No.200 坪山(つぼやま・1103m) 平成18年(2006年)4月17日 |
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→ 地理院地図(電子国土Web)の該当ページへ このホームページ(私達の山旅日記)のBBS(掲示板)にいつも書き込みをしていただいている常連さんから、山梨県東部(上野原町の北西)に位置する坪山を教えていただいた。特に4月中旬の頃は山稜に自生しているヒカゲツツジやイワウチワなどの花期にあたり、けっこう人気の山なんだそうだ。 正直言って、私達夫婦はこの山を知らなかった。私達が持っている数冊の古いガイドブックには、いくらページをめくってみても載っていない。国土地理院の地形図には、三角点表示はあるけれど坪山の山名は載っていないし、その山頂へ至る登山道を示す破線もない。ヒカゲツツジ(別名:サワテラシ)については、聞いたことはあるけれど、その花を見たことがなかった。 * この後、地形図上に登山道は表示されました。(後日追記) という訳で、あてになりそうもない2万5千分の1の地形図だけはとりあえずザックに入れて、私達はいそいそと出かけてみた。ホッコリとした、春うららの一日だった。 ウィークデーだから静かだと思っていたのだけれど、上野原駅前のバス乗り場は坪山へ向かうハイカーたちで大混雑だった。中には20人以上のツアー団体も含まれているようだ。この山の過熱気味の人気にまず驚いた。慌てて行列の最後尾に並び、8時28分発の飯尾行きの富士急山梨バスに何とか乗り込むことができた。定時を少し過ぎて満員のバスは発車。鶴川(相模川の支流)に沿った山里を北西へ向かう。 私達は終点・飯尾のひとつ手前の御岳神社(標高約550m)で降りたが、ツアーの人などは更にひとつ手前の八ッ田バス停で降りていた。そちらのバス停の近くにはトイレがあるらしい。実際のところ、どちらから歩いてもたいした時間の差はないようだ。 歩き始めたのは午前9時半頃だった。鶴川に架かる橋を渡ると目の前に木製の鳥居があって、その両脇には大きなスギが立っている。この奥の石階段を登れば神社だが、私達は登山道に沿って左折して、右回りに神社を巻いて進む。道標はしっかりしているようで、まずはホッとした。道端にはタチツボスミレやミヤマキケマン、ムラサキケマンなどが咲いている。ヤマブキやミツバツツジも今を盛りに咲いている。 八ッ田バス停からの道が左から合流してなお少し進むと、東・西の二つのルートとの分岐へ出る。私達は迷わず右側の、花が多いといわれる西ルートを選ぶ。やがて小沢に架かる丸木橋を渡り、鬱蒼としたスギ林の斜面を登る。けっこうな急坂で、要所にはロープが張ってある。このルート(西ルート)は、上野原駅前のバス案内所でもらってきたコース図(奇特なバスの運転手さんが作成したという手書きのコピー)の解説によると、地元の人しか通らなかった山道を整備して、平成13年4月から一般登山者にも歩けるようにしたものらしい。矢張りこのコースは、最近になってから開拓されたものであるようだ。 歩き始めて30分もした頃、ヒノキ林を抜けて尾根道へ出る辺りから、あるわあるわ、イワウチワが続々と群生している。純白のものや薄っすらと桜色のものなど、なんとも云えず可憐な花で、登山道の右側(北側)の薄暗い処に特に多く咲いていた。ウチワ型の葉っぱなど、なんとなくイワカガミ(こちらは未だ咲いていなかった)にも似ているが、イワウチワの花のほうがより清楚な感じがする。 やがてヒカゲツツジも、その花期はやや過ぎていたものの、次から次へと現れる。その名の通り、こちらも日陰を好む種のようだ。植物図鑑によると“関東以西に分布する日本固有種”とのことで、山地の排水の良い岩場などに自生するらしい。淡黄色の、華麗だけれど大袈裟すぎない花に好感が持てる。高山植物のキバナシャクナゲと何となく似ている感じもしたが、さもありなん、同じツツジ科ツツジ属である。 痩せ尾根付近の林相はツガ、リョーブ、シデ類、アカマツなどの天然林(雑木林)だ。南側の斜面上の所々には相変わらずミツバツツジの紅紫色の花が鮮やかに咲いている。それにしても、この稜線上の、いつ果てるともないヒカゲツツジとイワウチワの群落には、心底驚かされた。ほとんど無名だと思っていたこの山が、この季節、中高年の「愛好家」たちで埋め尽くされている秘密がようやく分かった気がした。蛇の道は蛇だな、と思う。 小岩交じりの急坂を登り切ると三等三角点(点名:坪谷)のある坪山の山頂だった。アセビ、アカマツ、コナラなども疎に生えているが、山頂周辺の高木を伐採してしまったのか、ほとんど1点360度の大展望だ。春霞のため富士山などの遠望は利かなかったけれど、四周の近隣の山々はよく見えている。特に北側間近に聳える三頭山1531mが大きくて立派で、その笹尾根を右へ長くなびかせて堂々としている。その三頭山と左手の奈良倉山1349mに挟まれた空間の奥に連なっている二つのなだらかなピークは…、雲取山2017mと飛竜山2077mに違いない。南面には権現山1312mや扇山1138mなど、これも珍しいアングルだ…。 ザックも下ろさずに、暫らくの間、私達は山座同定に夢中になっていた。そしてそれはとても楽しい時間だった。こうなると山頂部の樹木を伐採するということが、むやみに悪いことだとも云えなくなってしまう自分たちが情けない。 それほど広くないということもあり、山頂はハイカーたちでごった返していたが、わずかに残った空間を探し、ようやく座る場所を見つけることができた。展望を楽しんだり昼食を摂ったりして大休止の後、反対側(南側)へ向かって下山を開始したのは丁度お昼の12時頃だった。佐野峠方面の分岐に「松姫鉱泉」の案内板があって、ちょっと後ろ髪を引かれたが、ここから西側の地形図は持参していなかったし、休憩・入浴についても予約が必要とのことで面倒臭かったこともあり、当初の予定通り「びりゅう館」へ向かって下ることにする。 1034m峰、995m峰、896m峰…など、無名の小ピーク(確か全部で6つあった)をアップダウンしながら、坪山から東へ伸びる尾根をひたすら下る。こちら側には咲いている花は少なかったが、そのかわり雑木林の植生が豊かで、シジュウカラなどのカラ系の小鳥たちが盛んにさえずっている。リョーブ、アセビ、ツガ、モミ、アカマツ、イヌブナ、ミズナラ、ヤマザクラ、カラスザンショウ、シデ類、カエデ類など、飽きることはなかった。途中数ヶ所でイヌブナの可愛らしい実生(*みしょう:子葉)を観察することもできた。数年、あるいは10年に一度というイヌブナの(生り年の翌春の)現象を、今年は近郊の山々の随所で見ることができるのが嬉しい。 阿寺沢分岐の少し手前のアカマツや、その先の数本のミズナラも立派なものだった。ただ、ちょっと残念だったのは、登山道を整備するためにはやむを得なかったのかもしれないが、伐採や下草刈りなど、森にかなり手を入れてしまっているということだった。アセビなどは目の敵にされてあちこちで根こそぎ刈られている。そして、尾根道沿いのリョーブなどもノコギリ(チェーンソーかな)で刈られていて、まだ根っこは生きているのかなぁ、盛んに水を吸い上げて、その切口の周囲がびしょびしょに濡れている。それは、必死に生き残ろうとする樹木たちの最後のあがきの、透明な血のようにも汗のようにも涙のようにも見えた。…その樹液を指ですくってなめてみた。微かに甘い味がした。 人間がこまめに手を入れた森は、昔日の武蔵野の雑木林のように美しいものなのかもしれない。しかし、私は高木も低木も草本もシダ類も菌類も動物も「ほっぽっておいた森」が好きだ。何百年何千年とほっぽっておかれた真の「原生林」は多様性に富んでいて、有名な庭園林などよりも美しいと感じるのだ。しかし、あぁしかしである。それは私自身の身勝手な思い込みに違いない。…山頂部の木を刈るのは展望のために許されても森の木は切っちゃいけない、なんて、やっぱり勝手だよなぁ、と自己反省する私でもあった。 「(木を)伐(き)るか伐らないか、それが問題だ…」 とぶつぶつ云っていたら、「なにハムレットを気取ってんの」 と妻の佐知子に茶化された。 ヒノキの人工林を抜け、ひっそりと咲くヒトリシズカやエイザンスミレを足元に見送り、「びりゅう館」へ下り着いたのは午後2時15分頃だった。 下山路の植生について少しケチをつけてしまったけれど、この坪山が素晴らしい山であることに変わりはない。ヒカゲツツジやイワウチワなどの春の花々も勿論良かったが、適度な変化のある山道といい、山頂からの眺めといい、決して侮れない山だと思った。都心からの日帰り登山にも手ごろな山、ということからも、今後益々人気が出てくるんじゃないかと思う。いい山を紹介していただいた拙BBSの常連さんたち(篠ちゃんとルモンさん)に感謝感激だ。 * 羽置の里「びりゅう館」: 坪山の登山道が整備されて間もない頃、平成13年6月にオープンしたという公営の農村活性化施設。「首都圏から60Km圏内のふるさと村」がキャッチフレーズのようで、地元農産物の販売や郷土資料特産物等の展示や郷土料理の提供をしている。申し込めばそば打ち体験や陶芸体験などもできるそうだ。すぐ近くにバス停(中学校前)がある。鶴川沿いの山裾にぽつんと佇む瀟洒な「道の駅」、といった感じだ。 この「びりゅう館」で、私達は生ビールを飲んだり手打ち蕎麦を食べたりした。蕎麦はつなぎのトロロ(山芋?)がたっぷりの、なめらかで喉ごしのいいものだった。14時43分発上野原行きのバスの待ち時間の関係で、あまりゆっくりとはしていられなかったけれど、従業員たちの対応もとても感じが良くて、私達は大満足だった。 羽置の里「びりゅう館」のHP * イヌブナの実生について: ブナやイヌブナは毎年結実するわけではなく、数年に1度の割合で豊作年があります。近年では1988年、1995年が大豊作でした。そして昨年の2005年はちょうど10年目の大豊作になって、それが今春、一斉に発芽したのです。豊作年の翌春にはたくさんの実生(子葉・芽生え)が見られますが、上木が開葉する夏頃には約80%は枯死して しまうようです。さらに2年目にはほぼ全滅という結果になり、後継樹はほとんどありません。
再び坪山へ 平成21年(2009年)4月11日 JR上野原駅-《バス》-八ツ田〜坪山〜びりゅう館〜中学校前-《バス》-上野原駅 山の仲間たち(山歩会)をお誘いして、3年ぶりに坪山へ登る機会を得ました。このときも春爛漫のよい日で、名物のイワウチワとヒカゲツツジがちょうどその花の見ごろを迎えていました。群落して自生しているのは案外と珍しい、それらの清楚で可憐な花を、何時までも大切にしたいと今回も思いました。春霞が少しかかっていましたが、山頂からの展望も相変わらず素晴らしかったです。 ホームへ |