御朱印を求めて日本の旅〜神社検定〜 > 天孫降臨伝説の御朱印
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宮崎県西臼杵郡高千穂町大字三田井字神殿1037
神代の昔、天上界を治めておらえたアマテラスオオミカミは、地上の国が乱れていることを知り、
孫にあたるニニギノミコトを地上の統治者として降ろされました。
ニニギノミコトは、数多くの神々を引き連れて日向に峰に降り立ちますが、そこは深く雲が垂れ込めていて、
道も見えないほどの暗さだったといいます。
すると、ニニギノミコトの前に二人の里人が現れて、
「御手で千の稲穂を抜いてモミにし、四方に散らせば闇が晴れるでしょう」と申し上げました。
ニニギノミコトが、里人の言葉の通りにモミをまくと、瞬時に雲が解けて晴れ渡りました。
喜んだニニギノミコトは、この地を「智穂(千穂)」と名づけられ、やがて高千穂と呼ばれるようになったと
伝えられています。
天孫降臨伝説の地であり、そのニニギノミコトによって名を与えられたのが、高千穂です。
高千穂峡にほど近い場所にある高千穂神社は、千八百年以上の歴史を誇るお宮で、五百以上ある神社の総社です。
祭神であるミケヌノミコトは、神武天皇の兄弟皇子にあたり、高千穂峡を騒がせていた悪神の「鬼八」を退治したという
伝説が残されています。
「高千穂の夜神楽」は、国の重要無形民俗文化財にも指定されています。
高千穂神社では、夜神楽の素晴らしさを広めるため、境内の神楽殿において、毎日午後8時から9時まで、
年中無休で夜神楽を奉納しています。
宮崎県西臼杵郡高千穂町大字岩戸1037ー1
天岩戸伝説によると、至高の女神として天上の世界を治めていたアマテラスオオミカミは、あるとき、弟神である
スサノヲノミコトの乱暴に怒り、天岩戸にお姿を隠されました。
すると、太陽神を失ったこの世は、たちまいのうちに漆黒の闇に包まれてしまったといいます。
困った神々は、天岩戸の近くにある天安河原に集まって、対応策を話し合いました。その結果、天岩戸の前で
アメノウズメノミコトに舞いを舞わせ、にぎやかな騒ぎを起こして、何事かと覗き見られたアマテラスオオミカミを
強引にお出ししたのです。
再びアマテラスオオミカミが君臨されたおかげで、この世は光を取り戻した。
天岩戸神社は、この天岩戸そのものを御神体としています。
また、天岩戸神社からしばらく山道を歩いていくと、天安河原に行き着きます。神々がアマテラスオオミカミを
お出しする策を話し合ったという、やはり伝説の舞台になったところです。

宮崎県宮崎市阿波岐原町産母127
江田神社のご祭神は、「国生み神話」で知られるイザナギノミコト・イザナミノミコトの二神です。
日本神話では、イザナギ・イザナミの男女神が「生む」ことによって、次々に国土が誕生したとされています。
国土と神々を生み終わったイザナミノミコトは、最後に火の神をお生みになったとき、大火傷を負って亡くなります。
嘆き悲しんだイザナギノミコトは、イザナミノミコトを甦らせようと、黄泉の国まで追っていきますが、
そこで「地上に出るまでイザナミノミコトの姿を見ない」という約束を破ってしまったため、
恐ろしい目に遭うのです。
イザナミノミコトを黄泉の国に残したまま、必死になって逃げ帰ったイザナギノミコトは、阿波岐原で禊をして
穢れを祓っている最中、左の目を清められたときにお生まれになったのが、日本神話の至高の女神である
アマテラスオオミカミです。
続いて、右目を洗ったときにツキヨミノミコト、鼻を洗ったときに英雄神であるスサノヲノミコトが
お生まれになったと伝えられています。
その記述こそ禊の起源とされており、江田神社のご神域では、今も「御池(みそぎ池)」
が満々と水を湛えています。
宮崎県西都市大字妻1
江田神社から北へ、車で20分ほど走ると、都萬神社に行き着きます。
社名の都萬は、妻の字が変化したものといわれております。
都萬神社のご祭神は、天孫・ニニギノミコトのお后であるコノハナサクヤヒメノミコトです。
高天原から降臨したニニギノミコトは、土着の王の娘であるコノハナサクヤヒメノミコトに出会い、ひと目で
その美貌に心を惹かれて、お后にと望まれました。
「日本書紀」によると、お二人は、コトカツクニカツナガサノカミの媒酌によって、都萬神社で結婚式を挙げた。
これが日本で初めての正式な結婚式であり、結婚の縁を結ぶ都萬神社の由来となっています。
都萬神社の境内には、樹齢千二百年を数える巨大な楠木のご神木がそびえ、「妻のクス」として
国の天然記念物となっています。

宮崎県日南市大字宮浦3232
鵜戸神宮は、日本神話の有名なエピソードである海幸彦・山幸彦の伝説の舞台となっています。
天孫・ニニギノミコトとコノハナサクヤヒメノミコトの子であるホノスソリノミコト(海幸彦)と
ヒコホホデミノミコト(山幸彦)は、それぞれ漁と狩りが得意でした。
あるとき、弟である山幸彦の申し出で、兄弟はお互いの道具を交換し、兄は山へ、弟は海へと出かけます。
ところが、慣れない道具では成果が上がらず、おまけに山幸彦は兄の大切な釣り針をなくしてしまうのです。
兄に責められた山幸彦は、針を探すために海底に行き、海神の娘であるトヨタマヒメと出会います。
山幸彦の妻となったトヨタマヒメは、釣り針を見つけてくれたうえ、地上に戻った山幸彦に力を貸して、
兄を服従させたといいます。
やがて、山幸彦の子を身ごもったトヨタマヒメが、出産のために鵜戸神宮のご本殿の立つ洞窟へとやってきます。
山幸彦は、トヨタマヒメのために鵜の羽で飾った立派な産屋を建てたといわれており、
それが鵜戸神宮の社名の由来にもなっています。

宮崎県西諸県郡高原町狭野117
日本の国の初代天皇といわれている神武天皇は、神話の中に生きる神でもあり、知れば知るほど、
神秘的な存在だという気がしてなりません。
狭野神社の立っている狭野の地は、そんな神武天皇の生誕地とされています。
日本神話によると、神武天皇ことカムヤマトイワレヒコノミコトは、
幼名をサノノミコトと名乗っていたとされています。
このため、日本神話のなかでは、神武天皇は狭野でお生まれになったと考えられています。

宮崎県西諸県郡高原町大字蒲牟田6437
高千穂峰の東麓に位置する、標高五百ネートルの高みに立っているのが、霧島東神社です。
霧島の数ある火山湖の中でも、もっとも大きい御池を眼下に見下ろす山中に、まるでひっそりと
隠されるように建立されています。
霧島東神社は、霧島神宮と縁の深いお宮です。
鎌倉時代の大噴火によって、高千穂峰の山頂近くにあった社殿を失った神社が、東西に分社され、
東社が霧島東神社、西社が霧島神宮となったのです。
平安時代、天台宗を奉じて修験道を確立した性空上人は、霧島で厳しい修行を続け、
今に続く霧島信仰を体系づけたといわれています。
したがって、霧島東神社は、神仏習合の有名な聖地であり、修験道の霊場でもあるわけです。
鹿児島県霧島市霧島田口2608ー5
一説によると、天孫・ニニギノミコトが高天原から降臨されたのは、高千穂峡ではなく、
高千穂峰だともいわれています。
美しい稜線を描く高千穂峰の姿は、なるほど、神話の舞台にふさわしい美しさです。
霧島神宮は、その高千穂峰を背後にした、由緒正しい神社です。
古来、高千穂峰の山頂近くに社殿を有していましたが、たびたび噴火によって炎上してしまったため、
五百年ほど前に現在の場所に移築されたということです。
霧島神宮のご祭神として祀られているのは、ニニギノミコトであり、
そんなところにも天孫降臨伝説との縁の深さを感じさせます。
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