No.22-1 景信山と陣馬山(奥高尾山稜@) 人気の山にはそれなりの理由がある |
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INDEX: Part1 奥高尾縦走路を歩く:H8年1月 Part2 夕やけ小やけふれあいの里へ下る:H19年12月 Part3 小下沢コースで景信山へ:H23年3月 Part4 景信山から高尾山:H23年7月 Part5 高尾山から景信山:R2年3月 Part6 景信山から陣馬山:R3年7月 Part7 再び景信山から高尾山:R4年6月 → 地理院地図(電子国土Web)の該当ページ(景信山)へ Part1 奥高尾縦走路を歩く 東京と神奈川の境、人気の奥高尾縦走路を歩いてみた。人と茶店の多いコースだった。 景信山、陣馬山とも三等三角点の山。山頂からの展望には恵まれている。北面には奥多摩、南西面には丹沢・道志・御坂などの山並みや富士山もよく見えた。 景信山への登りでTV局の番組取材陣(テレビ東京)と偶然一緒だった。何か、ここいら辺の自然についての観察と、山歩きの良さをテーマにしているようだった。 息苦しくない程度の人並みと、手軽に行ける気安さが、この山のよさだと感じた。桜の季節はもっと良さそうだ。 この日は陣場の湯に宿をとり、翌日はJR藤野駅まで約1時間のアスファルトを歩いた。楽をしすぎて“大名登山”になってしまったかも。 陣馬の湯「陣渓園」: 弱アルカリ性炭酸泉、岩風呂。柚子料理が美味しかった。 陣馬の湯「陣渓園」のHP * 景信山(かげのぶやま・727m): 八王子城を守った北条氏照の家臣、横地将監景信(桜町中納言景勝)に由来する、とのことだ。山を愛した詩人の尾崎喜八は、その紀行エッセイ「美しき五月の月に」の武州景信山の項で “なんと言う事無しに私は此山が好きだ” と書いている。 * 陣馬山(じんばやま・855m): 山名の由来については諸説あるらしいが、北条氏が甲斐の武田家への備えとしてこの山頂に砦を築き、陣を張ったとの言い伝えによるものが有力らしい。陣張山→陣場山→陣馬山と変遷したようだ。
Part2 夕やけ小やけふれあいの里へ下る 「山歩会」の定例山行に人気の景信山を選びました。ただの往復登山では味気がないので、そのコース取りについてあれこれと考えました。高尾駅北口から終点の小仏までバスを使い、小仏峠経由で登ることは決めていました。問題は下山ルートでした。当初は堂所山を経て底沢峠から相模湖側(神奈川県側)へ下り美女谷温泉へ立ち寄る計画を立てました。しかし、念のため同温泉へ問い合わせをしてみると、現在(金・土・日)は日帰り入浴は受け付けていない、とのことでがっかりしました。私たちは日帰り温泉ハイキングがしたかったのです。→残念なことに、美女谷温泉はこの後(2013年)廃業したそうです。[後日追記] 代案として主稜線をもう少し先まで足を伸ばして奈良子峠から陣馬の湯へ下るルートも検討しましたが、私たちの足ではチトきつそうに感じました。結局、歩いたことがない「夕やけ小やけふれあいの道」を辿り、北浅川源流部の里へ下ることにしました。この“夕やけコース”の魅力は北高尾山稜の目抜き(西側の半分)を歩くことができる、ということだと思います。そして何よりなのは、下山地の「夕やけ小やけふれあいの里」には「おおるりの家」という、温泉ではないけれど、立派な入浴(宿泊)施設があるということでした。 今回行ってみて気になったのは、久しぶりの小仏峠で、例の2軒の茶屋が店を閉じていて、それも閉鎖してからかなりの月日が経っているようで、荒れ果てていたことです。旧甲州街道の要所でもあった歴史的な峠が寂れているのは、なんとも悲しいことだと感じました。 景信山の山頂にある茶屋は相変わらず“元気”で賑やかでした。大勢のハイカーがあちこちでたむろして、なかには杵と臼で餅をついているグループも(なんと2組も)ありました。木々の隙間からは、丹沢の大室山の右奥に、少しの白雲をまとった富士山が白銀色に輝いていました。 堂所山(どうどこやま)から北高尾山稜へ入ると急に静かになって、なんとも心地よい稜線歩きが続きます。関場峠、三本松山、大嵐山、とアップダウンして、クロドッケのピークから“夕やけ小やけ…”への指導標に従って、左(北)へジグザグと下ります。小仏バス停を午前9時30分頃に歩き始め、夕やけ小やけふれあいの里へ下山したのは午後4時頃でした。思っていたよりもボリュームのある、歩き応えのある名コースで、メンバーのみなさんも大変満足されたようでした。 * 夕やけ小やけふれあいの道: 八王子市の広報誌によると、2001年3月開通とのことです。植林地帯をジグザグと下る道で、整備はしっかりとされていました。 その麓に位置する北浅川沿いの「夕やけ小やけふれあいの里」については、ハイカーは園内通行可(200円の入場料は無料)とのことでした。園内の宿泊施設である「おおるりの家」の日帰り入浴は午後4時までの受付とのことでしたが、4時を少し回ってから下山した私たちを受付嬢は快く迎えてくれました。 それにしても、この「夕やけ小やけ・・・」のネーミング、もう少し短くしてもらえないものかなぁ。 「夕やけ小やけふれあいの里」のHP Part3 小下沢コースで景信山へ 裏高尾の小下沢(こげさわ)林道から入山して景信山に登ってみました。3月11日の巨大地震(*)以降は控えていましたが、とうとうたまらずに出かけた、山の仲間たちとの山行です。 小下沢梅園のウメの花がまだ充分に咲いていたのは嬉しい“想定外”てした。沢筋ではハナネコノメやヨゴレネコノメが花の旬で、ニリンソウ、ヤマルリソウ、ハシリドコロなども咲き始めています。山路のあちこちには各種のスミレが咲き、ふと見上げるとキブシがクリーム色の花穂をぶらさげ、フサザクラは個性ある暗紅色の花を枝全体につけていました。今春は季節の移ろいが少し遅れているようです。 景信山の山頂からは、先日(3月18日)に目標の高さ634mになったばかりの東京スカイツリーが、八王子の街並みのずっと先・新宿ビル群のさらに奥に、抜きん出た高さで屹立しているのが見えていました。 流石の高尾山周辺も、春爛漫の週末だというのに、今は閑散としています。まるで高尾山が静かに泣いているように私には感じられました。 * 3月11日の巨大地震はこの後、「東日本大震災」という名称に(ほぼ)統一されました。[後日追記]
Part4 景信山から高尾山 梅雨の晴れ間とはいえ、ねずみ色の空。強い風が微かな「涼」を運んできてくれた、そんな日が佐知子の“単独行初体験”の一日となりました。考え抜いて選んだ山がなんと高尾山だったとは、意外といえば意外です。 裏高尾の日影バス停から歩き出し、小下沢(こげさわ)林道からまず景信山に登り、小仏峠→城山→高尾山と主稜線を東へ縦走して、沢道の6号路を下って高尾山口駅、というコース取りだったとのことです。「ちょうど適量の日帰りハイキングコースだったわ」 と彼女は言っていました。富士山が見えるほどのお天気ではなかったのですが、近くの丹沢の山々はよく見えていたとのことでした。足元ではオカトラノオやオオバジャノヒゲがその花の盛りを迎えていて、ノイバラ、タカトウダイ、ウツボグサ、ホタルブクロなども咲いていたそうです。盛りの花は本当に美しいものです。 山道を歩きだした途端に佐知子が強く感じたのは“木々や草の匂い”で、「山はやっぱりいいなぁ〜」 と思ったそうです。自宅では介護の日々で、なかなか家を空けることができない彼女です。この日は私も少し協力して、つまり留守番して年老いた両親のために料理を作ったりしました。慣れない家事で、私も少し疲れました。 下山後は日帰り温泉施設・高尾の湯「ふろッぴィ(*)」へ立ち寄って、山の汗を流してから帰路についたそうです。とてもいい「高尾山の休日」になったようで、帰宅したときの彼女の顔が輝いていました。 当サイトの高尾山関係のページです。 高尾山ハイキング: 高尾山の山旅日記です。 高尾山・アラカルト: 高尾山のあれやこれやです。 高尾山の四季: 高尾山の1年をお伝えしています。 北高尾山稜: 通好みの山稜です。 南高尾山稜: 穏やかな山稜です。 小仏城山: 日影沢林道を下りました。 このページのトップへ↑ ホームへ |