君の足が次第に速くなってきた。 「このペースで行けば、もしかして先発隊に(山麓駅で)合流できるかも」 と云ったらT君の足はますます速くなる。 しめしめ。
  結果的には、先発隊と20分遅れの北八ヶ岳ロープウェイに乗ることができて、山麓駅からの15:00発のバスにぎりぎり間に合った。 つまり先発隊に追いついて、全員がいっしょになれたのだ。
  茅野駅行きのそのバスを、滝ノ湯入口バス停で途中下車して蓼科温泉「小斉の湯」に立ち寄り、山の汗を流す。 入浴後の、大団円のビールが美味かったことはもちろんだが、T君はいつもの元気がなかった。 帰路の「あずさ30号」の車内でも、ほんとうに珍しく、缶ビールを飲まなかった。 医者嫌いだということはよく知っているけれど、たまらずに 「帰ったらすぐに、病院で診てもらったほうがいいと思うよ」 と私は彼に耳打ちした。

  後日談だが、T君はやっぱり病院へは行かなかったらしい。 彼は 「単なる体力不足(つまり鍛錬不足)だよ」 と云っていたけれど、永年付き合ってきた私としてはちょっと信じがたい。 へんな病気ではないといいけれど…、と思うばかりの私だ。

温泉マーク 蓼科温泉「小斉の湯」: 2014年6月頃から宿泊サービスをやめて日帰り温泉施設に特化したらしい。 私たちは当初、プール平にある公営の「共同浴場」へ立ち寄る予定だった。 しかし念のため電話で問い合わせてみると“アルコール類は置いていない”とのことで、入浴後のビールをなによりの楽しみにしている当会としては「どうしたもんじゃろのう〜」になってしまって、急遽「小斉の湯」に変更した次第。 結果オーライで、入浴料は少し割高(@700円)だけれど、立ち寄り湯としての遜色はない。
  内湯の男女別岩風呂には源泉掛け流し(温度調節のため加水)のお湯がとうとうと流れおちていて、気分はすこぶる良い。 有料の貸切露天風呂もあったようだ。 泉質は酸性泉・PH3。無色透明でやや酸っぱい。 北八ヶ岳ロープウェイの山麓駅からはバスで約15分、JR茅野駅までは約40分だった。
 外部サイトへリンク 「小斉の湯」のホームページ


* 当サイト(私達の山旅日記)の八ヶ岳連峰最北部の山行記録です。参照してみてください。
  北八ヶ岳縦走: 平成8年9月
  蓼科山: 平成10年9月
  冬の北横岳: 平成11年1月・平成25年1月
  3月の縞枯山と茶臼山: 平成26年3月



  佐知子の歌日記より
 千人が立てども余る広さもつ蓼科山の岩原頂上
 流れ星を三つも見たと言う夫よ 我は夢でもぬか床まぜり
 灰色の雲海しだいに明るんでオレンジ色の太陽あらわる
 縞枯れのシラビソ林の足元に育つ若木のまぶしき緑
 全員が無事の下山に乾杯のビールは美味し ただただ美味し
 階段の下りに痛む両足を登山の土産と言いきかせてる

仕切り線

蓼科山のゴーロ帯を下る
岩ゴロの蓼科山頂から下る
縞枯れ現象を至近距離で観察
シラビソ林の縞枯れ部分を進む
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仕切り線

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